昭和・平成・令和を駆け抜ける三浦知良のヒーロー論  ~ビジネスパーソンの言語学38

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座、いざ開講!


「昭和、平成と駆け抜けてきてまた令和でも駆け抜けたいと思いますよ」ーーー新元号発表を受けて、J2横浜FCの三浦知良選手がコメント

なにがなんでも"平成最後の"と言いたがる祭りに、"新元号"の祭りが加わり、さらに1ヵ月たてば、"令和初の"祭りが始まるのだろう。冷水を浴びせかけるつもりはないが、妙に浮足立った気分が蔓延するなかに、なにか大事なことが置き去りにされていないかということが気になってしまう。天皇の生前退位とそれにともなう新天皇の御即位が歴史のターニングポイントであることは間違いない。だが、歴史とは結局“点”ではなく、"線”だ。令和に変わること以上に、平成がどういう時代だったかということのほうが大切なのではないだろうか。

その意味において、三浦知良というサッカー選手ほど、"線"で語りたくなるアスリートはいない。1982年に高校を中退して単身ブラジルにわたり、'86年、19歳のときにサントスFCとプロ契約。'90年に帰国して、日本サッカーリーグの読売サッカークラブ(当時)に所属し、Jリーグ発足の機運を高めると、'92年に誕生したJリーグではヴェルディ川崎(当時)の中心選手として年間最優秀選手に選ばれる活躍を見せた。誰よりもワールドカップへの強い思いを持ちながら、いまだ出場を果たせていないというのも彼の歴史の重要なポイントだ。夢を追い続け、自分を信じ続け、海外リーグを渡り歩き、日本復帰後は「現役にしがみつく選手」として、批判や嘲笑の対象にもなった。

それでも彼は走り続けた。2011年に行われた東日本大震災のチャリティマッチでは、全盛期を彷彿とさせる動きで得点をあげ、カズダンスを披露し、日本中に元気を与えた。彼は、数多くの“点”を1本の線にしたことで批判や嘲笑をリスペクトに変えていったのだ。いまや52歳、世界最高齢のプロサッカー選手として、なお走り続けることをやめない。

「昭和、平成と駆け抜けてきてまた令和でも駆け抜けたいと思いますよ。(今季はまだ無得点なので)平成で早く1点入れたいですね。令和でもゴールをあげたいなと思います」

10年前、42歳の三浦知良が同じコメントを出していたら「いい加減にしろ」「早くやめろ」という声が上がったかもしれない。だが、いま多くの人が彼のゴールを心待ちにしているのではないだろうか。イチローの引退は、平成という時代の終わりを象徴する出来事だった。だが、ひとりくらい時代の流れに逆らい続けるヒーローがいてもいい。元号がどう変わろうと関係ない。自らの道を走り続けるカズの勇姿を僕らはまだまだ見ていたいのだ。

vol.39に続く


Text=星野三千雄 Photograph=Getty Images