板門店のリアル 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第7回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが綴るエッセイ。南北首脳会談に続き、米朝首脳会談も実現し、その動きから目が離せない北朝鮮。その北朝鮮を実際に訪れて見た現実の姿とは――。立岩陽一郎による北朝鮮レポート第4弾。


軍人による米軍批判

「ここに引かれている線が38度線だ。これは、米軍が自ら仕掛けた戦争で旗色が悪くなって引いた線だ」

大きな地図を指揮棒で指しながら北朝鮮の軍人が説明する。朝鮮人民軍の大尉だ。説明というよりも、まくし立てるといった感じだろうか。

勿論、それは私の知る歴史とは違う。ただ、北朝鮮ではそういう説明がなされているということなのだろう。そう思って聴き続けた。

ここは韓国と北朝鮮との軍事境界線の周囲に設定された非武装地帯。5月2日、私は平壌から南へ170キロ下った。目と鼻の先にある軍事境界線ではその1週間前に韓国の文在寅大統領と金正恩朝鮮労働党委員長との南北首脳会談が開かれている。米朝首脳会談の実現に向けた動きも既に始まっている。

これまでの連載で伝えてきた通り、平壌市内はこの「雪解けムード」を歓迎する雰囲気にあふれていた。しかし、さすがに軍人は違うのだろうか。大尉の口からは激しい米軍批判が続いた。

もっとも、私は彼の朝鮮語をそのまま理解しているわけではない。北朝鮮に来てから一緒に行動してくれている(?)対文協=朝鮮対外文化交流協会の日本局員の通訳でその言葉を理解している。以下、その点は省略させてもらう。

「ここからここが非武装地帯。我々が今いるのは非武装地帯の入口だ。これから皆さんを38度線まで連れて行くが、安全のため、私と兵士3人が同行する」

北緯38度にひかれた軍事境界線はここから2キロ韓国側に、つまり更に南に行ったところにある。大尉が指揮棒を手に熱弁をふるったのは、非武装地帯の北朝鮮側の入口だ。要塞の様な建物が建ち、周囲には朝鮮人民軍の兵士がいたるところに立っている。物々しい雰囲気とも言えるが、よく見ると兵士はヘルメットと拳銃という軽武装だ。自動小銃は持っていない。

「拳銃だけなんですね」

平壌からここまで我々を運んでくれたマイクロバスに戻る途中、一緒に訪朝した朝鮮総連=在日本朝鮮人総連合会の姜賢国際部長に耳元で声をかけた。

「非武装地帯ですからね」

何度か来ている姜部長だが、要塞の中で兵士に囲まれる雰囲気に、少し緊張した面持ちで小声で返した。

北朝鮮到着時から監視(?)同行(?)してくれている対文協の3人の日本局員も心なしか緊張した面持ちだ。

「立岩さん、撮影はダメですから」

何度も念を押された言葉を繰り返された。

ただ、大尉は厳しい顔をしているが、どことなく人間味の有る雰囲気を醸し出している。ここは1つ……と、日本局員に尋ねてもらった。

「可能な限り写真を撮りたいので、可能な場所がどこか教えて欲しいのですが……?」

すると、「私が指示をしたところでは写真もビデオも撮ってもらってかまいませんよ」と笑った。

その答えに安堵するとともに、大尉の見せた笑顔に少し驚いた。板門店には以前、韓国側から入ったことが有るが、そこで見た韓国軍の兵士も笑顔を見せることはなかったからだ。

「笑顔を見せるので驚きました」

そう伝えてもらうと、一緒に我々のバスに乗り込んだ大尉は笑いながら言った。

「それは、あなた方日本人が勘違いをしている証拠です。我々は鬼じゃない。人間ですよ」

その表情には敵意はみじんも感じられなかった。

すると、通訳をしてくれた最も若い43歳の日本局員が私の耳元でささやいた。

「立岩さん、私、通訳をしていてどうなるかと思いましたよ」

しかし彼の顔からも緊張の色は消えていた。

マイクロバスがエンジンをかけると兵士の合図で前の大きな鉄の門が開いた。これから非武装地帯に入り、板門店に向かうことになる。

いざ、板門店へ

鉄門の向こうに続く道は大型の車だと1台しか通れないくらいの広さしかなかった。まずもって戦車は通れないだろう。

見ると、道の両側には大きなコンクリートの塊がずらりと並べられている。有事の際にはこのコンクリートの塊が道路を塞ぐという造りなのだろう。とすると、朝鮮人民軍はこの道はあくまで平時用に使っているということか。

そう言えば、以前、韓国軍の特殊部隊を取材した時、北朝鮮側が掘ったとされるトンネルをいくつも見せられたことがあった。有事の際に使うのは地下トンネルということか?

しかしこれは大尉には尋ねられない。さすがに対文協の日本局員は通訳しないだろう。頭の体操は止めて、外の風景を注視することにした。

「あの集落には人民が暮らしています」

大尉が指を指した方向に、いくつかの集落が見える。

「何をして生活しているのですか?」

「農業です」

非武装地帯に住む住民というのは、実は韓国側にもいる。非武装地帯という名称だが最前線だ。軍事的な緊張が極限に達した地域と言っても良い。そんなところで生活するというのはどういう感じなのだろうか。

いや、ひょっとしたら、慣れてしまうものかもしれない。大尉の屈託のない笑顔を見ていると、そうとも思えた。

やがてマイクロバスは平屋の建物の前で止まった。大きなものではない。

大尉と3人の兵士とともに、建物の中に入る。そこには大きなテーブルを囲み、椅子が並べられている。

「ここで米軍とわが軍とで休戦の話し合いが行われた」

と説明するが早いか、大尉は、米軍の非難を始めた。

「米軍は事実上の敗北となった休戦を自ら持ちかけておきながら、それを時間稼ぎに使った。恥ずべき奴らだ」

さっきまでの笑顔が消えているのが、多少おかしく感じられた。面白いのは、対文協が訳す日本語もそれに比例するかのように「軍人調」になっているからだ……が、笑うわけにはいかない。

向こうもこの時ばかりと米軍を非難する場と考えており、それをしっかりと受け止めなければ。「なるほど」と深く頷いたりしながらメモをとる。

「米軍はこの建物も取り壊せるような簡単なものにしたかった。しかし、我々はそれを許さなかった。このため、この建物は今もここに残されている。それは、米軍にとって事実上の敗北だった休戦を今も証明するものとなっている」

その後もう一ヵ所、案内された。今度は、体育館のような広さの建物だった。中はがらんとしており、その真ん中にテーブルが置かれ、その両側に机と椅子が置かれている。

「ここで休戦協定に米軍とわが軍とが調印した」

米軍側の署名した机の上には国連旗が置かれている。

「これは当時のままだ。米軍は敗北を認めたくないため、国連軍と称した。敗北したのは米軍ではない。国連軍だと言いたいがためだ」

この段階では大尉の説明は、米軍の「事実上の敗北」から既に「敗北」になっていた。そして言い放った。

「彼らは調印後、この国連旗を持ち帰る余裕もなくこの場から逃げ去った」

そして語気を強めた。

「再び朝鮮戦争が戦われる時は、米軍から休戦調印に署名する人間が誰一人いなくなるくらい一人残さらず葬り去ることになるだろう」

そう言い終わると、大尉はマイクロバスに向かって歩き出した。

こう書くと、「やっぱり北朝鮮、こえーなぁー」と思う人は多いだろう。しかし、正直言うと、私には演劇のセリフを聞くような印象しか残らなかった。

大尉はある程度は偉いポジションだが、軍の中枢というわけではない。年齢はまだ40前後だろう。当然、1950年から1953年の休戦まで続いた戦争を経験しているわけではない。あくまで軍の中で教わったこと、決められたことを語っているに過ぎない。

実際、建物を出ると大尉の顔に笑顔が戻っていた。この際、どっちが本物の大尉なのかというのは議論しても仕方ないだろう。戦争になれば、大尉は言葉通りに米軍と向き合うことになるのだろう。軍人とはそういうものだろう。

その体育館のような建物からまたマイクロバスで少し行くと、展望台に到着。この展望台は北朝鮮側のもので、目の前の38度線をはさんで韓国側にも展望台がある。この建物からお互いに兵士がにらみ合っている……というのがニュースで見る板門店のイメージだろう。

大尉は、展望台の脇を通って正面、つまり韓国側と向かい合う場所に連れて行ってくれた。二つの展望台の間に全部で5棟の平屋の建物が建っている。その建物を串刺しにするようにコンクリートで線が引かれている。これが38度線。韓国と北朝鮮とを隔てる軍事境界線であり、4月26日に文在寅大統領と金正恩委員長が握手した場所だ。

その場所を見ながら、日本を離れる際に、関空で見た生中継の状況を思い出した。

「と、言うことは……」

私が今立っている場所をあの金委員長が歩いたわけだ……。

「大尉、金正恩委員長が歩かれたのはここですか?」

「ええ。ここです。ここを歩かれてあちらに行かれ、文在寅大統領と会われたのです」

大尉は、「待ってました」とばかりに笑顔で応じる。その姿には、米軍を罵倒した時の「演技」はない。

「その姿を見て、どうでしたか?」

「感動しました。金正恩元帥閣下をこちらで見ることができ、その閣下が南に行かれるのを見送りました。本当に感動しました」

大尉は、少し照れたように笑うと、展望台の中に入るよう促した。

「展望台の上からゆっくり見ましょう」

その言葉は既に「軍人言葉」ではなくなっていた。

写真、ビデオの撮影も、既にほぼ自由にさせてもらっていた。この時の大尉とのやり取りはビデオに撮っており、帰国後に毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」で放送したが、スタジオの出演者も、その大尉の自然な受け答えには驚いていた。

展望台に上がって、韓国側を撮影した。これも自由だった。私は文大統領と金委員長が植樹をした場所を探そうとカメラを向けた。すると大尉が、言った。

「あっちです。あれ。見えませんか? 石碑が見えるでしょ? あれです。ズームを使えば、撮れますよ」

大尉のお陰で現場の撮影を終えることができた。

「この大尉、愛すべき人ですね……あ、これ訳さないで良いですよ」

通訳してくれている対文協の若手日本局員に言うと、彼も思わず噴き出していた。

板門店での視察が終わり、また「要塞」に戻ってそこで大尉と別れた。そしてマイクロバスに乗り込んだ。

そして再び平壌を目指すマイクロバス。そこには、韓国を間近に見る場所から北へ遠ざかる自分がいる。しかし、既にそこに違和感を覚えることはなかった。

私は今、朝鮮半島を北上している。それ以下でもそれ以上でもない。そう感じた。

第8回に続く


立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPOを運営「ニュースのタネ」の編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。『トランプ王国の素顔ー元NHKスクープ記者が王国で観たものは』などの著書がある。近著は『トランプ報道のフェイクとファクト』。
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