【アトツギ対談】星野佳路×山根太郎「フラットな組織はなぜ強いのか?」<前編>

『アトツギが日本を救う』(幻冬舎刊)を上梓したサンワカンパニー社長・山根太郎氏が、家業を継いだアトツギ経営者のロールモデルとして尊敬するのが、星野リゾート代表の星野佳路氏だ。強い組織はどうつくるのか? なぜ企業はビジョンを掲げる必要があるのか? 星野氏の経営哲学に注目の若手経営者・山根氏が迫る。


原点は体育会アイスホッケー部の経験

山根 『星野リゾートの教科書』にも書かれていますが、星野さんはかねがね「組織は徹底的にフラットにすることが大切だ」とおっしゃっていますね。

星野 フラットな組織を目指すようになったきっかけは、体育会にあります。私は中学から大学までアイスホッケー部でした。試合前には当然戦略を立てますが、試合が始まるとその通りにはいきません。その局面、局面で、選手ひとりひとりが自分で考えて行動していかないと成り立ちません。

ところが、そこに変な上下関係があると、チームの実行力が阻害されることがあります。言いたいことを言いたい人に言える組織にならない限り、チーム力は高まらない。だから、私が主将になった時は、「氷の上では完全にフラットになる」ということを目指していました。それがフラットな組織の原点です。

その後、アメリカの大学院で学んだケン・ブランチャード氏の理論が、自分がアイスホッケーのチームについて考えていたこととぴったり合致しました。それで、ビジネスにおいても組織はフラットでなければならないと確信しました。ケン・ブランチャード氏の理論は、『1分間エンパワーメント』という題名で日本でも出版されています。

山根 後を継がれた当初から、フラットな組織を確立できたのでしょうか。実は私も事業承継をしたアトツギ経営者なんですが、「先代とやり方が違う」「昔はよかった」という社員が一定数いて、なかなかフラットにならなかったというのがありまして。

星野 フラットの定義は、トップである自分も含めてフラットを徹底することが大切です。自分が社員に任せるというかたちは、フラットではない。組織がフラットであればあるほど「任せる」ということがなくなります。

私は、意見が違う社員に対しては遠慮なく自分の意見を言うし、社員も反論してきます。要するに徹底的に議論ができる人間関係をつくるということです。

31歳で継承した時、私も山根さんのような経験をしました。でも、父の時代は、地方から出稼ぎに来た人がいくらでも旅館で働いてくれて働き手に困らなかったけれど、私の時代は、募集広告を出しても応募ゼロということもあるくらいですからね。一人ひとりの人材の貴重さがまったく変わってしまいました。

事業を継いだばかりの時、先代と比較して、組織のフラットさだけは私の方が勝っていました。フラットな組織を目指すというマネジメントスタイルは、時代の変化に合っていた。その成功体験が、自分への信頼を高めていくひとつのきっかけになったと思っています。

ビジョンは社員に浸透させなければ意味がない

山根 1995年に「リゾート運営の達人になる」という経営理念、ビジョンを掲げ、2014年に「hospitality innovator」に変更されていますよね。それはなぜだったのでしょうか。

星野 自由に議論できるフラットな組織になったとしても、議論をする時に目標がわかっていないと正しい議論はできませんよね。だからこそ、ビジョンはとても大事。これもアメリカで学んだ経営のセオリーです。

そこで最初は「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げました。それが「日本のリゾート再生と言えば星野リゾート」などと言われるようになって、だんだん皆さんのなかに「リゾート運営の達人になった」感が出てきました。でもビジョンというのは、現在との距離がないとビジョンになりません。

それは、競合相手が日本企業ではなく、ヒルトンやマリオット、そしてハイアットなど外資系に変わったということでもあったので、「ホスピタリティ・イノベータ―」にビジョンを変えました。今までの運営の方法に対してイノベーションを起こしていかないと、自分たちの立ち位置が明確になりません。

山根 サンワカンパニーでも昨年末に経営理念を策定しました。自分たちの経営理念であるという一体感を持ってほしくて、策定には現場の管理職にも関わってもらいました。そのメンバーが主導して、会議の前に経営理念を復唱したりしてくれているのですが、星野さんのところでは、どうやってビジョンを浸透させていったのですか。

星野 2014年に新しいビジョンを掲げた時は、社員がビジョンというものを、もうかなり理解していて、「何を目指すのか」とか「なぜそれなのか」とか、リアクションが来すぎて大変なくらいでした。でも、最初は、「ビジョン、それ何ですか」というところからのスタートですよ。

なので、まずはとにかく丸覚えしてもらうことが大事だと思って、いろいろやりました。ビジョナリーカップというものをつくって社員に配ったこともあります。カップの底に「リゾート運営の達人になる」と書いてあって、コーヒーを飲んでいると、そのメッセージが出てくる。

目覚まし時計もつくりました。「リゾート運営の達人になる」と私の声で吹きこんで、セットした時間にそれが鳴ります。1年間かけて、社員の誕生日に配りましたが、史上最悪のグッズと言われている(笑)。でも、ビジョンを浸透させるのはトップである私の義務ですからね。

空前の人出不足の時代に生き残れる企業とは?

山根 星野さんには、ずっと目標にしている経営者はいますか。

星野 数は少ないですが、シカゴでホテルの仕事をしている時に出会った「Lettuce Entertain You」というレストランのリチャード・マルメンという経営者は面白かったですね。

彼の発想は、マーケティングじゃなかった。「シェフが何をつくりたいか」から始まります。レストラン事業の悩みの一つは、シェフが辞めていくことです。いつか自分のレストランを持ちたいとみんな思っていますからね。そこで彼は、そういう一人ひとりがオーナーシェフになるレストランをつくり、経営権を半分持たせて、残りのファイナンスとかサービス、建物・設計などを自分たちのビジネスにしました。

山根 半分、投資会社のような感じですか。

星野 投資会社とも言えるし、サービス業で働く人たちの夢をサポートする事業でもあるとも言える。

今、日本も人材不足が深刻化しつつあります。集客は順調でもスタッフがいない。だから、マーケティング活動よりも社員が楽しいと思う仕事をしてもらうことのほうが大事です。

旅館でもホテルでもリゾートでも、顧客が満足するのは「サービス」です。そして質の高いサービスは、モチベーションの高い社員だから提供できる。そこに、市場調査やマーケティングが入り込む余地はありません。

だから、星野リゾートでは、社員自らがやりたいこと、やって楽しいことをサービスとして提供する。そのことが星野リゾートという組織を持続可能なものにし、同時に、星野リゾートの際立ったコンセプトになると考えています。


アトツギが世界を救う -事業承継は最高のベンチャーだ-』 
山根太郎
幻冬舎 ¥1,400 
「後継ぎは恥ずかしくない」「社長になれるのは大きなチャンス」――大企業を退職し後継社長となった著者が「若者よ、家業を継ごう」と訴える。日本企業の9割を占める同族中小企業を元気にする一冊。


Yoshiharu Hoshino
1960年、長野県生まれ。慶応義塾大学卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、先代の後を継いで1914年創業の星野温泉旅館 (現在の星野リゾート)4代目社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業において、1991年の社長就任直後から、いち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。
Taro Yamane
1983年、奈良県生まれ。関西学院大学卒業。伊藤忠商事株式会社繊維カンパニーを経て、2014年、先代の後を継いでサンワカンパニー代表に就任。異例づくめの施策で建築業界をリードし、「業界の異端児」と呼ばれている。著書に『アトツギが日本を救う』(幻冬舎)


Text=森本裕美 Photograph=古谷利幸