通常開催を目指すIOCや首相らに対して現場は懐疑的 【東京五輪の現場から⑥】

54年ぶりに東京に五輪が戻ってくる2020年。本連載では、オリンピック担当として東京五輪に向けた取材を続けるスポーツニッポン・木本新也記者が現場の生の声を届ける。メダルを目指す選手のスペシャルな思考や、大会開催の舞台裏とは――。第6回は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う五輪への影響について。  

動きが早かった競泳の平井伯昌コーチ

一刻を争う事態だった。今月14日。スペイン・シエラネバダで高地合宿中の平井伯昌コーチの指導する萩野公介(ブリヂストン)、大橋悠依(イトマン東進)、小堀勇気(ミズノ)、青木玲緒樹、(ミズノ)、今井月(コカ・コーラ)、白井璃緒(東洋大)のもとに、新型コロナウイルスの感染拡大を受けてスペイン政府が非常事態宣言を出すとの一報が入った。

その後の状況次第では帰国できない危険性や、帰国後に一定期間の隔離を強いられる可能性もある。スペインに留まれば東京五輪選考会を兼ねた4月の日本選手権(2~7日、東京アクアティクスセンター)に出場できなくなる恐れもあるため、当初は24日までの予定だった標高約2300㍍の地での合宿を途中で打ち切ることを決めた。一報から決断までに要したのは、数時間。平井コーチの動きは早かった。即座に18日帰国の航空便を確保。合宿していた施設が閉鎖されることを知らされると、さらに帰国を早め、16日午前に成田空港に到着した。

「東京五輪だけ通常開催するのは無理がある」

新型コロナウイルスの影響が、スポーツ界を直撃している。国内ではプロ野球、Jリーグ、Bリーグなどが中断し、海外でも北米の4大プロスポーツ(バスケ、野球、アメフト、アイスホッケー)が停止。欧州サッカーの5大リーグ(スペイン、イングランド、ドイツ、イタリア、フランス)も中断を余儀なくされている。

バドミントンや空手、ゴルフ、テニスなどは東京五輪代表選考に直結する大会が中断に追い込まれた。五輪本番への影響は避けられないが、国際オリンピック委員会(IOC)は17日に臨時理事会を開き、公式サイトで「開幕4カ月以上前の段階で抜本的決断を下す必要はない。あらゆる臆測は非生産的」との声明を発表。各国際競技団体(IF)との協議でも7月24日の開幕に向けて準備を進める方向性で一致したことを強調した。16日に主要7カ国(G7)の首脳テレビ会議を終えた安倍晋三首相も「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ証しとして、東京五輪・パラリンピックを完全な形で実現するということについて、G7の支持を得た」と語った。

IOCや安倍首相、橋本聖子五輪相が延期も、規模縮小もしない通常開催を目指す認識を表明しても、現場では懐疑的な見方が多い。延期となれば、東京ビッグサイト(江東区)などの大会関係施設や約8万人のボランティアの再確保、巨額の放映権料をIOCに支払う米放送局NBCの意向を汲む必要があるなど問題は山積みだ。それでも、ある競技団体の幹部は「五輪と同じ4年に1度の開催のサッカーの欧州選手権や南米選手権も1年延期になった。東京五輪だけ通常開催するのは無理があるのではないか。首相の言葉を聞く限りは、中止ではなく、延期の可能性が高いと思う」との見解を示す。

アスリートのモチベーション

五輪開催が不透明となり、選手のモチベーション維持も困難になる。マラソンや柔道、レスリング、競泳、セーリング、クレー射撃など既に代表内定者が出ている競技は多い。7月24日の開幕にピークを合わせて調整を進めているだけに、大会延期となれば、強化スケジュールの変更を余儀なくされる。延期期間が1年以上となった場合は選考をやり直す競技団体が出てくる可能性も高い。1度手にした五輪切符を失い、再び心を奮い立たせるのは容易ではないだろう。

それでも、選手にとっては、何のために競技を続けているのかを見つめ直す良い機会になるかもしれない。純粋に競技が好きで打ち込んでいるのであれば、五輪の開催可否に関係なく自らを磨く作業を続ければいい。オリンピアンやメダリストといった名声を得て有名になりたい野心があるなら、東京五輪までの露出が増える期間が長引くことを前向きに捉えることもできる。不測の事態はトップアスリートとしての真価が問われる局面でもある。各選手の今後の発言や動向を注視したい。

Text=木本新也