音楽家 坂本龍一 ルイ・ヴィトンの森にて

森は、蘇る。2009年、長野県小諸市に誕生した「ルイ・ヴィトンの森」がきちんと手を加えることによって、生命力を取り戻し始めた。音楽家 坂本龍一さんが、この森を歩きながら地球の未来について語る。

森がもたらすインスピレーション

 今年は1992年に開かれたリオサミット(国連環境開発会議)からちょうど20年。世界が初めて持続可能な森林経営、保全に合意したのもこの年だった。12歳の少女、セヴァン・スズキがリオで「未来の地球を失わないために、今すぐ行動してほしい」と訴えた伝説のスピーチから長い時を経たが、はたしてあれから私たちは、実際にどれほど行動することができたのだろうか。
 坂本龍一さんが代表を務める森林保全団体、モア・トゥリーズは、2007年の創設以来、日本および海外でグローバルに森の再生プロジェクトを手がけ、これまで12のプロジェクトを立ち上げている。そのひとつがルイ・ヴィトンとのコラボレーションによる「ルイ・ヴィトンの森」だ。長野県小諸市に誕生したのは2009年。“森の美しさ”をテーマに、森がもたらす癒やしの効果や自然の雄大さに着目。土地本来のパワーを引き出すために生まれた。
 ここ数年、日本でもCO2排出量を相殺するカーボンオフセットという面から、CSRの一環として森林保全活動を行う企業が増えている。そんな中で発足した坂本さんとルイ・ヴィトンとのコラボレーションは、注目すべきプロジェクトといえるだろう。坂本さんは森の存在についてこう語る。
「森はさまざまなインスピレーションをもたらしてくれます。じっと耳を澄ませばいろんな音が聴こえてきますよね。風の音や鳥のさえずり、川のせせらぎ……。森は人間の五感を研ぎ澄まさせてくれる場所でもあると思うんです」

What is Louis Vuitton Forest?/ルイ・ヴィトンと、坂本龍一さんが代表を務めるモア・トゥリーズとのコラボレーションにより、2009年からスタートした森林再生プロジェクト。長野県小諸市の浅間山中腹、標高1300m付近に約104haの森が広がる。

生命を吹き返した森で世界を考える

 今年の夏、坂本さんは3年ぶりにルイ・ヴィトンの森を関係者と一緒に再訪。森の変化に驚いていた。
「明るくなりましたね。3年前とはずいぶん違っています。間伐によって、太陽の光が地面にまで差し込むようになったんですね」
 木の茂った空から差し込む強い日差しを見上げて、坂本さんはつぶやいた。
 3年前、ルイ・ヴィトンの森が誕生した際は、そこはまだ荒れた雑木林で鬱蒼としていた。大地から十分な栄養を得られずにやせ細った木々が悲しげに茂り、ツルが絡まった枝は、もがくように伸びていた。
「やはり人工的に作られた森というのは、ちゃんとメンテナンスをしないといけないんです。日本はかつて林業が栄えた時代があって、国策として木を植えてきましたが、今はもう手入れされなくなってしまった。でも地球の未来のためには、森は健康であるべきなんです。間伐によって太陽の光が差し込めば、下草が生えて、森全体が美しい緑になる。そうすると人間だけでなく、他の動植物たちにとっても暮らしやすい場所になります。今日は鳥の鳴き声もよく聴こえますよね。一方、森が荒れてしまえば、山の保水力が落ちて土砂崩れなどを引き起こす可能性もあります。一度失われてしまった森は、再生するのにものすごく時間がかかります。森のメンテナンスをすることは、森をつくってきた我々の責任でもあるのです」

 かつて日本は高度成長期に林業を奨励し、国内各地に森を作ってきた。全国の森の4割が人工林といわれる。しかし安価な輸入木材に押され林業が衰退すると、森はそのまま人の手を加えられることなく放置されてきた。だからこそ、間伐が必要なのだ。間伐とは密集した木、やせた木を間引くために木を伐ることで、森の管理のためには枝打ち、下草刈りなども必要だ。間伐によって陽光が地面に差し込み、新しい木々が芽吹いて育つ、という自然の森のサイクルが生まれるのだ。そして、それによって森は健康な状態を維持できるのである。木を伐るということは決して環境破壊ではないのだ。
「ほら、小さな芽が出てる」
 森を散策中に、突然しゃがみこんだ坂本さん。見るとそこには、小さな手のひらほどのカラマツの木の芽が地面から顔を出していた。それは、うっかりすると足で踏みつけてしまいそうな、森の命のサインだ。
「こうやって、森は育っていくんですね。以前、ここに来た時は土はもっと乾いて硬かったんです。だけど今は、しっとり柔らかい。歩いた時の足の感触も違います。日が差し込んで、土が元気になって、木から落ちた種が芽吹いていくという循環が生まれているんです」
 3年前に森を訪れた時は、坂本さんは風の音に耳を傾けたという。木と木が触れあう葉ずれの音。風に揺れる枝音。それは今思うと、木が密集して生えていたせいもあるだろう。今回の訪問では土の感触、新しい生命を育てる足元の大地に坂本さんの目は向けられていた。

ルイ・ヴィトンの森の四季を、瀧本幹也氏がカメラで収めた写真集。坂本さんのオリジナル音楽CD、アロマチップなどの付録つき。91th. N.Y. ADC“Bronze Award”や、日本グラフィックデザイナー協会“JAGDA賞”を受賞した。『LOUIS VUITTON FOREST』スペシャルバージョン ¥73,500 ※公式サイトならびに六本木ヒルズ店にて取り扱い。売り上げはチャリティとして寄付される。

 「こうやって森が元気になることで、保水力が上がるということもありますよね。この地球上で、人間が利用できる水というのは意外と少ない。日本は世界でも恵まれた環境によって、これまで水問題で困ったことはありません。しかし、世界的に見れば淡水は非常に少なくて、世界ではそのために紛争が起こったりしています。私たちがこの恵まれた環境を守っていくというのは、日本のためだけでなく、世界のためでもあると意識しています」
 地球上の水の約97.5%は海水で、淡水はわずか2.5%というのはよく言われていることだ。この水の利権を巡って中東はじめ、さまざまな地域で争いが起こっている。水に恵まれた日本の私たちは、ついそれが当たり前にある資源と思ってしまいがちだが、世界の状況にも目を向けて、もう一度、水を育む日本の持続可能な森についても考える必要がある。

原発と木。今、このふたつがつながった

「ノー・ヌークス(反核)、モア・トゥリーズ」─それは坂本さんが、モア・トゥリーズを始めた時にふと口をついて出た言葉だったという。去る7月、坂本さんの呼びかけで国内外のアーティストたちが多勢参加した『NO NUKES』という大規模なコンサートで、モア・トゥリーズの旗が掲げられた。

間伐によって日差しが地面にまで差し込んで明るく蘇ったルイ・ヴィトンの森。

 核(原発)の代わりに、もっと木を……。まるで今の日本の状況を予言していたかのような言葉が、坂本さんの中で熟成されていた。その真意とは何だったのか。
「6年前、頭の中に自分でもよく意味はわからず、『ノー・ヌークス、モア・トゥリーズ』という言葉がなんとなく浮かんだんです。このふたつは理論的にはつながっていないですよね。自分でも説明できなかったのですが、なぜこの言葉だったのか。無意識ながらもずっと引っかかっていました」
 音楽家であり、東京生まれ、東京育ちの坂本さんが、なぜこのふたつを結びつけるのか。それは頭で理解しようとしても難しい。
「この5年くらいはモア・トゥリーズの活動を続けてきました。そして昨年、福島原発の事故があった。今度は『ノー・ヌークス』ですよ。ノー・ヌークスとモア・トゥリーズの思いとが6年ぶりに邂逅し、皮肉にも両者がつながってしまった。ノー・ヌークスについて考えるなら、例えば日本の場合、今まで原子力に50年間くらい使ってきたお金を、山を守ることや農業などに使っていれば、もっといい国になったんじゃないかと思うんです。地方の活性化は、もっときちんと考えなくちゃいけないことですから」
 私たちは日本にとって、人類にとってのモア・トゥリーズを考えるべきだろうか?と尋ねるとこんな答えが返ってきた。
「人類だけじゃなくてね。動植物にとっても大切なことです」
 そうなのだ、もう一度、セヴァン・スズキのリオサミットでの言葉を思い出した。
「人類、そして3000万種の生物からなる地球の家族の未来のために、メイク・ユア・アクション、行動せよ」と。

森を散策中に、カラマツの木の芽が出ているのを見つけた坂本さん。近くには、親木と思われるカラマツがそびえていた。

持続可能な森とルイ・ヴィトンの哲学

 3年前、ルイ・ヴィトンの森誕生の際のセレモニーで、坂本さんが、当日パリから訪れたルイ・ヴィトンの5代目当主であるパトリック-ルイ・ヴィトン氏と森について語っていた。今回の再訪にあたり、その時のふたりの会話を思い出した。
「森へ来ると感覚が変わります。人生には必ず難しい時、つらい時があるものですが、そういう時、私は必ず森へ行きます。何時間も歩いて、頭をからっぽにします。時には水彩画を描いたり。森の美しさの前では、人間はとても素朴で謙虚な気持ちになるのです」
 そう語るパトリック-ルイ・ヴィトン氏に、坂本さんも賛同していた。
「僕たちは、先祖である古代人が持っていた感覚というものを失ってしまったかのように信じているけれど、実はそうではないんですね。忘れているだけで、本当は失ってはいません」

森を讃えるということは人間が己に謙虚になること/森の湧水で乾杯。左から栁田剛彦 小諸市長、ルイ・ヴィトン ジャパンプレジデント&CEOフレデリック・グランジェ氏、坂本さん、同社会長エマニュエル・プラット氏。

 森という自然と調和して暮らすことは、人間が己を知って謙虚になることでもある。そこにモア・トゥリーズのもうひとつの真意があるのかもしれない。私たちは、その自然に対する感覚というものをきっと忘れてはいないはずだ。
 そして持続可能な森を次世代に残すこと、それはルイ・ヴィトンが150年以上受け継いできた技を、未来に伝えていくというものづくりにも共通した「サスティナブル」な精神に他ならない。
「この森を育てるプロジェクトは、今後も継続していくことに意味がある」
 今回、ルイ・ヴィトンの森を訪れた面々は口々にそう言って、この森の湧水を汲んだ杯をかざした。森が育んだ水は、思いのほか甘くて優しい味がした。

ルイ・ヴィトンの森の四季を綴った瀧本氏の写真集。間伐材を利用した紙を使用している。製本も岩手県の職人の手によって行われた。『LOUIS VUITTON FOREST』¥4,620(幻冬舎)

ルイ・ヴィトンのもうひとつの森のプロジェクト
「森は海の恋人運動」とは?

 3.11で、東北の牡蠣養殖は壊滅的な被害をこうむったが、その中で奇跡的に復活しつつある養殖場が話題となった。それが宮城県気仙沼市で牡蠣養殖業を営む、畠山重篤氏の養殖場だ。
 ルイ・ヴィトン ジャパンは震災後、いち早く畠山氏が活動を行う「森は海の恋人運動」への支援を行ってきた。この運動は、リアス式という特異な三陸海岸の地形に着目した畠山氏が、牡蠣養殖の主役は川であり、その源は森であるということを追求したもの。海を豊かにするため、植樹を20年以上継続して行っている。
 約50年前、フランス・ブルターニュ地方の牡蠣が病気による壊滅的被害にあった際に、宮城県産の種牡蠣がフランスに渡り、ブルターニュのみならずフランスの牡蠣業界を救った。以来、ブルターニュと宮城県の友好的な関係が続いている。
 畠山氏が「森は海の恋人運動」を始めるきっかけとなったのも、フランスのブルターニュのおかげだった。ロワール川河口の養殖場で豊かな海本来の姿に気づかされ、川の上流と森林を訪ねたのだという。豊かな海のためには、源泉にある豊かな森が欠かせないのだ。
 今回のルイ・ヴィトンによる支援は、フランスと宮城県との海を越えた交流が、文字通り実を結んだものだ。支援は昨年度に引き続き、さらに2年継続して行われていく。畠山氏はこの活動が認められ、国連森林フォーラムによる「フォレスト・ヒーローズ」にも選ばれた。

今年6月、気仙沼を視察した際の様子。左からルイ・ヴィトン5代目当主パトリック-ルイ・ヴィトン氏、畠山重篤氏、ルイ・ヴィトン ジャパン プレジデント&CEOフレデリック・グランジェ氏、同社会長エマニュエル・プラット氏。


Text=東 ミチヨ Photograph=梶野彰一

*本記事の内容は12年9月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい