【FC東京】あの日本代表選手も! 育成・普及のプロが語る"可能性を広げる"方法

現在、Jリーグで優勝争いをしているFC東京。史上最高の観客動員数も記録するなど、ここ数年で激に進化し続けているのはなぜか。その鍵を握り、FC東京を支える各分野のプロフェッショナル6人にインタビューを行い、躍進の秘密を解き明かしていく連載【FC東京躍進の理由】。4回目は、普及・育成を司る久保田淳と中村淳の二人だ。


首都・東京を本拠地とするポテンシャルはスゴい

FC東京のマーケティング部門を取り仕切る川崎渉は、自身の仕事の難しさと面白さについてこう話した。

「ファン・サポーターの中には、チームをサポートすることに人生を懸けている人もいれば、たまたま通りがかっただけの人もいる。東京のマーケットはその“幅”が広い。温度差があるお客様に対して、サービスの発信者としてどこに目線を合わせるのか。そこがすごく難しいですね」

もっともその"幅"は、首都・東京を本拠地とするクラブのポテンシャルとも言い換えられる。より多様な趣味趣向を持つファンを持つことは、プロスポーツクラブにとって大きなプラス。だから、広げられるだけ広げたい。クラブ内でその役割を担っているのが、久保田淳と中村淳が在籍する「普及部」だ。

「地域コミュニティ統括部長」の肩書を持つ久保田は、数々の名選手を輩出した筑波大学サッカー部で活躍し、都市銀行に就職して社会人チームでのプレーを続けた。2000年に退職すると筑波大大学院で体育経営学を学び、卒業後の2001年、縁のあったFC東京に入社。渉外担当だった銀行員時代の経験を生かしてホームタウン推進部門を担当した後、2007年に普及部長に就任した。

地域コミュニティ統括部長の久保田淳。

一方、東京生まれ・東京育ちの中村も筑波大サッカー部出身だ。試合に出場できる実力はなかったが、だからこそ「もっとサッカーに関わりたい」と指導の道に進んだ。大学卒業後はジュビロ磐田の普及部スタッフとして6年間務め、2010年からFC東京の一員として普及部のコーチを務めている。

まず、プロサッカークラブにおける「普及」の役割とは何か。よく並べて語られることが多い「育成」との違いについて、中村が説明した。

「一般論として、トップチームにつながる、プロ選手を目指そうとするカテゴリーや活動はすべて"育成"と言えます。FC東京では小学生年代のサッカースクール、中学生年代のU-15深川とU-15むさし、そして高校生年代のU-18とありますが、それらはすべて“育成”です。それ以外のカテゴリーや活動、例えば都内の小学校を訪問するキャラバン隊、保育園や幼稚園をめぐるキッズ巡回、大人を対象としたサッカー教室などが"普及"と言えます。」

ただし、FC東京はそうした一般的なカテゴライズとは違う考え方を持っていると久保田が補足する。

「私たちの感覚では、育成も普及も同じ。相手が初めてボールを蹴る子どもでも、プロを目指している中学生でも、『サッカーをうまくなる』『サッカーを楽しむ』といった目的は同じですよね。だから、もちろん担当部署としての違いはありますが、考え方に違いはありません。相手に応じてアプローチを変えるだけです。」

普及部の仕事は多岐にわたる。

前述したスクールでの指導や小学校・保育園・幼稚園の訪問をメインとしながら、自らもイベントを企画し、地域と連係しながらサッカーの楽しさを伝えて回る。実はそのジャンルにおいて、FC東京は前身である東京ガス時代からグラスルーツすなわち、普及活動を続けてきた紛れもないパイオニアだ。DNAは今も活きていると久保田が言う。

「"幅"を広げるという意味では、やはり自ら積極的に足を運び、地域にかかわろうとする姿勢が大切だと思っています。そういう意味で、私たちには1980年代から全国各地で『東京ガス サッカー教室』を展開してきた実績があり、その下地があるから自然な形で開催できる。時代の変化によってニーズは変化していますが、サッカーを通じて子どもたちと触れ合うことの重要性をよく理解しているクラブであることは間違いありません」

普及部のコーチを務める中村淳。

"FC東京ファミリー"をいかにして拡大させるのか

FC東京が"普及"を重視する姿勢は、コーチのキャリア形成にもよく表れている。

今シーズンから普及部コーチとして活動している梶山陽平は、2004年のアテネ五輪で日本代表のナンバー10を背負い、FC東京でも不動の司令塔として長く活躍したレジェンドだ。しかし、指導者としてのセカンドキャリアを歩き始めた彼のスタート地点は、普及部コーチだった。久保田が言う。

「下は幼稚園から、上は大人まで。男性だけではなく女性もいるし、障がいを持った方にサッカーを教えることもある。もちろん、普及部の活動においては、教えるだけではなく"触れ合う"ことがとても大事です。私たちは、そうした経験が指導者にとって大きな財産になると信じている。彼ほどのキャリアがあればいきなりトップチームで指導しても成功するという意見もあるかもしれませんが、私たちの考え方は少し違う。現在トップチームでコーチを務める佐藤由紀彦も、指導キャリアは普及部からスタートしました」

Jリーグ発足から25年が過ぎ、数えきれないほど多くの“JリーグOB選手”たちが全国にいる。なかにはセカンドキャリアとしてサッカースクールを主催する元選手も多く、例えば「ドリブル専門」や「英語でサッカー」など、それぞれの特長を打ち出そうとする傾向が強い。そんな時勢において、FC東京の強みとは何か。中村に聞いた。

「プロサッカークラブにおける普及活動としては、サッカーがうまい子も、そうでない子も、たとえ初めてボールを蹴る子でも、どんな子にも門を開いてサッカーを楽しんでもらう。それを上達に繋げ、さらにサッカーを好きになってもらう。それが私たちの使命であり、その環境を持っていることが強みであると思っています」

普及部の活動は、クラブにとって未来の窓口だ。サッカースクールで初めてボールを蹴った子どもが、楽しいと感じてサッカーに興味を持つ。コーチに褒められてFC東京のことが好きになる。その話を聞いた親もFC東京の活動に興味を持ち、「私もやってみたい!」と手を挙げるお母さんもいるという。中には、“ママ友”同士でチームを作ったお母さんもいるというから、サッカーの力、プロスポーツクラブの役割を感じずにはいられない。

そうした活動によって"FC東京ファミリー"を拡大すれば、スタジアムに足を運んでくれるファンが増えるかもしれない。観客が増えれば、その声援がピッチに届いて選手の背中を後押しするかもしれない。そして、その一歩がゴールにつながり、チームに勝利をもたらす。やはり、未来の窓口としての普及部の役割は大きい。

久保田が言う。

「FC東京が、東京の街にとって必要不可欠な存在にならなければいけない。そのために今、何ができるかを考えています。私たちの仕事は、子どもたちと直接ふれあう機会が多い。だからこそ、実際にボールを蹴って、ともにサッカーを大事にしなければいけないですよね。そういう場をもっと整え、より多く提供することがFC東京のブランド価値を高めることにもつながる」

中村は、現在日本代表として活躍するMF橋本拳人の名前を挙げた。

「やがてジュニアユース、ユース、トップと駆け上がっていった彼も、始まりはスクールでした。そういう選手を増やしたいという想いもあります。その一方でトップチームの試合をスタンドで見ていると、時々声をかけられることがあるんですよ。『覚えていますか? スクールでお世話になりました〇〇です』と。やっぱり、それはすごく嬉しい。ひとりでも多くの人の"良い思い出"として、FC東京が人の心に残る活動をしていきたいと思います」

近年、普及部ではトップチームの試合に合わせてイベントを開催している。対戦相手が横浜F・マリノスなら、同じ日に両クラブのスクール生同士で試合をする。

「俺たちだって負けられない」

そう発破をかけると、スクール生であっても緊張の色を浮かべて真剣モードに入る。その様子を観た親も応援に力が入り、ゲームが白熱する。

その時、選手たちはFC東京のエンブレムが入ったユニフォームを着る。そうしてさまざまなイベントでエンブレムを身につけてもらうことが、FC東京を応援するファンの“幅”につながる。

普及部の活動は、可能性を広げること。久保田と中村が感じているやりがいは、まさにそこにある。

5回目に続く

Text=細江克弥 Photograph=鈴木規仁



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