【エイベックス松浦勝人】ちゃんとした大人になろうなんて思わない。


はちゃめちゃな部分があったほうがいい

エイベックスは、過去小さな失敗はたくさんしてきたけど、大きな勝負には勝ってきたと思う。そのなかでも、2009年にNTTドコモと合弁会社を設立し、開局した「BeeTV(現dTV)」は大きな勝負だった。数十億円規模の投資で、今振り返ると「あんなおっかないこと、よくできたな」と思う。

もちろん、万が一失敗してもエイベックス本体がどうにかなることはないというリスク計算はしていたし、その時は「絶対にいける」という確信があってやっているので、怖いとか不安だという気持ちはない。「いけるはずだ」。それしかなかった。

一方で、「ここが勝負どころだ」と力むようなこともなかった。勝負するという意識が強すぎると、勝ち負けや、うまくいく・いかない、とかが気になりすぎて、逆に賭けに出ることができなくなってしまう。リスクをしっかり計算し、最後は「いける」という直感を信じて、勝負はしていくものだと思う。

僕個人の最大の勝負は、大学4年生の時に就職活動をやめて、貸レコード店を起業したこと。当時は新卒一括採用の時代だから、貸レコード店が失敗してどこかで働こうと思っても、雇ってくれる企業はかなり限定されてしまう。起業に失敗したら、残りの人生すべてがうまくいかなくなってしまうかもしれない。

よくあんな思い切ったことができたなと思うけれど、あの時、「ここが僕の人生の大勝負」とまでは考えていなかった。「面白そうだからやっちゃえ」としか思わなかった。

若かったのだと思う。年をとると、どうしたって残りの人生は短くなる。僕だってあと50年生きるなんてあり得ない。平均寿命を考えたら20年ぐらいだろう。それなのに、その20年のことをあれこれ考えてしまう。20歳の時は、残りの人生が50年も60年もあったのに、先のことなんてまるで考えなかった。「やっちゃえ」と、前に踏みだすことができた。

そんな若いだけで何も知らない僕が、芸能界という、ある種特異な世界で音楽ビジネスをやってこれたのは、この業界の人たちとつながりをしっかり持てたことが大きい。そういう親世代の人たちと食事をし、酒を飲み、心を開いてもらうことは、僕にとっては勝負どころだった。

目上の人に対して気を使うのは当たり前のことだけど、それだけでは相手の心は開かない。気を使うというのは本来、相手に悟られないように使わなくてはいけない。相手の懐に飛びこんでいくには、時にはいきなり相手のおでこを小突くようなこともしなければならない。

もちろん、普通の人はそんなことをされたら怒る。この人はそういうことをしても大丈夫な人なのか、今の場面でそういうことをしても許されるのか、それを瞬時に判断しなければならない。これは一か八かの勝負。

でも、目上の人たちというのは、普段そういうことをされたことがないので、小突かれても意外と喜んだりする。失敗もたくさんしてきたけれど、それで相手の心が開かれ、つながりができ、僕はこの特異な世界に居場所を作ることができた。

時代は変わる。あの頃は、僕はどこに行っても一番年下だった。親世代の人たちと、心を開かせる勝負をして付き合っていた。しかし、気がつくと、今、周りは若い人たちばかりで、自分が一番年上になっている。

若い人は僕に気を使ってくれる。遠慮をしているというか、怖れているようなところもある。向こうから見たら、僕は親世代なんだから、それはそうだと思う。でも僕は、この関係がまだうまく飲みこめていない。「なぜそんなに怖がるんだろう?」と思ってしまう。

若い連中が楽しげに騒いでいる。そこに僕が入っていくと明らかに空気が変わる。以前はそうじゃなかった。騒いでいる輪のなかに自然に入っていけた。ひょっとしたら、以前からだんだんそうなっていたことに、僕が気づいていなかっただけかもしれないけど、最近そう感じることが増えてきた。もう、これから出会う人とは、仲間としての関係を作ることはできないのかもしれないと思うと、仕方がないけど、やっぱり寂しくなる。

これが「大人になる」ということなんだと思う。普通なら、30歳とか40歳とかで迎える段階を、僕は50歳を過ぎて、ようやく迎えている。

自分自身はちゃんとした大人になろうなんて思わない。でも社会的地位や年齢を考えて、ちゃんとしろと言ってくれる人もいる。そう言われると、ちゃんとすることが正しいことなのかな、ちゃんとしないといけないのかなとも思う。まだその判断がつかない。

ちゃんとする、大人になるということが常識を持つということなのだとしたら、それはあまりいいことではない。僕が音楽ビジネスを始めた時は、業界の常識なんか知らないから、業界の人から見ればめちゃくちゃ非常識なことをやって、それがたまたまいい方向に転がって成長していくことができた。でも、業界の常識がわかるようになってくると、新しいことを思いついたとしても、そんなことをやっても無駄だと常識的な判断をしがちになる。業界の常識を打ち破るようなはちゃめちゃな部分は、仕事をするうえではあったほうがいい。

「ちゃんとする」ということが、品行方正な聖人君子になることだったら、僕にはできない。それは自分を全否定することだし、過去の僕のすべてにダメ出しをしていくことになる。

「ちゃんとする」というのは、場面や状況に応じて適切な行動が取れることだと思う。例えば、「お酒は飲んではいけない」ではなく、飲む時はとことん飲み、適量の時は適量飲むという加減ができること。

でも、いったん飲み始めると、飲んじゃうんだよなぁ。ちゃんと飲むなんて、僕には無理かもしれない。今、わかった。僕はまだ大人にはなれないし、ちゃんとすることもできない。僕はどこまでいっても僕でしかない。

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Text=牧野武文 Photograph=有高唯之

松浦勝人
松浦勝人
エイベックス代表取締役会長。1964年神奈川県生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店の店長としてビジネスを始め、以降、輸入レコードの卸売り、レコードメーカー、アニメやデジタル関連事業などエンタメに関わるさまざまなジャンルに事業を拡大し続ける。
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