【シリーズ秘書】異色の経営学者・野田一夫氏を支えていたのは、歴代秘書50人⁉

あのソフトバンクの孫正義氏らが師匠とあおぐ異色の経営学者、野田一夫氏。日本が誇る経済界の重鎮を、あらゆる面で完璧にフォローする、その秘書の裏側を徹底取材。


日本が誇る経営学の重鎮を、健康面でもサポート

立教大学時代にはスター教授として知られ、後に多摩大学、県立宮城大学、事業構想大学院大学(東京)の初代学長を務めた。一方、1970年代の第一次ベンチャーブームの時よりベンチャー企業の育成に力をいれ、ソフトバンク社長の孫正義氏までも師と仰ぐのが、野田一夫氏だ。何から何まで、型破りの人生を歩んできた。そのひとつが、若い頃から大学とは別に個人事務所を赤坂に構えたことだ。なんともう60年も昔からなのだという。そのきっかけは、若くしてマサチューセッツ工科大学にフェローとして招かれたこと。

「多い時には同時に5人も秘書がいたので、歴代秘書の総数は50人以上になるんじゃないかな。実務の処理は、僕は得意ではない。彼女たちのおかげで、思う存分仕事をしてこられたんです」

と野田氏は笑う。今年91歳だが、今なお現役。講演依頼や執筆依頼は、今もひきもきらない。昨年9月から秘書を務める岡田真理子さんは言う。

「ごく当たり前のように1年以上先まで、予定が入っています」

ご自身の教え子が載った雑誌も目を通す

前任者が体調を崩し、紹介を受けた。初対面の面接での第一声は「いつから来られる?」だったのだそうだ。

「入社して何より驚いたのは、歴代秘書の方々からの申し送り事項がUSBメモリにすべて入れられ、簡潔にまとめられていたことです」

さらに、前任者は口頭での引き継ぎ事項ですらすべてテキストで完璧に残してくれていたことにも感激したという。

「ここで働く秘書の方が、どんな思いで仕事をしてこられたのか、野田先生をどれほど敬愛されていたのか、とてもよくわかりました」

野田氏は秘書をファーストネームで呼ぶ。

「"さん付け"だとどうしても社会的距離が生まれるから」(野田氏)だ。それこそ自分の娘のように、秘書と接してきた。そんな彼を慕い、今も時々歴代の秘書が集まり野田氏を囲む会が催されるという。

「歴代秘書の方が事務所においでになったり、一緒にお食事をされることも少なくないのです。私も先輩秘書の方とのお食事に同席したことがあります」

他にも大学の時の教え子や企業の経営者など、事務所への来訪者は多い。各方面の著名な人物から電話がかかってきたり、訪問を受けたり。新聞やテレビで見ていたような人たちからの連絡には、最初は驚くことも多かったそう。

「先生のファンクラブもあるんですよ。多くの方から、本当に愛されている方なんです」

過去60年にわたる歴代の秘書が集まり、時おり野田氏を囲む会が催されるのも、氏ならでは。

秘書経験は長いが、ここで新しさを感じたのは、公私が一体化していること。仕事面のみならず、プライベートに関しても奥さまをはじめ、ご家族みんなとも緊密に連絡を取りあう。

「今から戻る、など連絡を必ず入れていただけますし、居場所も常にわかります。仕事関係で事務所を出られた後に外部から連絡がありますと、奥さまに伝言をお願いしています。すべてオープンですので、とても仕事はしやすいです」
 
91歳の今まで病気をしたことがない、と語る野田氏。今も「少なくとも一日5000歩は歩くようにしている」のだそうだ。だが、岡田さんは少しでも何か変化を感じたらすぐにご家族に伝えるようにしている。

「それも含めて、秘書である私の仕事です。そんな私に、いつもありがとう、と毎日のように笑顔で言っていただけることが、何より嬉しいです」


Kazuo Noda(右)
経営学者。1927年愛知県生まれ。東京大学卒。立教大学教授を定年退職後、多摩大学・県立宮城大学・事業構想大学院大学(東京)の初代学長を歴任。ピーター・ドラッカーの学説を日本に紹介したことでも有名。
Mariko Okada(左)
1968年生まれ。短大を卒業後、損害保険会社へ。秘書業務などを10年経験した後、退職。その後復帰し前職で社長秘書を6年経験した後、2017年9 月より現職。

Text=上阪 徹 Photograph=滝川一真