1日24時間フル回転! 渡邉 崇監督が密着した世界的パティシエ辻口博啓【映画公開】

パティシエという言葉を世に広め、パリで開催される世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」では、6年連続で最高評価「ゴールドタブレット(金賞)」を獲得している辻口博啓氏。そんな辻口氏に密着したドキュメンタリー映画『LE CHOCOLAT DE H(ル ショコラ ドゥ アッシュ)』が現在公開中だ。監督の渡邉 崇氏が語る辻口氏の素顔とは?。


自分で自分の道を切り拓いてきた

――辻口博啓さんがあんなにもたくさんのブランドを展開していることを初めて知りました。

現時点で13のブランドを展開されているんですが、できる限りその多くを映画の中に取り込もうと意識しました。映画を見て「どうしてそんなことが可能なのか」がわかってもらえるかなと。辻口さんって、なんかアニキっぽい雰囲気があるんです。仕事をする先々に信頼できる人をつくり、その人を信頼してある程度任せることができる人なんですよ。職人って「俺がやるから触るな」っていうイメージがありますが、それがない、ちょっと変わった職人さんなんですよね。

――辻口さんとの出会いを教えてください。

初めてお会いしたのがちょうど1年前、サロン・デュ・ショコラの日本の会場で。会うなり辻口さんの口からアイデアがあふれてくるので、僕はとりあえず一方的に聞くという感じでした(笑)。その時に話されていたのは、世界初のチョコレートのドキュメンタリー、ショコラティエをテーマにしたものを作りたいと。もちろんそれは面白いと思いましたが、僕自身はやっぱりチョコレートから浮かび上がるシェフの哲学や人間性を描きたいなと。

――撮影はいつくらいに始まったんですか。

初めてお会いした2ヵ月後の3月に撮影を開始し、終わったのは11月20日です。2019年の1月の公開が決まっていたので。とにかく時間がない。撮影した映像も200時間以上。編集が大変でした。でも、結果的にはそのスピード感が、辻口さんの常にトップスピードで走り続けている日常、生き方に合っていたのかなと思います。

――作品では、辻口さんとともに様々な場所に行かれてていますね。

2018年のサロン・デュ・ショコラ パリに出品したショコラ「陰翳礼讃」の材料を探す国内の旅は、辻口さんの故郷である石川で塩、愛知で味醂、長野の味噌、群馬の米粉などですね。海外はフランスに2回、カカオを探しにエクアドル1回です。シェフはとにかく多忙で、現場には3時間くらいしかいないこともありました。「こういった画を撮りたい」という事前の打ち合わせも、あんまり意味がない。その場のノリも含めて調整しながら、どうにかうまいこと撮影してゆく。まさにドキュメンタリーでしたね。

――辻口さんと一緒に旅をして、驚かれたのはどんなところでしょうか。

ふと気づくと食事しながらパタッと寝ていたりするんですよ。直前まで一切疲れたとか言ってなかったのに、電池が切れたみたいに。限界まで活動して、パタッと倒れる感じで。こんなことを、よく休みなしにやってるなと。

それから、食に対する好奇心がすごくて、ほんとに何でも食べちゃうんです。例えばエクアドルでは、地元の人がイモを発酵させた手作りのどぶろくとかを飲んじゃう。でもお腹は壊さない。逆に「現場が仕切れなくなったら困る」とか考えて手を出さなかった僕の方が、帰国後にお腹を壊しましたから。

とにかく強いんですよ。どこにいても24時間仕事、常にフル回転。新しい企画やプロジェクトがいくつも同時進行で、撮影中でもネット検索すると「広島の牡蠣のエキスを使った」とか「モエ・エ・シャンドンのロゼを使った」とか、新作ショコラの話題がポンポン出てくる。映画でフォーカスしてる「陰翳礼讃」が古くなっちゃってる!みたいな(笑)。

興味深いのは、辻口さん自身、そのすべてがパーフェクトにいくとは思ってないんですよね。とにかくベストを尽くす、もし上手くいかなくても次があるから、そこで再チャレンジすればいい。早いサイクルで来た球を打ち続ける、反射神経と瞬発力で生きてる人なんですよね。学生時代に運動神経が抜群だった(映画では高校生時代のバク転の映像もあり)と聞くと、そういうスタイルが理解できるような気がします。「ピカソが一流なのは多作だから」みたいなことを聞いたことがありますが、シェフはまさにそれ。モノづくりをする人たちが学ぶべきところはすごく多いと思います。

それから映画ではショコラティエでありパティシエであることはもちろん、経営者で教育者であるところも描いています。とにかくいくつもの顔をもっている。こんな人がいるんだ、とただただ感心させられます。

――辻口さんの生い立ちも細かく描いていますね。前半で描かれる家業の和菓子店のストーリーが印象的でした。和菓子店の工房の上階で暮らしていて、下から聞こえる音や匂いで何が行われているかわかる、そうした体験が今に活きているんだなと。

「絶対音感」じゃないですが、「絶対味覚」というようなものを持っている気がしました。自分の原体験や故郷への思いを、小説や映画に重ねる人は多いと思いますが、辻口さんはそれを味に重ねているんです。シェフは故郷である石川の和の素材や発酵をテーマにしていて、それが自身のオリジナリティになっているんですが、故郷を出た時は「こんな田舎に二度と戻らない」と考えていたと思うんです。でも結局そこに回帰していくというのも、そういう人だからなんだろうなと思います。

――映画を見ると食に対して哲学をお持ちなんだなと。

映画にダイレクトには入れていないんですが、自分の中の"裏テーマ"として「祈り」みたいなものがあるんです。お菓子って記念日や誰かの思いのある日を祈るものだし、シェフも美味しいものを祈りながら、楽しそうに作ってるんですよね。実際に今回登場する食材はカカオも含めて「あえのこと」――神々への供え物のようなところから始まっていて。人間の幸せとか大地への畏敬とか、そういったものすべてをひっくるめて、シェフはチョコレートを作りたいと思っているのではないか。そういう意味で、すごく素敵な仕事だなとも感じましたね。

――映画を撮ることで、監督ご自身の中に生まれた思いはありますか。

辻口さんは生まれは能登の田舎町だし、実家が傾いてお金がないから専門学校も行けず、住み込みで働けるところでしか働けなかった。だから「**の弟子」みたいなことではなく、コンクールを次々と勝ち抜いてやってきた、本当に自分で自分の道を切り拓いてきた人なんです。シェフが高校時代の恩師からもらった「大道無門」(仏教用語で、仏道には特定の入り方はない)という言葉があるんですが、どこに行くにも道は拓かれている――それを体現している人なんですよね。

フランスの最高の舞台で最高賞をもらっているシェフが、そういう人であることに僕はすごくシンパシーを感じます。僕自身も東北の出身で、映画を作りたいと思って上京してきた田舎者なんです。でもシェフだからたどり着けた道があるなら、僕にもあるはずだと、なんだか励まされるんですよ。

※辻口博啓の「つじ」は一点しんにょうが正式表記


『LE CHOCOLAT DE H』
日本を代表するショコラティエ、辻口博啓のドキュメンタリー映画。新作ショコラが完成するまでに密着し、そのクリエイティヴな生き方に迫る。ドローンやハイスピードカメラなどの最新技術を使用した映像も見どころ。
監督:渡邉 崇
出演:辻口博啓ほか
配給:テレビ朝日映像
全国のイオンシネマ10館で公開中


Takashi Watanabe
1979年宮城県生まれ。2003年テレビ朝日映像に入社。報道情報番組や、人物ドキュメンタリーを数多く制作。劇場公開映画は今作が初めて。


Text=渥美志保 Photograph=尾崎 誠