南北首脳会談後の北朝鮮を見た! 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第4回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが綴るエッセイ。第4回は立岩陽一郎が南北会談直後の北朝鮮に潜入。北朝鮮潜入編その1。


近くて遠い国、北朝鮮へ

テレビに「中継」の文字が見える。屋外で握手する2人は最近のニュースでは見慣れた韓国の文在寅大統領と、これまたよく見る北朝鮮の金正恩委員長。

4月27日の午前9時半。関西国際空港の搭乗口でテレビ画面にくぎ付けにならざるをえなかった。

「つまり、金正恩委員長は境界線を渡ったってことですよね」

隣にいる朝鮮総連=在日本朝鮮人総連合会の姜賢国際部長に話しかけた。

「ええ、そうですね」

姜部長は画面を見つめたままそう話した。

「あれ?」と思ったのは、文大統領と金委員長は一度、また北朝鮮側にまたいでいる。つまり文大統領もまた境界線を越えたということだ。そしてその時、2人が手を取り合っているのが見えた。

これは予定に無かったんじゃないか……金委員長の即興ではないか? そう勝手に思いながらも、徐々に自分の胸のうちにも熱いものがこみあげてくるのを感じた。ふと見ると、テレビ画面を見ている姜部長の目に光るものが見えた気がした。それを見ると私もウルっと来そうなので視線を搭乗口に移した。

ちょうど搭乗のアナウンスが始まったので北京行きの全日空に乗り込んだ。この日、北京に姜部長らと向かったのは、私の他に、在日朝鮮人への差別の撤廃を求める活動などをしている労働組合の関係者など7人だった。私は飛び入りの様な形の参加だったが、まさに南北首脳会談の一方の当事国を見に行くという貴重な機会となった。

なぜ北京なのか? それはもう説明の要はないだろう。北朝鮮の首都、平壌への直行便がないということもあるが、日本では北朝鮮入国のビザが得られないからだ。

北京の北朝鮮大使館

北京空港に到着して北京市内中心部の北朝鮮大使館に向かった。ロシア大使館に次ぐ大きさの巨大な敷地の四隅の一ヵ所に入り手続きを行った。広く天井の高い建物は薄暗かったが、窓口の向こうに男性がいるのがうっすらと見えた。我々が入った時は他には誰もビザの申請には来ていなかった。

姜部長が用意された書類を提出して待つこと30分。ビザが発給された。ビザはパスポートに添付されておらず、顔写真のついたパスポートサイズの1枚紙だった。

姜部長が言った。

「これは共和国を出る際には廃棄されますので、記念にしたい人は今のうち写真でも撮っておいてください」

共和国……北朝鮮の正式名称は『朝鮮民主主義人民共和国』。そこから由来する呼び方なのだろう。と言うことは、北朝鮮に入国した記録は残らない?

「残っていたら日本に戻るのにトラブりますから……」

翌朝28日、前の晩の痛飲を後悔しつつ北京空港に向かい、高麗航空のカウンターに並んだ。初めて見る高麗航空のシンボルマークは朝鮮半島を鳥の羽に模したような形をしていた。どこかJALのマークを意識したような感じもするが、それよりもひと昔前のKALのマークに似ているかもしれない……まぁ、どうでもよい話だが。

カウンターではお世辞にも愛想がよいとは言えない女性が対応したが、その女性は中国語を話していたので恐らく中国人なのだろう。

搭乗口には1時間前に着いたが、実はここからが長かった。出発時間を過ぎても搭乗が始まらない。姜部長が確認すると、搭乗予定の他の客を待っているという。便数が限られているからか、見捨てて飛び立つわけにはいかないということのようだ。それはそれで親切な対応かとも思った。周囲を見渡すとヨーロッパ系の人が多かった。ロシア人もいるようだ。団体の観光客のようだ。

そして予定よりかなり遅れて搭乗が始まった。機体はロシア製のツポレフだった。ツポレフの旅客機はイランに駐在していた20年前に、イラン航空の国内線で何度か乗ったことがある。その時は軍用機の匂いがプンプンしていたが、それに比べればボーイングやエアバスと同じような雰囲気になっていた。

機内に入って客室乗務員に迎えられるのはどこの航空会社も同じだ。しかし、これが正直、「ほぉー」と口に出したくなるほどの美人だ。言葉にすれば、小顔でスレンダーということだろうか。

高麗航空のキャビン・アテンダント

「姜さん、これって、たまたまですか?」

着席した跡、乗務員の女性を目で指して隣の姜部長に尋ねてみた。

「きれいでしょ?」

姜部長、まんざらでもないという表情で逆に尋ね返された。

「きれいなのに驚きましたけど、でも、たまたまでしょ? そういう方ばかりじゃないでしょう?」

姜部長は待ってましたとばかりに語った。

「何度も乗っていますけど、みなこのレベルですよ」

へぇー……だ。少し大げさに感じるかもしれないが、こればかりは主観なので何とも言えないが、私の様なおっさんの多くが同じ反応を示すように思う。

日本や米国では航空会社の客室乗務員というのは既に特別な職業ではなくなっているが、途上国では今も女性の職種としてはダントツの花形だ。それは北朝鮮も同じなのではないかと思う。きっと、彼女らも選抜されたエリートなのだろう。

そんなことを考えているうちに機内では、安全の説明が行われていた。これは航空機で緊急時にどうするかという内容で基本的には航空会社によって内容が違うわけではないが、プレゼンテーションが微妙に違う。各社、しっかりと見てもらおうといろいろと工夫している。日本の航空会社はコンピューターグラフィックを使っているケースが多いし、私が以前乗ったカタール航空はメッシなどサッカーのバルサの選手らが説明をしていた。

で、高麗航空は? と注視していると、客室乗務員が出てきて説明する形をとっていた。ただ、大きく異なる点があった。安全についての説明が極めて細かい。例えば、緊急時にはペンなどは持たないようにという指示。これは正しい。航空機のようなスピードで衝撃を受けた場合、ペンは凶器となって乗客に襲い掛かる。これは極めて重要な指摘だ。また、緊急着陸時の説明も詳しかった。他の航空会社では両手で前の座席をつかんで首を下にして構えるように指示される。高麗航空の説明では、その際に両腕をクロスして座席をつかむよう指示していた。この方が衝撃に耐えることができるからだろう。

そんなことに感心しているうちに、ツポレフは北京空港を離れていた。

この高麗航空で話題になったものがある。誰かがネットにあげて拡散した「ハンバーガーのようなもの」だ。正直、おいしいものではなかったというコメントもかなり拡散していたと思う。

姜部長も前回の訪朝時にはそれを食べたという。

「さて、そろそろ『ハンバーガーのようなもの』が出てきますよ。楽しみにしてください」

「それって、うまいんですか?」

「いや、まぁ味は……」

姜部長の苦笑いに密かな興奮を覚えつつ、美しい客室乗務員がトレイを持ってくるのを待った。暫くして彼女らがトレイを押してくるのが見えた。「ハンバーガーのようなもの」が入った透明の入れ物、スーパーで総菜をつめる時に使うあれを配っていた。

やがて私のところにも来てその透明な総菜入れを渡された。

「あれ?」

と言ったのは私ではなく姜部長。

「ハンバーガーのようなものじゃない……」

え? じゃあ何なんだろう? と見て総菜入れから取りだしてパンズを開けると、マヨネードされたレタスと調理されたハンバーグが入っていた。

「これって、普通のハンバーグですよね?」

「そうですね。去年来た時はこうじゃなかったんですけど……」

食べてみると、普通にハンバーガーだった。冷えてはいるが普通においしい。感動するほどのことはないが、極めて普通の味だった。

高麗航空の機内食

なんとなくおかしくなったのは、恐らく、高麗航空の幹部はその芳しくない評判を知ったのだろう。政府から「おい、こんなこと言われているぞ」と叱責されたのかもしれない。なんといっても表玄関だ。「ちゃんとしたハンバーガーを出せ」と指令が出て、みなで懸命に頑張った……私の勝手な推測だが、そう考えると北朝鮮の人々が身近に感じられた。

やがて機体は中朝国境の鴨緑江を越えて南下。そして間もなく着陸のアナウンスが流れたかと思ったら平壌空港に到着した。北京空港を発って1時間半といったところだ。

姜部長に、「1時間半ですか。やっぱり近いですね」と話しかけると次の様に話した。

「でもきのう関空を発って北京で一泊するから24時間以上かかるわけですよ。直行で来れれば日本からだって3時間かからないでしょう」

近くて遠い国とはよく言ったものだ。

北朝鮮とは言ってはいけない。朝鮮か共和国

ボーディングゲートはいくつかしかない小さな空港だが、タラップを降りて空港ビルまで歩かされるという途上国によくある状況ではなかった。ボーディングブリッジを通って建物に入り直ぐに入国カウンターに並んだ。

事前に姜部長から説明されていたのは、入国時にスマホのチェックがあるということだった。何をチェックするのかというと、中に入っている画像をチェックするという。

「妙な写真は削除されますから」

「妙な写真って、女性の裸とかですか?」

「そういうのもありますが、例えば金正恩委員長のそっくりさんの写真とか……」

そんな写真は撮っていないと思いつつ、やはり緊張する。しかし入国審査では、パスポートのチェックのみだ。前で入国審査官と対面しているヨーロッパ系の人を見ていると、さほど困っている風ではない。しかし彼らは外交関係のある国の人だろう。一方、私は外交関係のない国からの訪問者だ。さて、どういう困難に直面するのやら……。

と思って、順番が来たので前に進んで、驚いた。審査官は客室乗務員と同じくらい端正な顔立ちの女性だった。しかも、笑顔だ。

「アンニョンハセヨ(こんにちは)」

動揺しつつ、挨拶を口にしながらパスポートを出した。すると彼女も笑顔で言ったのだ。

「アンニョンハシムニカ」

何か……想像していたのとは違う。いやいや、この一事をもって北朝鮮が変わったとは言えないかもしれない。なんといっても、スマホのチェックがある。それに私はデジカメ3台を持ち込んでいる。単なる親善訪問の一団に加わっただけのことで、取材ビザは得ていない。絶対に怪しい……何をしに来たんだと詰問されても反論できない。だって、取材に来たんだから。

さて、その美しい審査官と別れると、荷物のチェックだ。そこに軍人らしき服装の男たちがたむろっている。手ぐすね引て待っているといった方が妥当かもしれない。

私の前の人たちもスマホとパスポートを提出させられている。ヨーロッパ人も例外ではないようだ。

そして私。持っているものを書き込めと言う。ここは素直に書くしかない。「衣服」は数量を書かないでよいらしい。「衣服」とのみ書く。そしてパソコン1台。デジカメ3台……などと書き込んで軍人らしき男性に渡した。

すると、「パソコン、デジカメ、スマートフォンを出せ」……とどうも言われているようだ。それらをトランクと手持ちのザックから取り出して渡した。

すると、「一緒に来い」……と言われているようだ。逆らったって勝ち目はない。「はい、はい」っとついていく。

テーブルに置かれて係官がチェックを始める。私のスマホを突き出して、ロックを解除しろと指示。今度も「はい、はい」とロックを解除して、恐らく目当てだろう写真の一覧を出して渡した。

ところが、怖そうに見えた係官の顔がどことなく柔和な表情になっている。そしてスマホをちょっと見ただけで机に置き、3台のデジカメを確認。

「これは没収かなぁ……」

そう思っていたら、「もう戻してよい」と目で合図された。

えっ?

既に係官は他の係官と談笑している。それは、普通の国の税関職員の姿だった。

荷物チェックが終わると、北朝鮮側で我々を受け入れる朝鮮対外文化交流協会(以下、対文協)の人たちに出迎えられた。

この対文協とは、外交関係のない国の民間交流の窓口になる機関という。外務省とは異なるが、実際には日朝交渉の現場で通訳官を彼らが務めるケースは多い。また、日本から訪朝する取材団のお世話も彼らが担当しており、「タイブンキョウ」という言葉は割とマスコミの中ではよく聞く言葉だ。

我々を出迎えてくれたのは3人。いずれもも日本局の局員で、流暢な日本語を話す。3人の名前はこちら側の配慮で敢えて記載しない。その理由は読者の皆さんに「忖度」してもらいたい。このため、3人については、日本局の局員ということで、「対文教」か、「局員」とさせて頂く

局員が私を見ると、「立岩さんですね。総連中央から話は聞いていますよ。ようこそ共和国にいらっしゃいました」と言った。

「チョウンペケッスムニダ(お初にお目にかかります)。マンナソ、パンガプスンニダ(お会いできて光栄です)」

昔、ソウルの延世大学語学堂で3週間学んだ韓国語……否、朝鮮語を使って挨拶した。当然、相手は嬉しそうに驚き、「あなたは在日ですか?」と笑った。この程度なら誰でも話せるのだが、そういう驚きも親しみを感じて嬉しいものだ。

実は昔、調子に乗ってソウルで韓国語を話していたら、韓国人の知人に、「立岩さんの韓国語は北朝鮮の発音に聞こえるので注意しないとスパイと間違えられますよ」と冗談まじりに言われたことがある。それを言うと、局員が、「共和国ではどんどん使ってください」と笑った。

空港のロビーは閑散としていたが、そこには張り詰めた雰囲気は感じられなかった。利用者の少ない地方空港といったイメージだ。

平壌空港ロビー

局員が我々を前に一言歓迎の言葉を述べた。

「よくいらっしゃいました。みなさんは、今回の歴史的な会談の後に共和国入りした初めての日本人です。是非、共和国のあるままの姿を見て日本に帰ってください」

建物を出る時、姜部長から言われた言葉を思い返していた。

「立岩さん、北朝鮮とは言わないでください。朝鮮か共和国でお願いします」

「共和国……私が共和国って言うのは違和感が有るなぁ。朝鮮。チョソン。これでいこう」

夕方だが、夕日が沈むまでにはまだ時間があるようだった。心地よい風を身体に感じつつ、緊張感が和らいでいくのが感じられた。そして対文協の3人にうながされて用意されたマイクロバスに乗り込んだ。

それにしても、入国審査官といい、荷物の検査官といい、どちらかというと優しい対応といえるような和らいだ雰囲気だった。あれは何だろう? 南北首脳会談が生み出した流れを示唆するものなのか? 或いはこうした雰囲気が南北首脳会談を生み出したのか?

その答えは平壌市内に入ればわかるかもしれない。

その2に続く

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立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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