【中田英寿×バティストゥータ】夢の対談・後編 ~人生哲学、将来、語学について

イタリア・セリアAに移籍して20年。名門サッカークラブ・ASローマを去って17年。今も現地の人々に根強い人気を誇る元サッカー日本代表 中田英寿氏(41)がこの度、ローマを訪れた。その理由は、ASローマ時代に共にピッチで戦ったアルゼンチンの英雄 ガブリエル・バティストゥータ氏(49)と会うためだった。 18年前、ASローマをセリエA優勝に導いた英雄同士が時を越えて再会。後編は、ふたりの人生哲学と将来、そして語学の重要性について。


幸せになるために大切なことは?

バティストゥータ サッカー選手になって始めて稼いだお金は牧場の経営に使ったんだ。大切なのは好きなことをするって言うことだよ。そうじゃなかったら幸せじゃないでしょ。

中田 100%共感するよ。

バティストゥータ ありがとう!

中田 現役時代に引退後の人生のことを考えていた?

バティストゥータ いつも考えていたよ。サッカー選手としてのキャリアは必ず終わりが来るからね。望まなくてもその日は来るんだよ。だからその後どうするかは考えるよ。

中田 今、引退から10年たってどう思う?

バティストゥータ 今?

中田 そう、今。

バティストゥータ 今は落ち着いた生活しているよ。このまま牧場があって今の生活をずっと続けていくんじゃないかな。分からないよ。もしかしたら、何か違うことが出てくるかもしれないし。世の中にはいろいろな可能性があるからね。もし何か興味のあるものが見つかれば受け入れるかもしれないし。すべての可能性に対してオープンだよ。

中田 僕はガブリエルとは少し違うかな。僕は一日一日を生きているんだ。将来を考えることってないんだよ。毎日好きなことをして、でも何事も100%で向かっていくんだ。だから引退後のことを考えたことはないし、引退したとき何をしたらいいか分らなかったんだ。で、自分に言ったんだよ。「自分は何ができるか、そして何がしたいのか知らなければ!」と。そして、こうして世界を周り始めたんだ。そうしているうちに日本に帰って、日本の文化を学ぼうと思って日本に帰ることを決めたんだ。日本文化を知ることにとても興味がわいてね。

サッカー選手を目指す子供たちへの思い

バティストゥータ 次のプロジェクトは僕が住んでいる街で子供たちのためにスポーツ施設を作ることだよ。サッカー選手も育てていきたいし。英語を学ばせたいね。これが僕の次のプロジェクトだよ。

中田 それは君が教えるの?

バティストゥータ 僕は責任者をするよ。でも、コーチを選んで、僕の指示にそって動いてもらうよ。特に教えたいのは、サッカープレー以外のサッカー界のことだね。プレーはそこそこできるし、練習すればうまくなる。そして技術を習得したら次は生活しなければならない。人と話をしたりして、コミュニケーションをとらないといけないでしょ。契約書にサインするとか、そういう必要なことって誰も教えてくれないんだよ。

中田 それは、僕も考えたことがあるよ。たくさんの子供たちがサッカー選手になりたがっているけど、チャレンジングなんだよ。ごくわずかの人だけがプロとして活躍できるんだ。学習が足りない事が多々あるし、引退した後だって困難が待っているしね。

バティストゥータ その通りだよ。必ずぶつかる問題だよ。努力が足りないと特に引退後は問題だよね。

中田 スポーツ施設というよりは学校と言う感じだね。人生の。

バティストゥータ その通り。人生を学ぶ学校だね。そこでは学べることすべて学ぶんだ。プレーすること、食事、言語、ビジネスとかすべてね。これが僕の新しいプロジェクトだよ。

中田 君の次のプロジェクトがスポーツ施設で、サッカーということではなくて、人生の勉強ができる場所にしたいっていうのは、本当に素晴らしいと思う。僕は今、サッカーという可能性を使って、慈善事業に力を入れたいよ思っているよ。自分たちがサッカーをするのではなく、サッカーを違う方法で慈善事業に活かしていきたい。なぜならサッカーはただのスポーツじゃない、言語だと思っているんだ。

バティストゥータ 確かに。それも世界共通のね。

中田 サッカーを使っていろいろなことができると思っているんだよ。

バティストゥータ サッカーは凄い可能性を持っているよね。

今、新たに挑戦したいことは……

中田 今、学びたいと思っているのは語学かな。今しゃべれるのはイタリア語、英語、日本語。スペイン語はちょっとしか分らないけど。あと2、3ヶ国は習得したいな。旅行するときに……

バティストゥータ 気がつくでしょ?

中田 言語学習って言うのは世界が広がるよね。

バティストゥータ そうだね。

中田 だから、若いころから語学習得をしたかったんだ。今では世界はどんどん小さくなってるでしょ? ウェブサイトとかいろいろあるおかげで。だからもっと外国語を学びたいんだよ。僕たちがイタリアにいたころって、チームメイトってほとんどがイタリア人だったでしょ? だからみんなイタリア語をしゃべってたし、だからイタリア語を習得できたんだよね。

バティストゥータ そうだね。子供たちは、学校に行って最低2、3ヶ国語は習得しないとね。人と会話、コミュニケーションをとるっていうことが大事なんだよ。

中田 サッカーの世界でも言葉は大切だからね。

バティストゥータ そう。僕はイタリア語を習得するのに6ヶ月もかかったんだ。プレーするときは特にそうだよ。なにがいいのか、どこが悪いのか。しゃべれなかったらそこで黙ってるしかないからね。

中田 プレーがうまくても、しゃべれなかったらボールも蹴らしてもらえないよ。

バティストゥータ パスしてくれないよ。どうパスしたらいいかもわからないでしょ。チームメイトとの会話は重要だよ。

中田 そうなんだよ。僕もそうだったんだ。日本人だったていうのもあってか全然ボールを回してもらえなかったんだ。いくつかゴールをきめたころからようやくね。イタリア語をしゃべれないうちは大変だったよ。

バティストゥータ 大変だったよね。

中田 結局、世界が小さくなっていくなかで、重要になるのはどうやってコミュニケーションをとるか、その時にどんなにいろんなアプリがあったり、いろんな技術が発達しても、やっぱり直接自分たちの口で話をすることに勝るものはない。要は、より多くの言葉をしゃばれるようになると、やっぱり多くの人たちとコミュニケーションをとれるようになるということ。そういった意味で、もし若いころに戻れるのであれば、唯一やっておけばよかったなあって思うのは、言葉を覚える事。それはもちろん、今でも遅くないと思っているよ。

終わり
前編はこちら

Hidetoshi Nakata
元サッカー日本代表。引退後100以上の国や地域の旅を経験した後、2009年より日本国内47都道府県の旅を開始。これらの経験から日本の伝統文化、工芸等の新たな価値を見出し、その継承と発展を促すことを目的とした「Revalue NIPPON Project」や、お酒の素晴らしさや面白さ、魅力を多くの人々に知ってもらうことを目的に、'12年ロンドン五輪、'14年ブラジルW杯、'15年ミラノ万博と、日本文化や日本酒の魅力を世界で伝えるプロジェクトを実施。現在、国際サッカー連盟(FIFA)の諮問機関である国際サッカー評議会(IFABの諮問委員を務める。

Gabriel Batisututa
牧場経営者。元サッカーアルゼンチン代表。1990年代を代表するフォワードのひとりで、長くイタリア・セリエAで活躍。アルゼンチン代表にも選抜され、歴代2位の得点記録保持者である。2005年に引退後、牧場を経営しながら、新たな挑戦を続けている。


元サッカー日本代表の中田英寿氏と元サッカーアルゼンチン代表のガブリエル・バティストゥータ氏による対談のもようは下記サイトで公開中。

Text=鈴木 悟(ゲーテWEB編集部)


夢の対談・前編 ~’98年フランスW杯&引退後について