【連載】男の業の物語 第三回 『男の執念』


男も女も同じ人間だから愛する者への執着は同じことだろうが、しかし男の場合はやはり女とは違った形で現れるに違いない。それが募る度合いによっては愛する相手への理不尽なストーカー行為となったり、それが高じての相手の殺傷ともなりかねまい。

これから綴る挿話は男ならではの強い執念の表れた、それも私自身が見聞きし、また実際に関わり合った出来事だ。


その一つは、講演に出かけた長野の松本市で友人が関わりのあった病院の若い医師から聞いた話だ。彼は東京のある大病院からその病院の内科部長として栄転してきていたが、役職として市外の辺鄙な所にある老人専門の保養所をも担当していて、月に何度か出向いて収容されている高齢の患者たちの検診を受け持っていた。

その施設は松本市からかなり離れた高地にあり収容されている患者たちの多くの者は認知症の傾向があった。それなりに手のかかる患者ばかりだったが、中に一人特に厄介な患者がいたそうな。

実はその男は彼にとってそこでの初対面の患者で、彼が初めて施設を訪れた時はもうかなり夕刻で、あたりは冷え込んできていたのにその男だけが玄関脇の前庭に据えた椅子に座って凝然と北側の山並みを眺めていて、看護師にもう寒いから中へと促され、それでも拒みながら、いかにも不機嫌な様子で嫌々屋内に連れ込まれていた。

来る途中出会った樵(きこり)に尋ねて知らされたが、そのあたりからは北アルプスの常念岳や蝶ヶ岳、穂高の左には焼岳といった高い山並みがよく見えた。

看護師に聞いたところその老人は身元が知れず施設の中で一番手のかかる患者で、なんでも松本駅で行き暮れているのを保護されたそうで、どうやら東京から迷いこんで来たらしい。

さらに厄介なのは時々勝手に施設を出て行き、それも北の山に向かって走り出して行き、途中でへばって行き倒れになっているのを保護され施設に連れ戻されるそうな。途中擦れ違った村人の話だと老人とは思えぬ勢いで血相を変えて走り過ぎる様子は異常で山の神様に憑かれでもしたのかと思われ、そんな報せから施設では山神さんという渾名で呼ばれていたそうな。

その老人がある時風邪を引き肺炎を起こしてしまい、その医師が呼ばれて駆けつけたが、結局間に合わず老人は息をひきとった。そして施設の看護師の言うところ、苦しくなった息の中でしきりに何か同じことを口走り続けていたそうな。臨終間際に駆けつけたその医師もそれを聞いた。その言葉は「カンメイアリマスカ、カンメイアリマスカ、イイカ、モウヒキカエシテキャンプニモドレ。キカイハマダアル、キャンプニモドレ」。

そのカンメイという言葉の意味が全くわからぬまま施設の者たちはただ固唾を呑みながら見守っていたそうな。

それを聞いて件の医師はある事を思いついたそうな。

いつか東京の病院仲間に誘われ東京湾に釣りに行った時、二班に分かれていた釣り船間の連絡には、まだ携帯電話などなかった頃でトランシーバーなる機械が使われていて、相手の機械の感度を確かめるために「カンメイアリマスカ」という呼び掛けが使われていたのを彼は思い出した。

そして件の老人の最後のキャンプ云々の言葉からし、これはどこかの山での登山隊の間の会話に違いないと推測したそうな。そして件の老人の着残していたツイードのジャケットの内側のYKというイニシャルから身元がわかるのではないかと思い、老人の年頃から判じてかなり以前の山岳家ではないかと推測し日本山岳協会に問い合わせてみたら、数十年前にK2登頂のための初ルートを開く試みで出かけた日本チームの隊長だった人物で、その時の登頂隊のメンバーの一人が彼の弟だったが隊員三人とも遭難して帰ることがなかったそうな。隊長の彼もある日突然姿を消して行方知れずになったそうな。

その彼が保養所で死ぬ寸前夢うつつの中で呼び掛けていたのはK2で死んだ弟だったに違いないと。


もう一つの男としての執念の事例にはこの私自身が関わりがあった。私が日本外洋帆走協会NORCの会長をしていた時、恒例の初島レースに参加するために横浜のハーバーから回航してきた学習院のヨット部のヨットが悪天候の中で遭難した。船は大波にあおられて三崎の手前の暗礁に衝突し、乗っていた五人のクルー全員が死んだ。しかし艇長を務めていた男一人だけの遺体が見つからなかった。

不思議なことに結婚したての未亡人の話だと彼等が横浜を出て間もなくの時間に彼から留守宅に電話があり、夜遅く逗子の家には帰宅するが明日の昼スタートのレースには出るから風呂を沸かしておいてくれとのことだったそうな。

これも不思議な話で彼女が彼からの電話を受けた頃には船は回航の途中で、まだ携帯電話もなかった頃のことでありようのない話だった。

だから彼女は遺体の揚がらぬ夫の死を信じようとせずにクルーたちの合同葬儀に出ようとはしなかった。それを私が説得して責任ある艇長の未亡人としてなんとか出席させたものだった。

それからしばらくして幼い子供を抱えたままの彼女はようやく彼を諦め、再婚の決心をした。その相手は私の船のクルーをしていた男の友人で、そんな縁もあって私は彼女の再婚の式には出席したものだった。

その席で彼女は私にそっと彼等が遭難した暗礁の見える岬まで出かけて、亡くなった夫に再婚の報告を告げたと打ち明けてくれた。「風の強い潮騒の高いところですね」と言っていた。

さらにしばらくして同じ逗子の町に住む彼女と偶然町の中で再会した。その時彼女から再婚はやはり上手くいかずに相手とも別れることにしたと打ち明けられた。

さらにしばらくして彼女から東京に移った私の家に電話があり、今大きく育った娘が良い相手と結婚することになったので是非その席に出てほしいと頼まれた。

私も約束してその日横浜のホテルでの式に出向いていった。

式の始まるすぐ前に彼女が私を脇に呼んで潜めた声で打ち明けてくれた。

「昨夜、あの人からまた電話があったんですのよ」

「誰から」

「死んだ主人からです」

「そんなっ」

「間違いありません。夜中近くに電話が鳴って娘が取り次いでくれたの。でも相手の声はせずにただ風の音と潮騒だけが聞こえてきたの。あれは間違いなく彼が亡くなった海の見えるあの岬の風の音でした」

彼女は小さく強く頷いてみせた。

第四回に続く
第二回はこちら

【連載】男の業の物語 第四回 『片思い』

男の業の物語 第一回 『友よさらば』

【連載】男の業の物語 第二回 『死ぬ思い』


石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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