【知られざるヒーロー列伝】トラック運転手から一流プロセーラーへ。ヨット界の伝説、早福和彦①

日本のヨットレース界にこの男あり! 早福和彦、53歳。長きにわたり、選手・監督として日本ヨット界の中心に身を置き、今年から始まった世界最高峰の国別対抗戦「Sail(セール)GP」では日本チームのCOO(最高執行責任者)を務める。日本ヨット界を語る上で欠かすことのできない人物であり、世界各国の一流選手や首脳陣から「FUKU」と親しまれるパイオニア的存在。ここに示すのは、そんな知られざるヒーローの物語。


"海のF1"「セールGP」ジャパンチームCOOとして

まずは、私がジャパンチームのCOOを務めるヨット「セールGP」のご報告からさせてください。今年初開催となったセールGPとは、オラクルの創業者で世界有数の富豪であるラリー・エリソンと、オリンピックでメダルを獲得している伝説のセーラーであるラッセル・クーツという2人により設立された世界最高峰の国別対抗戦のこと。彼ら2人と昔から親交があった私にも「ジャパンチームを設立してくれ」と連絡が入り、二つ返事でヨット界の発展のために全面的に協力することを約束しました。

世界最速(時速約100km)かつ世界最大(全長50 フィート=約15m)の「F50」という最新鋭のレース艇で争い、優勝賞金はなんと約1億円。とても、夢がありますよね。ヨットにはアメリカズカップという、世界最古のトロフィーレースとされる伝統的な大会がありますが、モーターレースでいうところのF1のような1年を通して世界を転戦するツアーはこれまでなかった。DAZNなどの映像メディアや、ロレックスやランドローバーといった世界一流のスポンサーにご協力をいただき、エンターテインメント性も追求している。今年は6チームが5つの国を巡りましたが、将来的には10ヵ国参加10大会開催を目指しており、"見せるスポーツ"として、セールGPはこれからますます発展していくと思います。

そんな画期的な大会で惜しくも優勝は果たせなかったですが、世界から見てまだまだヨット後進国とされる日本が準優勝。とても大きな第一歩を踏むことができたと感じています。

20歳。NHKドキュメンタリーでヨット大会を見て即応募

私はこれまで約40年間、ヨットレースに携わって、その虜となってきましたが、意外にも出合いは遅かったのです。新潟県出身なので、子供のころから海には親しみを持っていましたが、元々はバスケットボール選手としてインターハイにも出場しており、セーリングを始めたのは20歳頃です。

高校卒業後、東京の兄のところに転がりこんで1年間くらいトラックの運転手をしていた時に、たまたまNHKのドキュメンタリーでアメリカズカップの特集を見たんです。圧倒されました。大波に突き刺さるように船が疾走する。海をフィールドにしたこんなにかっこいいスポーツがあるのか、と。その数ヵ月後、日本からアメリカズカップの挑戦に名乗りを上げていた「ベンガルベイチャレンジ」がクルーを募集していたのを見て、すぐに応募しました。叔父がレスリングの選手で、大学の監督なども務めたりしており、スポーツだけで生活している人への憧れもありました。

チームには入れてもらいましたが、いかんせん初心者の私は力になることができませんでした。でも、そこで役立ったのがトラックの運転手をしていた経験でした。ヨットのチームというのは大会に移動するのに、その都度大きな荷物を運ばなければならない。大型免許を持っていた私は、まさに日本チームの運転手として大活躍することになったのです(笑)。まさか、こんなところであの経験が役立つことになるとは。人生何があるか分かりません。

バスケットボールで強い体幹が備わっていた影響もあって、徐々にヨットの大会でもチームに貢献できるようになってきました。

②に続く

Kazuhiko Sofuku
1965年新潟県生まれ。高校時代はバスケットボールのインターハイ選手だったが、'87年、日本から初めてアメリカズカップへの挑戦を表明した「ベンガルベイチャレンジ」に参加。その後、「ニッポンチャレンジ」へ移籍。'95年、2000年のアメリカズカップの予選でベスト4に。'03年は米国「ワンワールドチャレンジ」、'07年は米国「BMWオラクルレーシング」に所属。スペインでフリーのプロセーラーとして活躍した後、'15年からは「ソフトバンクチームジャパン」の総監督兼選手してアメリカズカップ予選に出場。現在はSail GPジャパンチームの最高執行責任者(COO)。'87年までセーリング経験はなかったが、バスケットで培った運動能力で日本のトップセーラーとなり、国内ヨット界を牽引している。


Composition=鈴木 悟(ゲーテWEB編集部)