世の中にないものを創る! 衣類折り畳みロボット「ランドロイド」を開発した阪根信一の信念

2018年9月6日。一通のプレスリリースが配信された。セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(以下セブン・ ドリーマーズ)が、パナソニック、大和ハウス工業から、第三者割当増資によって10億円の資金調達を完了したというものだった。セブン・ドリーマーズは、世界でも初めてとなる全自動衣類折り畳みロボット「ランドロイド」を、来年3月末までに発売するという今注目を集めるベンチャー企業だ。そこに日本を代表する家電メーカーと住宅メーカーが出資を実行したというのだからマーケットに対するインパクトは大きい。その企業を率いるのが阪根信一氏だ。阪根氏に今までとこれからを聞いた。


挫折から一転ビジネスの世界へ

セブン・ドリーマーズは、自らを「世の中にないモノを創り出す技術者集団」と表現するように、イノベーティブな製品で世の中に驚きをもたらすことを目指している。現在展開しているのは、独自の3D測定システムによる完全オーダーメイドの「カーボンゴルフシャフト」、鼻にチューブを挿入して睡眠中の気道を確保する医療デバイス「ナステント」。そして今回、第3の商品として「ランドロイド」をリリースする。

「いずれの商品にも貫かれているのは、『シーズ(技術)よりニーズ(需要)』です。つまり『自前の技術をどう売るか』のではなく、あくまで『そこにあるニーズに革新的な技術で応える』ことです」と阪根氏は語る。プロダクトアウトではなくマーケットインとも言える考え方である。

「課題を解決できるなら技術はなんでもいいんです」と阪根氏。たしかに現在展開する3製品に共通する技術は見当たらない。ほとんどの製造業が自社の技術や設備で勝負するのとは、根本的に異なるのだ。

下に衣類を入れれば折り畳み、仕分けてくれる「ランドロイド」

では「ランドロイド」のニーズは何か。それは、13年ほど前の妻の一言から始まる。当時二人の子どもを抱え、家事に明け暮れる様子を見た阪根氏が、ふと「今一番欲しいものは何? 」と問うと、「洗濯物を畳んでくれるものがあったら」と妻は答えた。家族が多ければ、それだけ洗濯物も多くなる。洗濯と乾燥はすでに自動化されているが、仕分けて畳み、クローゼットに収納するのは手作業だ。日々それを繰り返す者にとって、この作業から解放されるとなれば興味がない者はいないだろう。阪根氏は妻の言葉にひらめきを得てリサーチを重ねた。そしてそれが、世界に類を見ないチャレンジであることを確信し、開発を決意する。

家具のようにインテリアに溶け込むスタイリッシュな見た目。カラーもシンプルだ。

阪根氏は米国のデラウェア大学大学院で化学を学び、理学博士の学位を持つ。将来は教授になって研究者の道へ進むつもりでいた。在学中、研究は順調に進み、3年ほどで世界的にもレベルの高い学会で研究発表できるまでになった。しかし手応えは一瞬にして挫折に変わる。

「学会で出合った同世代の天才科学者たちは、競い合っても到底勝ち目がないほどの圧倒的な頭脳を持っていました。その差に驚愕しました」

しかし、阪根氏は、逆に勝てる部分も見つけたという。

「欧米のケタ違いの科学者たちは、専門分野に特化したオタク気質の持ち主で、コミュニケーション能力は高くありません。それに比べて自分は、かなり幅広い経験を積んできた自負がありました。『テクノロジー×自分』で何か面白いことができる。それはビジネスかもしれない」

当時そういう思いが芽生えたという。そこで進路を変更し、最初にしたことは、松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫など、日本が誇る経営者たちの軌跡をたどることだった。本を読み漁り、その活躍に興奮し、感銘を受けた。自分が中学のころ、ソニーのウオークマンがヒットしたことを思い出した。島国の一企業が世界に飛び出し、これまでにない製品で世界中を驚かせた。大ヒットを記録し、アメリカでもヨーロッパでも、ウオークマンを持つことがクールだと言われた。

先輩達のように日本が生んだ技術、イノベーションで世界を席巻するような、研究開発型のBtoC向け製造業をやりたい。の頭の中で、徐々にイメージが固まっていった。

デラウェアの大学院時代

大学院卒業後、一度はアメリカでの就職を考えたが、規模の大きな会社では経営を学ぶまでに時間がかかる。そこで日本に戻り、父・勇氏が創業した会社に入れてくれと頭を下げた。父親の会社はポリイミド樹脂を軸とした高機能高分子材料など高付加価値の材料やパーツをBtoB向けに研究開発、製造する事業を展開しており、阪根氏が目指す技術研究開発型の製造業という点では一致していた。父親は、それまで継がないと言っていた息子の翻意をいぶかしがりながらも、喜んで迎え入れてくれた。

2000年に入社。最初に手掛けた新規事業がうまくいき、3年でCEOを任された。好景気の追い風もあり、入社当時40億円だった売り上げは、CEOになった時には60億円に、そしてリーマンショック直前にはM&Aで買った会社の売り上げも含めて140億円ほどになった。そして思った「ビジネスって意外と簡単だな」と。

しかし、それは大きな勘違いだった。

製品を絵にして示し未知の技術に挑む

ランドロイドの開発は、父親が創業した会社でCEOをしていた'05年に始めた。技術者たちに話すと「訳の分からないことを言っている」と冷たい反応だった。だが想像できないから挑戦できないのだと考え、自分の頭の中にあるイメージをスケッチで示した。どれくらいの大きさなのか、どういった要素技術によって成り立っているのか、どのように使うのかなどを説明し、「これをつくりたい。5年頑張れば絶対できる」と熱く語った。技術者は不承不承ながら、開発がスタートする。

開発を始めてから3年目、Tシャツやパンツをセットして衣類の種類を指定すると、パタパタと折り畳む機械ができた。技術者と「これで発売しようか」という話になったが、「技術でぶっちぎれ。生半可な技術ではすぐにキャッチアップされる」という父親の言葉が頭をよぎった。会社勤めを辞めて40歳で起業した技術者の父親から、ずっとそう聞かされていた。「ランダムな衣類をドンと投入すれば、あとは完全に自動で畳んで仕分けてくれる機械があったら」というニーズに応えなければだめだ。こんな半端なものは売れない、ともう一度原点を見直した。

さらに阪根氏にはビジョンがあるという。

「ランドロイドが完成したら、次は洗濯乾燥機と一体型の『ランドロイド・オールインワン』を。また、新築・改築の時に家の中にシステムを埋め込む『ランドロイド・ホームビルトイン』を完成させたいと考えています」

ビルトインは、壁のスロットに汚れた衣類を投入すれば、洗濯・乾燥・仕分け・折り畳みまで自動で行い、クローゼットまで運んでくれる。そのためには、洗濯乾燥技術を持っている家電メーカー、家の構造体を自在に操ることができるハウスメーカーと組む必要がある。そのためにも核となるランドロイドを中途半端な技術で終わらせる訳にはいかなかった。

プロトタイプ完成。そして大きな賭け

しかし、約束の5年が経っても開発のめどはつかなかった。「衣類という柔らかい物をロボットアームで掴み、AIが認識して畳む」というのは想像以上に困難なテーマだ。そのプロセスができず、開発は完全に迷走した。こんなことに自分の貴重な技術者人生を費やしている場合ではないと、技術者も次々に辞めていったが、残ったメンバーには「必ずできる。諦めるな」と言い続けた。

残った技術者によって今まで不可能だと思われていた衣類の山からランダムに衣類を展開して畳むという道筋が見えた。今まで積み上げてきた技術や考えは一度白紙に戻し、一からやり直す必要があった。そしてようやく光が見えてきたのは’13年末。’14年のゴールデンウイークにはプロトタイプまでこぎつけた。

この間に阪根氏は、経営を学ぶために籍を置いていた父親の会社を離れ、’11年2月にセブン・ドリーマーズを立ち上げる。「独立して起業したい」。そう告げられた父親のショックは大きかった。このまま自分の会社を継いでくれると思っていたからだ。説得には4、5ヵ月かかったが、「それなりの規模の会社からスタートアップ企業になるんだから苦労があるぞ。だが、金に困っても頼ってくるな」と独立を許した。

開発にめどがつけば、量産し、認知を広げ、販売する段階となる。それには資金がいる。阪根氏は、’14年1月からシリーズA(製品・サービスが世に出るまでの段階)の資金調達に奔走していた。プロトタイプ完成直前で、「ランドロイドがなければ出資したい」「なんでそんなことをやっているんだ。やめられないのか」と辛辣な言葉を浴びせられた。だが、プロトタイプが出来上がると状況は一変した。証券会社やVCから「これはすごいね」と高評価を得て資金が集まりだした。結果、シリーズAでは1年で15億円の出資を受けた。

初出展で一等地の巨大なブースにプロトタイプを設置。

ここで阪根氏は、前代未聞の手に打って出る。’15年10月。大きな注目を集める電気製品の展示会CEATEC JAPAN (シーテック ジャパン)に出展、初出展の無名ベンチャーが、ど真ん中の一等地に巨大なブースを構えたのだ。左は富士通、右が三菱電機のブースだった。集めた15億円のうちの数千万円を費やした。出資者からは、「発売までまだ数年はかかる製品を、数千万円もかけて発表するなんて。一体何を考えてるんだ!」と言われた。

しかし、阪根氏には算段があった。それは「相当な賭けだが、ここで話題をつくって次のステップに必要な資金調達につなげ、販売に向けた準備を進めなければ大きな成長はない」というもの。この頃、人気の情報番組「ワールドビジネスサテライト」が阪根氏を2ヵ月かけて追い掛けていた。そしてCEATEC JAPAN 開幕前夜、それが特集として放映されたのだ。翌日メディアが会場に殺到。その席で、今後パナソニック、大和ハウス工業と共同で進めていくということも発表した。それが冒頭の資金調達につながる。これによって、「ランドロイド・オールインワン」「ランドロイド・ホームビルトイン」も視野に入ってきた。

電気製品の16年に展示会CEATEC JAPANに2度目の出展を果たす。前回よりも多くの取材陣が押し寄せた。

ふたを開けてみれば、4日間の開催期間で1万5000人ほどの人を集める盛況ぶりだった。日本だけでなく、世界中にニュースが駆け巡った。華々しいランドロイドのデビューとなった。

阪根氏は、必ずできるという信念をもち、技術者にもできると声をかけ、まだこの世にない製品を実現させた。不可能だと言われたこともある未知の製品開発を成し遂げた背景には、3人の恩師がいるという。

「先輩と教授、そして父親です。18歳の頃、3歳年上の先輩に人生はゴールや目標から決めろと毎日のように言われ、いつしかつくりたいもの、したいことに向かって進むようになっていました。その後米国で教授にゴールまでの道筋や人がまだなし得ていないことを達成するとは、どういうことか、5年間でプロセスを教えてもらいました。そして父親に人と違うこと、人がしないことは何か、マネされない技術は何かなどゴールの設定の仕方を教えてもらいました。彼らの元で得てきたものが今の私の根幹にあるのだと思います」

ランドロイドのストーリーはまさにこれからが本番だが、阪根氏は最初から決めていることがある。

「30年間でビジネスから引退し、その後は社会貢献活動に身を投じたいと考えています」

29歳で父親の会社に入った時からすでに18年経っている。残りはあと12年。その中でランドロイドをどこまで磨き上げることができるか、どれだけ世界を魅了することができるか、そして次に何を生み出すのか。

ランドロイドに続く4つ目、5つ目の構想はすでにあるそうだ。「詳しくは話せませんが、4つ目のアイデアは特許申請の段階まで達しています」。今度は、どのように世界を驚かせるのだろうか。今後も動向から目が離せない。


Sinichi Sakane
1971年兵庫県芦屋市生まれ。米デラウェア大学大学院化学・生物化学科博士課程修了。2000年、父・勇氏の経営するI.S.Tに入社、取締役に就任。03年同社CEO、08年代表取締役社長に。10年同社退社。2011年 Seven Dreamers Laboratories, Inc.を米国で創業、14年には日本法人を設立。16年、パナソニック、大和ハウス工業から出資を受け、セブン・ドリーマーズ・ランドロイド設立。
seven dreamers laboratories 
代表者:阪根信一
本社所在地:東京都港区三田1-4-28
設立:2014年7月18日
資本金:87億円(資本準備金含む)
従業員:104人
事業内容:「カーボンゴルフシャフト」、「ナステント」、「ランドロイド」
https://sevendreamers.com/

Text=田口雅典(MGT)  Photograph=松川智一