タテvsヨコ 対極を愉しむ 出井伸之vol 12


日本のタテ社会は変質してきたのか

フランスに駐在していた頃、読んで思わず膝を打った本がある。後に100万部を超えるベストセラーとなる中根千枝『タテ社会の人間関係』(1967年刊)だ。日本から離れていると、日本社会が内包しているさまざまな仕組みや日本企業の異質さが見えてくる。それが何か、的確に捉えていた本だった。終身雇用、企業別労働組合、年功序列はその表れだが、日本はタテの強みを活かした産業の垂直統合でものづくりを極め、やがて世界を席巻することになる。
 その雲行きが怪しくなっているのが今、というわけだが、それを証明するかのような本に出会った。鈴木貴博『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』(2011年刊)だ。時代を象徴するふたつのマンガをテーマに、日本のタテ社会がヨコ社会に変質しようとしていることが描かれている。我々の世代はもちろん、ガンダム世代にも『ワンピース』はまったく理解の範疇を超えたマンガらしい。日本も若者たちはすっかりヨコ化してきた、ということか。


 思えば、そこかしこに変化の萌芽はあった。通信手段は、タテの電話からヨコのインターネットに変わった。昨今、産業界を席巻しているのは、垂直統合ではなく、そのヨコ串をグローバルに展開する企業。世界の生産機能を巨大なスケールで担う台湾のEMSはその象徴だ。関係者でなければ社名も知らない、ブランドにもこだわらない企業だが、今や市場で圧倒的な存在感を誇り、収益力も群を抜く。成長著しい韓国企業も、ヨコ志向が強い。「日本の企業もタテからヨコへ向かうべきではないか」、という声が出始めている。だが、僕はそんな単純な話ではないと思っている。

日本は世界のヨコ化を無視してしまえ

日本のグローバル化は大きく4つに分かれる。欧米文化が入ってきた明治期、日本が帝国主義に加わる昭和初期、戦後の復興期、そしてインターネット革命以降の現代だ。そのいずれもが、日本にタテ社会との決別を迫るものだったのではないか。だが過去3回、それは見事な“すり替え”でかわされた。
 明治期、猛烈な勢いで入ってきたヨコの象徴はキリスト教だった。ところが宗教までもが宗派に分かれ、住職、寺院と檀家でタテ社会を構成するのが日本。キリスト教ですら、日本流に変質させてしまう。『代表的日本人』(原著は1894年刊)を著した内村鑑三は、日本にヨコ文化を持ち込む難しさについて早くもこの時に語っている。

「ジョンロブの靴は僕の足に合わない」という印象だったが、このスエードのスリッポン「RIVIERA」には驚かされた。履いた直後からフィットし、あっという間に僕の最近のお気に入りに。4色展開されているそうである。¥105,000


 それでも日本でのヨコの拡大を目指す欧米に対し、新渡戸稲造が英語で書いた『武士道』(1900年刊)の日本独自の世界観で、強烈なカウンターパンチをくらわし、すっかり世界を煙に巻いてしまったのだ。そして戦後は、復興という名の下に、藩に仕える武士文化が、企業という存在にとって代わった。
 数回の“ヨコ揺れ”にタテは動じない。要するに、そもそもこの国にヨコ文化は向いていないのである。僕自身にも経験がある。ソニーを率いていた時代、デバイス事業が急成長を遂げていた。となれば当然、優秀な人材を投入する。ところが、送り込まれた社員の喜びは薄かった。デバイスは典型的なヨコのビジネス。ゼロから最終製品までを作るタテのビジネスに慣れた社員には、ヨコのビジネスに誇りを持ちづらかったのではないか。高い利益率を誇り、潜在成長率は極めて高いのに、である。
 世界のサプライチェーンに日本のヨコ企業が食い込んでいたことを知らしめたのは、大震災だった。だが、欧米の友人たちは疑問の声をあげた。「なのに、どうしてあんなに収益率が低いのか」。僕は思った。ヨコビジネスも、日本人には向いていないのではないか、と。
 今の若い人はヨコ文化になったというが、さてこれからもヨコ文化を貫けるか。むしろタテ社会の心地よさに、いずれ気付いてしまうと僕は思う。事実、彼らの超安定志向は毎年のように報じられている。
 僕の提言は、この際、ヨコは無視してしまえ、である。究極のタテのビジネスを目指すのだ。ただ、そのためには、未来の技術開発に巨費を投じ、日本タテ企業の価値を創る国家のビジョンが重要である。他の国で作れるものを作っても意味がない。他国では絶対に作れそうにないもの。それで究極のタテのビジネスを展開する。それが日本の生きる道だ。今、改めてそう感じている。


Text=上阪 徹 Photograph=OGATA
*本記事の内容は11年7月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい