自律神経の名医が説く! 緊急事態でも平常心を保つ方法とは?

新型コロナウイルス感染が世界的に拡大するなか、今なお続く、さまざまな不安と混乱――。だが、こんな有事の時だからこそ、平常心を保つことこそが、今をベストにし、明日を切り拓く一番の鍵になる!雑誌「ゲーテ」では、ちょうど9年前の東日本大震災発生後に、自律神経の名医、小林弘幸・順天堂大学教授にインタビューしていた。今でこそ読むべき、「最先端の医学に基づいた、ピンチをチャンスに変え、150%のパフォーマンスを引き出すための平常心の保ち方、その極意」を再録。

平常心を保つ鍵は自律神経にある

いかなる時でも平常心を保つ。自らの最高の能力=パフォーマンスを引き出す。そのためにはまず、自律神経の仕組みを知ること。今回の震災直後、多くの人がパニックとなり、大混乱をきたした医療現場の地獄のような忙しさのなかで、まさに平常心でタフに働き続けた小林教授は、確信を持ってそう語る。

「最近よく、“メンタルトレーニング”とか“脳トレ”という言葉を耳にしますが、僕からすると、それはかなり非医学的なんです(笑)。いくら脳を鍛えても、結局、手足を動かすのは末梢神経。そのキーになるのが自律神経です。外科手術の時、医師は細心の注意をもってメスを動かす。それはもちろん脳が指令を出すんだけれども、脳と手の連携をコントロールするのは自律神経。だから、自律神経を上手くコントロールできなければ人間は絶対に能力を出せない。ましてや自分の最高のパフォーマンスを引き出すことなどは、できないんです。それは、これまで数々の手術や医療現場で僕が身をもって体験したことでもあるんですね」

しかし、自律神経をコントロールするとは、具体的にはどのようなことなのだろうか?

「ひと言でいえば、“交感神経と副交感神経のバランスを整える”ということです。上の表にもあるように、自律神経には大きく分けて交感神経と副交感神経があります。車にたとえれば、交感神経はアクセル的な働きを、副交感神経はブレーキ的な働きを担っている。そしてこのふたつのバランスが一致している状態が、すなわち“平常心を保った状態”です。さらに、この時、身体にどんな変化が起きているかというと、末梢まで血流がいく=細胞の隅々まで血液が流れ、酸素が行き届く。でも自律神経のバランスが乱れると、身体のなかではまったく逆の変化が起きる。多くは、副交感神経の働きが下がり、交感神経の働きが上昇し、血管が収縮して酸素が各細胞に流れない状態になる。そして周りのものが見えなくなってしまう─。震災後、多くの人が平時では考えられない無駄な買い占めに走ったのも、僕から見れば、強い不安により交感神経の働きが上がり、副交感神経の働きが下がったため、自律神経のバランスが乱れたことで起こった現象です。もし多くの人が自律神経のメカニズムを知っていたら、もう少し違った動きができたと思う。だからこそ自律神経を上手くコントロールする=平常心を保つ術を知ることは、今こそ本当に重要なことだと思います」

自律神経の達人が知る究極の"平常心"

さらに小林教授は、自律神経のバランスを本当に高いレベルで整えられるようになれば、平常心を保つだけでなく、自らの150%のパフォーマンスを引き出すことも可能なのだという。

「例えば二輪の日本チャンピオンをはじめ、トップアスリートといわれる人たちの自律神経の数値を測ると、交感神経と副交感神経が非常に高いところで、しかも1対1〜1.5対1という究極のバランスで一致しています。そして、この状態になるとどういうことが起きるかというと、例えば二輪のライダーたちだと、時速300㎞でコーナーを回っている時も、すべてが止まって見えている。それは、野球の大打者が絶好調の時、“ボールが止まって見える”と言ったりする状態とも同じです。また、これに近い状態は、いい外科医も日常的に体験しています。外科医の間では、手術に本当に集中している状態を“ゾーン”と呼んでいるのですが、ゾーンに入ると、時間がゆっくりと進む独特の感覚のなかで、自分の動きも人の動きもすべてのことが詳細に見え、なおかつ頭で描いたことが無意識のうちにすべて、流れるようにできるんですね」

トップアスリートや一流の外科医など、心身ともに極限の状態で鍛えた、“平常心の達人”ならではの驚くべき境地。だが、一般の人間でも、そこに近づくことは可能だと小林教授は明言する。しかもその基本の方法は、誰もが今すぐにできるほど易しいのである。

「よく“自律神経を上手に整えるにはどうすればいいですか?”と聞かれるのですが、僕がまずお薦めするのは、“立ち止まる”ということなんです。人間は動いている時にはなかなか自分のコントロールができない。バタバタ焦ったまま動き出すと、ずっとその悪い流れを断ち切れない。だから、焦った時ほど1回立ち止まり、そしてなるべくゆっくり動き出す。そうすれば自然に呼吸が安定し、副交感神経の働きが上がって末梢に血液が流れ、自分を全部コントロールできるようになるからです。しかも、昔から“泰然自若”というように、動作がゆっくりしている人を見ると周りにいる人も安心する。それも副交感神経が上がるからです。だから最近なら、枝野官房長官の話し方もかなりゆっくりですよね(笑)? というふうに、ゆっくり動けばすべてはいい方向に行く。だから、“急いては事を仕損じる”という諺は、自律神経的な見地からすると、素晴らしい真理なんですね」

また、一流スポーツ選手の言葉に積極的に耳を傾けることも、自律神経を整え、平常心を保つ極意を学ぶためには、非常に有効だと小林教授は言う。

「例えばプロゴルファーの青木功氏やイチロー選手など、世界に通じる一流スポーツ選手というのは、自分のパフォーマンスを最大限に引き出すために、いろいろ考えて努力をしています。だから、一流スポーツ選手の言葉は、僕から見れば、その効果をすべて医学的に証明できるし、さらには自律神経を整えるための極意が詰まった宝庫です。例えば落合博満氏(現中日監督)の“精神的なスランプからはなかなか抜け出すことができない。根本的な原因は食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうからだ”というのも、まさに真理をついた名言です。なぜなら、このあとのページで『平常心を保つ14個のメソッド』として詳しくご紹介しているように、自律神経を制する秘訣はすべて、日常の生活のなかで手軽にできることばかりだからなんですね」

本番に弱いことも確実に変えられる

さらに、それらを実践すれば、これまで心が強いだとか弱いだとか、メンタルな部分でのみ捉えられていた、「本番に弱い」や「あがり性」というものまで確実に変えられると、小林教授は語る。

「“本番に弱い”とか“あがり性”というのも、つまりは平常心を失った状態ですよね? だからこれも、精神論ではなく、自律神経をコントロールする方法、すなわち医学的なアプローチで確実に変えられます。例えば、自分はあがり性だと思っている人が、ここ一番の仕事や勝負の時に、落ち着くためには深呼吸がいいからと、“落ち着け、落ち着け”と念じながら深呼吸をして、逆に硬くなってしまって失敗することが、よくありますよね? でも、それは心が弱いというよりは、自律神経の問題なんです。つまり、“緊張しているから深呼吸をする”という意識が働いていると、もうダメなんですね。深呼吸をしようという意識が出た瞬間に呼吸が浅くなり、副交感神経の働きが下がってしまう。だからそんな時、僕ならば、“水をひと口飲んでください”とか、“ゆっくり上を向いてください”というようなアドバイスをします。なぜなら、上を向くと気道が開き、無意識のうちに呼吸が安定して、交感神経が下がる。また、水を飲むと胃腸が動き、これも副交感神経の働きを上げてくれるからです」

水をひと口飲む、ゆっくり上を向く。どちらも小さなコツだが、それを知ることは非常に大きい。なぜならこれは、先程の外科医の“ゾーン”のような、集中しつつも身体の余計な力は抜け、なおかつ広い視野を保つ“本当の集中力”を身につける鍵でもあるからだ。だが、小林教授はもう一つ、自律神経をコントロールする=平常心を保つ最強の方法があるという。

「人は主に、①自信がない時②予期せぬことが起こった時③環境が悪い時④体調が悪い時に平常心を失ったり、ミスをします。それは、その時に“不安”という2文字が浮かぶからです。けれど今、福島原発の復旧現場で働く作業員の人たちのように、本当の勇気を持って“命を賭ける覚悟”をした人には、それがない。これこそ、“究極の平常心”です。だから僕は、今、彼らは最高の自律神経のバランスを持って闘っていると思うし、最高の仕事をしてくれると信じています。彼らは本当に、今、最高の英雄です」

そして今、“勇気を持つこと”こそが自律神経を安定させる最高の方法ではないかと小林教授は提言する。また、それを科学的に証明することが今後の自分に課せられた仕事であるとも。

「“勇気を持つ”ということはちょっと医学的ではないと感じるかもしれませんが、僕は本当にそう痛感しています。今回のような規模の大震災になると、人間、平常心を保つことはなかなか難しい。その時何より大事なのは、勇気を持って前を見ること。だから、僕はひとりの医者として今後も、“人はいかに平常心でいられるか”について研究を続け、さらには勇気を持って前を見ることこそが、最高に自律神経の安定を図れることを、ぜひ科学的に証明したいんです」

また、日本のアスリートの能力を150%引き出すことにも引き続き尽力したいという。

「例えばゴルファーなら、成績が落ちるたびにスイングを変える。なぜ成績が落ちたのかという原因を技術や体力に求めるからです。もちろんそういうこともあるけれど、多くの場合はそうではない。前にも述べたように、男性は30代から副交感神経の働きが下がる、そこに気がつかないからダメなんですね。逆にいえば、副交感神経を上げることができれば、成績も上がります。例えば昨年(2013年)、キヤノンオープンで石川遼選手と競り勝って、13年ぶりに劇的な復活優勝を果たした横田真一プロも、そうです。彼の勝利はまさに、自律神経のバランスを制した勝利だと思います」

Hiroyuki Kobayashi
順天堂大学医学部総合診療科・病院管理学教授。ロンドン大学附属英国王立病院、アイルランド・トリニティ大学附属病院、順天堂大学医学部小児外科助教授を経て、現職。専攻は、外科学、スポーツ医学、リスク管理学など。また、多くのトップアスリートに「150%のパフォーマンス」を引き出すための助言も多数行っている。

※雑誌「ゲーテ」(2011年6月号)より転載
(文中の肩書や名称は取材当時のまま掲載しています。)