【起業家インタビュー】受付嬢からスタートアップ。ディライテッド橋本真里子

世に「起業家」と呼ばれる人がいる。 これまでになかった組織と事業をみずから興すのは、 小舟で荒れる大海に漕ぎだすようなもの。 首尾よくスタートを切った起業家は、どんな想いを胸に秘め、何を考え、どのように行動したのか。 iPad無人受付システム「RECEPTIONIST」を開発、提供するディライテッドの創業者、橋本真里子さんが為したこととは? 

世の流れから取り残された受付業務

私は23歳から34歳まで、計5つの企業で受付の仕事を続けてきました。

10年以上のキャリアになりますが、その間、受付業務の方法・内容というのはほぼ変わっていません。

みなさんご経験がおありのように、手書きで受付票を書いていただいたり、名刺を2枚いただいたり。アナログなやりとりがまかり通っているんですね。これだけ世の中が激しく動いているのに、受付の仕事は流れから取り残されています。

これではいけない。受付の仕事に長く従事してきた自分が、新しいサービスを立ち上げなければ。そんな使命感を勝手に抱いて、起業を決心しました。

そうして立ち上げたのがディライテッド。リリースしたプロダクトは、iPad無人受付システム「RECEPTIONIST」です。

企業の来客取次を無人で完結させるシステムで、受付に置かれたタブレットに来訪したお客様が担当者の名前か受付コードを入力すれば、本人のPC・スマートフォンにビジネスチャットツールで伝達がいくサービスです。

iPadを置いておくような無人受付システムはこれまでにもありましたが、「RECEPTIONIST」の画期的な点は内線電話を使わないところ。これにより素早くダイレクトに、かつ確実に来客取次業務が進められます。

従来は受付から各部署へ内線電話で連絡を入れ、部署で電話を受けた人が本人を呼んだり探したりするので、どうしても時間がかかってしまいます。

「RECEPTIONIST」ならお客様の来訪を本人に直接伝えられるので、取り次ぎ時間の短縮はもちろん、部署内で内線電話を受ける人の労力を取り除いて本来の仕事に集中できるようになります。

さらには、来客の記録がすべてデータとして蓄積されていくことには大きなメリットがあります。1日にどれほどのお客様が来訪するか。誰のところへ、どのような用向きでいらっしゃったのか。時間帯や時期による変化。そうしたデータは会社の経営状態を判断する指標となり、会議室や打ち合わせスペースの適切な数を推し量るなど、企業運営上の参照資料ともなります。

受付が変わるだけで企業の組織効率は上がり、経営面にもプラスがあるのです。

じつはサービスを立ち上げてから、誤解を受けることがしばしばあります。いわく「これはあなたが携わってきた受付という仕事を滅ぼし、なくしてしまうためのサービスなのでは?」と。

まったくそうではありません。受付という仕事の守備範囲は、見えないところも含めて非常に多岐にわたっています。お客様のご誘導・ご案内にはじまり、お出しする飲み物などの管理や準備、会議室など社内スペースの調整、企業の顔であるエントランス一帯を美しく保つことなどなど。私たちが提案しているのは、そのうちのひとつである取り次ぎ業務を、システムに任せましょうというだけのこと。

取り次ぎ業務自体は、うまくシステム化できれば人が直接手がけなくても回していけます。そこを手離すことができれば受付の人は、「人にしかできない」領域の仕事に注力していけます。私たちは受付という職をなくそうとしているのではない。むしろ逆です。彼女たちの仕事をもっと輝かせることができるよう、「RECEPTIONIST」を活用してもらえたらと考えているのです。

軽く見られがちな「受付」の現状

「RECEPTIONIST」のサービスは、ありそうでなかったもの。世の中のIT化がこれだけ進んでいるというのに、受付の仕事が時代の波からポツリと取り残されていたのは、受付業務に対して「課題は何か」と真剣な目でチェックする人がほとんどいないからです。

ほとんどの方は、受付を企業組織の末端にあるものと位置づけているのではないでしょうか。企業の「顔」と言われ、ファースト・インプレッションを決める重要な場であるはずなのに、です。お客様から見ると距離は近いのですが、経営層からするとずいぶん距離があって、あまり考えが及ばない存在なのでしょう。

ひとりの人が受付業務に携わる期間は、ひとりにつき、せいぜい数年。なぜかそういう慣例になっている企業が多く、この業種には豊富な知見を持つスペシャリストがいません。これも改善が行われづらい要因です。

その点、私はいくつもの企業で11年にわたって受付の仕事をしてきました。各職場でいろいろな経験をして、たくさんのことを学ばせていただきました。これはかなり珍しいキャリアです。

受付のことは熟知している自負がありますし、お客様、受付スタッフ、企業にとって何が必要か、現状で何が足りていないかの気づきはたくさん得ています。そんな私だからこそ、生み出すことのできるプロダクトとサービスがあるはず。そう信じて仕事に取り組んでいます。

私にはもともと、起業の意思などまったくありませんでした。

大学を卒業後、受付の仕事に就いて、数限りないお客様と接することができました。受付業務に携わったのは全部で5社ありますが、それぞれカラーが違い、求められるものも異なりました。5社目に受付を担当したのはGMOインターネットで、入るときに「受付の現場はここが最後だ」と心に決めていました。

それぞれの受付の現場をよくしていくことは自分なりにしてきたつもりなので、次のキャリアを考えるときだと感じていたのです。

日々受付の業務をして改善を図りつつ、新しい道を探りました。GMOに残って他部署の仕事にチャレンジするというのも考えましたし、受付での経験を生かしてよりよい受付業務を広めるコンサルティング業をする、または秘書など別の職に就いてみる……。

でもやっぱり、自分が11年間で身につけたスキルをフルに活用し、少しでも多くの人に役立ててもらう道を進むのがいいんじゃないか。受付をもっと効率化するための課題が、私には見えている。それを解決するプロダクトを生み出したら、たくさんの企業に広めていけると考えました。

そういうサービスをすでに手がけている企業があれば、そこに入ればよかったのかもしれませんが、見渡すかぎりそれはなかった。ないものは、つくるしかありませんよね。それで起業という選択肢が前面化してきました。

受付の仕事は継続しつつ、同時に事業立ち上げの準備を進める日々がしばらく続きました。仲間を募り、計画を練り、投資をしてくださる方を探してたくさんの人とお会いしました。

エンジェル投資家の島田亨さんにお話を聞いていただいたのもその時期でした。私がやりたいと思っている全体像については、概ね共感していただくことができました。ただ、受付にはいろんな人がいらっしゃる。ITリテラシーが高い方ばかりじゃない、操作が不得意な方が来た際にはどうするかなどをディスカッションさせていただきました。

そのあたりを「宿題」としていったん持ち帰り、後日また改善策を持ってお話をしに出向き、出資していただくことができました。

当時ご説明に使っていた資料なんて、いま見返してみると見れたものじゃないほど完成度が低い。それでも出資していただけたポイントは、ひとえに情熱だろうと思います。「自分の経験を生かしてこういうことを実現したい」「世の中のこういう問題を解決したい」「まだこの世にないものを提供したい」……そういう熱い思いだけは嘘のないものでしたし、それだけはまっすぐお伝えしたつもりでしたから。

「宿題」に関しても、課題に対していい解決策を出すのも大切ですが、それよりも課題にちゃんと向き合って短い時間にどれだけの努力をし、改善提案をできるのか、内容よりもプロセスを見ていらっしゃったんじゃないでしょうか。

事業を始める前も始めた後も、目の前の状況や課題に合わせてサービス内容が変わることはよくあります。いいプロダクトをつくれば、必ず後追いする企業だって出てきます。そこで臨機応変に動けるかどうか、人間性や仕事への姿勢をこそ、投資家の人は見ているのだろうと感じましたね。

起業家はひとりでなんでもできると思ってはいけない

2016年にディライテッドを創業し、翌年1月には「RECEPTIONIST」をリリースすることができました。以来、順調に導入例を増やしています。

うまくテイクオフできたのは、「知識と経験では誰にも負けない」と自負する受付の分野を突き詰めて事業化できたことが大きいでしょう。

さらには、ひとりで何でもできると思わなかったこともよかった。「受付のことなら任せて」というのは、裏を返せば私は、受付のこと以外何も知らないのです。事業のアイデアの素はもちろん私が出していかないといけませんが、それをきちんとした計画書に落とし込むのは信頼できる別の人間であってもかまいません。プロダクトをつくっていくうえでは私がコードを書けるわけもなく、その方面は優れたエンジニアやプロダクトマネージャーに委ねていく。

私はといえば事業そのものや理念に、よりいっそう向き合い信じることに専念する。そうしたかたちでこれまで事業を進めてこられたのが、順調な滑り出しの要因だと思います。

現在は「RECEPTIONIST」をさらに広めていくことをベースにしながら、新たなサービスのリリースも考え、準備を進めています。

起業して3年目となりましたが、私は毎日楽しんでやっていますよ。たしかにお金の心配なんかはいつだってつきまといますが、事業が大きくなっている実感はあるし仲間も増えているので、夜も眠れぬようなことはありません。

代表である私が動揺したり落ち込んだ顔をしていては、組織全体によい影響は与えませんしね。いつもニュートラルな精神状態を保つことは意識しています。

起業やスタートアップ企業=大きなリスク、という図式を考えたことはないんです。受付の仕事をしていたときには派遣切りに遭ったこともありますし、どんな仕事をしていても、ある程度のリスクとは隣り合わせです。それならばやりたいことを思い切ってやったほうがいいですよね。

加えていえば、「なぜ、これをあなたがやるのか」というところに想いを馳せるのは重要です。これは自分にしかできない、自分がやるから意味があると信じることができれば、多少うまくいかないときがあったって乗り越えられるもの。 

使命感のようなものといっていいでしょうが、それを感じられればどんなに困難があっても、どれほど忙しくても自分の中で納得することができます。使命とすら感じられるものがあることは、幸せです。そのことをちゃんと噛み締めながら、これからも仕事をしていきたいですね。


●座右の銘

「やらずに後悔するより、やって後悔せよ」

●座右の書
『Hooked ハマるしかけ』ニール・イヤール、ライアン・フーバー
注目を集めるサービスと、失敗に終わるサービスの違いはどこにあるのか。行動心理学とデザインに裏打ちされた「フック・モデル」なるフレームワークを提唱して、人がハマる仕組みを解明する。スタートアップのバイブルと言われる一冊。

Mariko Hashimoto
1981年、三重県鈴鹿市出身。武蔵野女子大学(現・武蔵野大学)英語英米文学科卒業。2005年より、トランスコスモスにて受付のキャリアをスタート。その後USEN、ミクシィやGMOインターネットなど、上場企業5社の受付に従事。受付嬢として11年、のべ120万人以上の接客を担当。11年という企業受付の現場の経験を生かし、もっと幅広い受付の効率化を目指し、'16年1月にディライテッドを設立。17年1月に、クラウド型受付システム「RECEPTIONIST」をリリース。
https://www.d-lighted.jp/

Text=山内宏泰 Photograph=尾崎誠