「日本人のビジネスに必要なのは編集思考」凄腕アートディレクターの発想術①

個性的で斬新、しかも上司やクライアントを納得させるアイデアがほしい――。仕事の現場で、アイデア作りに苦労しているビジネスパーソンも多いのではないか。雑誌のエディトリアルデザイナーとして1万冊の雑誌を手がけ、いまでは企業のブランディングや商品開発なども手がけるダイナマイト・ブラザーズ・シンジケート代表の野口孝仁氏。「日本人のアイデア創出には、デザイン思考よりも編集思考」という野口氏のメソッド講座が、いざ開講。


話題のデザイン思考は日本人に不向き?

いま、ブレーンストーミングの手段として「デザイン思考」が注目を集めています。デザイン思考を鍛えるためのビジネス書が数多く出版され、すでにビジネスに取り入れているという人も多いでしょう。効果は、ありますか?

デザイン思考は、ユーザーを視察することによってニーズを顕在化し、生まれたアイデアをスピーディにカタチに落とし込んで検証を行っていくという、大きく分けて「インサイト」と「プロトタイピング」の2つの要素から成り立っています。

私は、スタンフォード大学のデザイン思考のメソッドを受講しました。率直に、デザイン思考はアイデアを生み出すための洗練された手法だと感じました。でも、はたしてこれが本当に日本人に合うのだろうか。そんな疑問を同時に抱いたのです。

というのも、デザイン思考における「インサイト」を得るためのプロセスは複雑過ぎ。規定されたプロセスをこなすだけで、気持ちがいっぱいになってしまいます。特に日本人はマジメなので、複雑なプロセスをひとつ残さずやり遂げなければいけないと気負ってしまう。そんな状態で、素晴らしいアイデアは生まれるのでしょうか。

私はこれまで、アイデアが出なくて困った経験は一度もありません。1万冊の雑誌づくりに携わってきたほか、百貨店の売り場づくり、和菓子店の新規ブランド立ち上げ、女子高の図書館のリニューアル、化粧品の商品ブランディングなど、さまざまな分野で事業アイデアを提案してきました。

その経験のなかでつかんだアイデア創出のコツは、「思考のリミッターを外して、想像力を発散させること」。一見、ダイレクトに仕事に結びつかないように思えても、結果として「実は素晴らしいアイデアだった」ということはよくあるでしょう。アイデアを生み出すには、そうした「アソビ」が必要なのです。スポーツなどでも、上手にプレーすることだけを考えた結果、逆に力んでしまい、本来の力を発揮できなかったということはよくあることです。

「アソビ」を生かすには、脳がリラックスしたり楽しんだりしている状態を作ることが重要です。でも、先ほども話した通り、日本人はマジメですから、自分を柔軟な思考モードへと持っていくのは容易ではありません。また、日本人はシャイで心を開きにくいという傾向も強い。チーム内でのミーティングや議論が盛り上がらないことも多いですよね。

そうした日本人の気質を考えた場合、はたしてデザイン思考は有効なのか。私は欧米型のデザイン思考をそのまま使うのではなく、日本人に合ったスタイルにアレンジする必要があると思います。そして行き着いたのが、日本の雑誌の編集者やアートディレクターが行ってきた編集的アプローチの発想術「編集思考」です。

雑誌作りの現場はおもしろい!

いまから30年以上前、20歳だった私はデザイナーとして第一歩を踏み出しました。マガジンハウスの雑誌『ポパイ』のデザイン室。駆け出しで経験もないデザイナーの私が、大きな仕事をまかせてもらえるわけがありません。人の手伝いや雑務を続けるうちに、やっとデザイナーとしての仕事をもらえました。占いのページで、1ページ1万円。徹夜をして、デザインを組み上げました。

そんなふうにスタートしたデザイナー人生。『ポパイ』編集部から学んだことは多いですね。当時は景気がよく、雑誌の制作費が大きかった。例えば、ニューヨーク特集が組まれると、数チームが現地に渡り、マンハッタンをローラー作戦のようにシラミ潰しに歩いていきます。

この「足で情報を稼ぐ」という姿勢は、人を感動させるストーリーを作るために欠かせないもの。いまではインターネットで情報を収集し、最低限のスタッフで誌面を作ることもできますが、リサーチベースの仕事は既存の情報をトレースするだけの作業になりがち。その情報にたどりつくまでのストーリーが生まれません。これまで知られていなかったカフェを発見するなどの、偶然性も期待できません。

『ポパイ』では「行列特集」も印象に残っています。みなさんは行列と聞いて、何を思い浮かべますか? 評判のレストランや、すぐに売り切れるスニーカーを扱うショップなどでしょうか。私も「行列といえばおいしいお店」だと当たり前のように感じていましたが、ある編集者は「裁判傍聴」を挙げたのです。大きな事件の裁判では、傍聴券を求めて行列ができることがめずらしくありません。その編集者はそこに着目してページを作りました。裁判傍聴ページのおかげで、行列特集はいまでも記憶に残っています。

新しい視点や発見があるのが、雑誌のおもしろさです。そして、その礎になっているのが「編集思考」です。編集思考は雑誌作りにしか使えないわけではありません。新しいビジネスアイデアを求める、さまざまな業種で活用できます。次回からは編集思考を鍛えるためのノウハウを紹介していきたいと思います。

Takahito Noguchi
1969年、東京生まれ。マガジンハウスにて『ポパイ』のエディトリアルデザインを担当。その後、株式会社キャップに$年間在籍し、'99年に株式会社ダイナマイト・ブラザーズ・シンジケートを設立。数多くの人気雑誌のアートディレクション、デザインを手がける。現在ではそのエディトリアル発想を活かし、CI/VI・プロダクトデザイン、サービスアイデア、企業ブランディングワークにも数多く携わる。講師として、宣伝会議「アートディレクター養成講座」、「企業のための編集物ディレクション基礎講座」、「デザインシンキング実践講座」ほか。受賞歴は、One Showメリットアワー、reddot design award、German Design Award International、IF Design Award、A’Design Award & Competition、日本パッケージデザイン大賞ほか。


『THINK EDIT 編集思考でビジネスアイデアを発見するための5つの技術と10の習慣』
野口孝仁
¥1,980 日経BP社


Text=川岸 徹 Photograph=太田隆生