【起業家インタビュー】Voicy緒方憲太郎「道に迷ったら、オモロイほう」

「日々の情報を個性豊かな声で楽しむ放送局」をテーマに、2016年9月にサービスを開始したボイスメディア「Voicy(ボイシー)」。リアルな情報が活字ではなく音声で得られる手軽さや、ラジオにはない保存性が支持され、誕生から1年余りで人気メディアに成長した。 このVoicyを率いるのが、代表取締役CEOの緒方憲太郎氏。アナウンサーの父を持ち、幼少の頃から音声を身近に感じる生活を送っていたが、最初に選んだ仕事は公認会計士だった。初めての勤務先である新日本監査法人、海外での放浪生活、世界4大監査法人Ernst & Youngへの入社、そして起業と、アクティブな展開を見せる人生から、緒方氏の哲学を探った。


公認会計士になった理由、辞めた理由

若い頃から、「人と比べても仕方がない。自分が面白いと感じる生き方をしたい」という思いがありました。金銭に執着するタイプではなく、「年収300万円くらいあれば最低限の生活ができるはず。お金を稼ぐより、冒険を楽しみたい」と考えていました。

大学在学中に公認会計士の資格を取り、新日本監査法人に就職。「公認会計士? 安定したお堅い仕事ですね」と言われますが、私はそうは思いませんでした。会計士になれば、さまざまな会社に行き、いろんなビジネスが見られる。私にとって公認会計士という仕事は、冒険だったんです。

でも、徐々にやりがいを感じなくなりました。というのも、監査業務は会計をチェックする事務的な仕事。自分なりの工夫やクリエイティブなことをしても意味がありません。新日本監査法人には5年勤務しましたが、すべてをリセットしようと仕事を辞め、29歳で海外へ放浪の旅に出ました。

海外放浪の後、大手監査法人に就職

2年間、世界中を旅していた途中の2011年、アメリカのボストンにいた時に日本で東日本大震災が発生しました。ボストンには日本人医師がたくさんいて、彼らは「現地に行き、被災者の医療活動を行いたい」との思いを抱えていました。でも、なかなか実現できない。その時に知り合った方から、「会計士の経験を生かして、組織作りを手伝ってほしい」との申し出を受けました。私も日本のために何かしたかったので、ぜひ協力したいと考え、医者や弁護士を集めて日本へ派遣するNPOを立ち上げました。

その後、ニューヨークで世界4大監査法人に数えられる超大手のErnst & Youngに入社しました。せっかくアメリカにいるなら、世界最大の都市ニューヨークで働きたいと思ったためです。旅の途中に飛び込みで、仕事を見つけるとは自分でも思っていませんでしたが。日本にいる知り合いは、みんな驚いていましたよ。「何であの緒方がニューヨークのEYに受かるんだ!?」と。Ernst & Youngにしてみれば、「わが社で働く日本人は優秀だから、きっと緒方も優秀だろう」と思ったんでしょうね(笑)。

Ernst & Youngでは素晴らしい経験をさせてもらいました。私の英語力の低さによって、もどかしさを感じる場面も多かったです。放浪の旅に出る前、私の英語力は「TOEICで415点」。放浪中に日常会話はできるようになりましたが、ビジネス英語は全然ダメ。顧客からかかってくる電話に出るのが怖かったですね。

Ernst & Youngでの仕事とは別に、“ニューヨーク日本人勉強会”を立ち上げました。ニューヨークで生活する日本人が集まって、政治や経済、医学などさまざまなジャンルの話をするというイベント的な組織です。初めは20人くらいでしたが、徐々に参加者が増え1200人の規模になりました。この組織は今も続いていて、約2000人の登録者がいます。

帰国後、ベンチャー支援を手がける

海外には合計で4年間いました。「やるべきことはやった」という思いもあり、日本へ帰る決心をしました。起業家を目指す人たちにスタートアップ支援を行うトーマツベンチャーサポートという会社に誘われたことも大きな理由です。

トーマツでは300社以上のベンチャー支援を行いました。新しい事業の立ち上げに立ち会うことが多く、“生の経営現場”を目の当たりにしました。これが、面白くてたまらない。経営の現場は、毎日ドラマのように刻々と変化します。スピーディで、みんなアツい思いを抱えている。私も何とか役に立ちたくて、休む間もなく働きました。情報収集や企画など、店づくりに役立つと思ったものは、何でも即実行。経営者に必要とされているという実感が大きく、「これが私の天職だ」と感じました。

この仕事で、「スタートアップ支援をうたうフレームワークを追い抜いた」という実感も得られました。フレームワークは、“一般的な人材をそこそこプロにする”には優れたシステムです。でも、どうせ事業をやるなら、その枠を突き抜けたい。突き抜けたプロになってこそ、人生は面白いと思います。

‟基本0円”のギブ精神で仕事に励む

こうしたベンチャー支援を、私は基本0円で引き受けていました。世の中が豊かになり、みんながハッピーになれば、それでいいじゃないですか。儲からなくても、最低限の生活ができて、「面白いことをやっている」という実感があれば、それが一番いい。トーマツに入社する前は「自分の価値って何だろう」というようなことを考えていましたが、入社後は「“ギブ精神”が生きる意味だ」と思うようになりました。

でも、利益を目的にしないギブ精神で仕事に臨んでも、いつかはリターンがあるものです。トーマツでベンチャー支援を行っているうちに、「自分自身でも一度は起業してみたい」と思い、Voicyを立ち上げました。開業資金はほとんどありませんでしたから、オフィスに段ボール1個とパソコン1台を置いて「何もないんです」と、SNSで発信したんです。すると、テレビや机、什器など、いろんなものが届きました。このオフィスにあるもの、見てください。あちこちに「寄贈」のシールが貼ってあるでしょう。全部、貰いものなんです。できる限り、はじめをお金目当てにしないほうが、世の中は面白くなると感じます。

Voicyを起業し、新しい文化を作る

起業のテーマに“音声”を選んだのは、アナウンサーである父親からの影響が大きいですね。父を見て、音声にはエンターテイメント性があり、価値が高いものだと感じていました。でも、今の世の中では、音声はそんなに活用されていない。もっといろいろな使い方をして、文化として定着させたい。そう思ったのが起業のきっかけです。

当社の事業は、「ボイスメディアVoicyの運営」「音声を使った配信インフラの開発」「音声体験のデザイン」の3つ。将来的にはデバイスフリーな音声を配給していきたいですね。例えば、椅子に座ると何かしらの音声による体験ができて、時間がハッピーになるようなシステムを生み出す。各個人が1人1個の放送局をもつのが当たり前ような時代も実現してみたい。音声にはいろいろな可能性があるんです。

私の座右の銘は「道に迷ったら、オモロイほう」。将来の安定やお金が稼げるといったことは考えません。ただ自分が面白いと思うことに挑んできた結果、今のような人生になりました。これからもどんなオモロイことがあるか、わくわくしています。

Kentaro Ogata
1980年生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。公認会計士。2006年に新日本監査法人に入社し、その後Ernst & Young NewYork、トーマツベンチャーサポートを経て、Voicyを起業。複数のベンチャー企業の顧問にも就任し、事業計画、資金調達、組織戦略、PR戦略、社内リーダー育成、採用、VC対応、大企業連携のほか、社長のメンターやネットワーク構築を行った後、Voicyを創業。
Voicy
"音声×テクノロジーでワクワクする社会を作る" をコンセプトに、ボイスメディア「Voicy(ボイシー)」の開発・運営、音声配信インフラの開発・提供、音声体験のデザイン・コンサルティングを行う。2016年設立。社員数は10名。平澤創氏、島田亨氏ら有力な個人投資家たちのバックアップを得る。音声配信未経験の企業に対し、放送内容の企画から配信までをサポートし、現在、野村證券、スポニチ、毎日新聞社、アルクなどが「Voicy」内に公式チャンネルを開設している。
https://corp.voicy.jp/

Text=川岸徹 Photograph=太田隆生