【HEROs】元プロボクサー坂本博之「影があるからこそ、嫌なことをしない人間になれる」

2017年10月、アスリートによる社会貢献活動の輪を広げていくことなどを目的に「HEROs SPORTSMANSHIP for THE FUTURE」(以下、HEROs)が日本財団によって創設された。GOETHEでは社会貢献活動に励むアスリートの声を伝える連載をスタート。第5回は、児童養護施設にいる子供たちに将来への道を切り開いてもらうための活動「こころの青空基金」を続ける元プロボクサーで、SRSボクシング会長の坂本博之の思いを届ける。


寡黙なプロボクサーがおしゃべりになった理由

現役時代、坂本博之は寡黙なプロボクサーだった。しかし、今はそうではない。この日のインタビューでも実に冗舌だった。

「男は拳で語れ、というのが僕の考えだった。だから、当時のボクシングファンは、今の僕を見て"こんなにしゃべるやつとは思わなった"と、びっくりしていると思いますよ。現役ボクサーは、自分の生きざまを拳で見せられる。うれしいこと、悲しいこと、怒ったこと、全部リングの上で見せればいい。僕のファイトスタイルを見て、みんな何かを感じてくれたと思う。ただそれだけを、まっとうしてきたつもり。でも、現役を降りてからは、言葉に出して説明しないとやっぱり伝わらないからね」

現役時代の坂本。「プロボクサーは拳で語る」という信念のもと、当時は寡黙だった。

2007年にリングを降りて以来、坂本が「言葉」にこだわり続ける理由。それは、両親からの虐待など、厳しい現実を突きつけられている子供たちに対して“伝えたい信念”が明確に存在するからだ。坂本は、東京荒川区に拠点を置くSRSボクシングジムの会長を務める傍ら、北は北海道、南は沖縄まで1年に40〜50ヵ所の児童養護施設に出向き、ボクシングセッションを行う。「こころの青空基金」と名付けた活動を通して伝えたいことは、ボクシングの指導ではない。児童養護施設で育ち、壮絶なるプロボクサー人生を歩んだ自身の経験で培った言葉によって、子供たちの心に潜む“負の連鎖”を断ち切りたいのである。

「親から虐待されたり、見放されたりして、負を抱えている子に対して、僕は問いただす。"君たちのこれまで生きてきた人生の中で、一番楽しかったこと、一番悲しかったこと、一番怒ったことを頭の中で考えてごらん"と。そして、"いろんな思いを拳に乗せて、僕の持っているミットにめがけて思いっきり打ってこい"と言います。そうやって、負の感情を吐き出せばいいんだ。確かに、傷つけたのは大人かもしれない。けれど、その傷ついた気持ちを受け止めるのも大人。僕も、施設にいた時はそうだった。相手が嬉しいと思うことを続ければ、よい連鎖を生む。子供たちには"負の連鎖、嫌な連鎖は自分で止めろ。光と影があって、影の部分を表に出すな"と伝えます。影があるからこそ、されて嫌なことをしない人間になれる。そのことを僕はボクシングセッションを通してずっと教えている。教えているというか、エネルギーの交換ですね」

「いろんな思いを乗せて、打ってこい!」。児童養護施設でのボクシングセッションでは、子供たちにそんな言葉を投げかける。

そうした活動の原点は、施設育ちの自身の体験にある。

「最初は僕が育った福岡県の児童養護施設『和白青松園』の子供たちにパソコンを送るところから始まりました。90年代に入って情報化社会となり、パソコンで自分たちのやりたいことの視野が広がってくれたらいいなと思って。ネットで進学先を調べたり、ね。18年前にそうした活動を始めた中で、"自分にできることはもっとないかな"と思いついたのが、全国の児童養護施設でのボクシングセッションでした」

坂本は、2歳になる前に乳児院へ預けられ、3歳を迎える頃には、児童養護施設に入所。その後、一時帰宅と親戚の家を転々としながら、小学2年時にネグレクトを受け、今度は福岡の児童養護施設「和白青松園」に引き取られた。そこで観たボクシング中継に衝撃を受け、プロボクサーを目指して上京し、1991年にプロデビューを果たした。4度挑戦した世界王座には届かなかったものの、相手のパンチを恐れず前に突っ込んで打ち合いを行う勇猛果敢なファイトスタイルでファンを魅了。「平成のKOキング」「和製ロベルト・デュラン」と呼ばれた。2007年に引退後、’10年に「SRSボクシングジム」を創設。SRSとは「Skyhigh RingS」の略で「天まで届くほど高く」「人々の心の輪」という意味が込められている。

「厳しい現実を突きつけられた子供たちを受け入れるから"坂本ボクシングジム"じゃなくて、"SRSボクシングジム"にしたんだ。虐待死とか、最悪ですよ。心の輪をつなげていく。リングスリングスです!」

SRSボクシングジムには、自身が育った「和白青松園」の職員・子供一同から贈られた寄せ書きが掲げられている。

坂本が発する言葉の中には、信念に基づいて生まれた印象的な「語録」が存在する。例えば、「熱を持って接すれば、熱を持って返ってくる」「"正"という字は"止"の上に一本の線を引く。一本の線は親。親が子供を止めるから正しくなる」などである。その中でも、最も大切にしているのが「一瞬懸命」という言葉である。

「一生と考えると疲れちゃうけど、瞬間ならできる。瞬間やったらすべてが終わりではなくて、2時間後も瞬間、明日も瞬間。今やらないと、できないというのが僕の中での定義。僕も一生懸命生きていると言えない。一瞬一瞬の積み重ねだから。自分の人生が終わる時、“俺も一生懸命生きたな”と言えるように頑張りたいし、人ってそうであってほしいな

自らのグローブに「一瞬懸命」「初志貫徹」と刺繍を入れたSRSジム所属のボクサー。

今を「一瞬懸命」に生きる坂本には、ひとつの夢がある。それは「施設出身の世界チャンピオンの育成」である自分自身が15年に及ぶプロボクサー生活で成し遂げられなかった夢。その目的は、施設出身の王者の姿を見て、厳しい環境で育つ子供たちに「俺も諦めない」という感情を持ってほしいからだ。

最後に、元プロボクサーとして、現役ボクサーに伝えたいことを聞いた。

「あるボクサーに試合が終わってから"負けて学びました"と言われたことがある。その子に対して僕は、"いや、負けて学ぶものは何もない。負けて次はないから。そういうつもりで練習していきなさい"と言いました。負けて次があると思っていたら、あきらめる気持ちも早くなる。プロのリングは、試合じゃない。"死合"なんだ。試し合いは練習でやればいい。死んだら次はない。熱い練習をすれば、熱い試合ができる。その試合を見た人も、熱くなる。それは、15年間のボクシング人生で僕が教えてもらったこと。だから、施設の子にはプロボクサーになるとか関係なしに、夢を持って熱い行動を起こしてほしい。熱い行動を起こせば、熱い結果が待っている。その結果を見て、また熱い人たちが増えていきますから」

坂本には、利己的な感情が存在しない。自分のためではない。ジムのためではない。あくまでも、厳しい環境で育つ子供たちの心に潜む“負の連鎖”を断ち切りたいのである。人生の最後に「一生懸命生きたな」と思える日まで、坂本の「一瞬懸命」の活動は続く。

2017年のアワードでHEROs賞を受賞。壇上でトロフィーを高々と掲げた。
Hiroyuki Sakamoto
1970年福岡県田川郡川崎町生まれ。2歳前に「鞍手乳児院」へ預けられ、3歳を迎える頃、児童養護施設「誠慈学園」へ入所。その後、一時帰宅と親戚の家を転々としながら、小学2年生の時にネグレクトを受け、児童養護施設「和白青松園」に引き取られる。施設のテレビで見たプロボクサーに憧れ、高校卒業後に上京して勝又ジムへ。’91年にプロデビュー。’93年に日本ライト級王者となり、’96年には東洋太平洋ライト級王座を獲得。その後、角海老宝石ジム所属となり、世界王座に4度挑むもいずれも敗戦。現役時代のハイライトは、2000年10月、畑山隆則(横浜光ジム)とのWBA世界ライト級王座決定戦。一進一退の激しい攻防戦の末に迎えた10回、王者の連打を浴びたところでダウンして敗戦。最後の世界挑戦は失敗に終わったが、この試合は年間最高試合に選ばれた。’07に引退。’10年にSRSボクシングジムを開設した。


【HEROs AWARDとは?】

社会のため、地域のため、子供達の未来のため、競技場の外でもスポーツマンシップを発揮している多くのアスリートたちに注目し、称え、支えていくためのアワード。その年、最も「社会とつながるスポーツマンシップ」を発揮したアスリート、チーム、団体を表彰し、次の活動へとつながる支援を行う。スポーツの力を活かした社会貢献活動のモデルにふさわしい、もっとも優れたアスリート・チーム・リーグ・NPOから選出される「HEROs of the year賞」、スポーツの力を活かし優秀な社会貢献活動を行った「HEROs賞」が選ばれる。


【HEROs AWARD 2017受賞者】

■HEROs of the year賞■

宮本恒靖:~スポーツを通じた民族融和プロジェクト~ボスニア・ヘルツェゴビナのスポーツアカデミー「マリモスト(小さな橋)」の挑戦

■HEROs賞■

・鳥谷敬:「RED BIRD PROJECT」
・アンジェラ・磨紀・バーノン:「Ocean’s Love」
・坂本博之「こころの青空基金」
・福島ユナイテッドFC(サッカー):風評被害払拭活動「ふくしマルシェ」
・一般社団法人世界ゆるスポーツ協会:すべての人々にスポーツを

※各部門の活動動画はHEROs AWARD 2017 Webサイトで視聴可能


【HEROs AWARD 2018受賞者】

■HEROs of the year賞■

特定非営利活動法人Being ALIVE Japan:スポーツを通じて、長期療養を必要とするこどもたちに「青春」を

■HEROs賞■

・赤星 憲広:Ring of Red~赤星憲広の輪を広げる基金~
・有森 裕子:HEARTS of GOLD
・飯沼 誠司:ATHLETE SAVE JAPAN いのちの教室
・長谷部誠:プロジェクト名:ユニセフを通じて世界の子どもたちを支援
・浦和レッドダイヤモンズ:浦和レッズハートフルクラブ×バーンロムサイ


※各部門の活動動画はHEROs AWARD 2018 Webサイトで視聴可能


Text=鈴木 悟(ゲーテWEB編集部)