【知られざるヒーロー列伝】大横綱たちとの思い出 ~トレーニング界の伝説、遠藤光男 第5回

すごい男がいたもんだ! 話を聞きながら、昔流行した、ビールのコマーシャルのワンフレーズが、脳裏をかすめた。 遠藤光男氏、75歳。戦後、黎明期の日本ボディビル界を語る上で欠かすことのできない人物であり、まだ方法論が確立されていなかったウェイトトレーニングに、独自の合理的なメソッドを導入した、パイオニア的存在でもある。ここに示すのは、そんな知られざるヒーローの物語。


千代の富士、朝青龍を指導する

千代の富士にはね、肩の脱臼癖があったんですよ。ある人から相談されて、トレーニングを教えたことがあるんです。

たとえば、腕立て伏せのやり方ね。肘を張ってやると亜脱臼しやすいから、脇を絞ってやる腕立てを教えたんです。それから脱臼しなくなった。当時はマスコミには言ってませんでしたけどね。親方の北の富士さんもジムのメンバーでしたから。私と同い年なんですよ。こないだもちょっとジムのぞきに来て「また来ますよ」なんて言って帰りましたましたけど。

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朝青龍は、聞かん坊だったですね。だけど、いいやつでしたよ。悪い事は一切しない。相撲に対して真っ直ぐな人間だった。トレーニングでも絶対手を抜かない。部屋に稽古を見に行ったことはなかったけど、稽古場でも一緒だっただろうね。うちのジムには、18~19歳から来てましたね。だいたいね、みんな10代から来てましたよ。部屋から言われるんじゃなくて、自分たちで探して。

朝青龍は22歳で横綱になったでしょ。白鵬は22、貴乃花も22だったかな。ということは17、18で十両に上がってるわけですよ。高校から入ってすぐ関取になっちゃったわけでしょ、1年やそこらで。だからすごいやつですよね。

朝青龍には、あの当時、スクワットとかベンチプレスとか、“押す、立つ、引く”をメインしてやっていましたね。その頃、体幹という言葉はなかったですが、それを意識して、相撲で力発揮できるように、使える体を目指して鍛えてましたよね。実に一生懸命やっていて、大関なっても、横綱になっても、来てましたからね。

カラダの張りは、心の張り

普通は、番付上がると来なくなっちゃう人が多いんですよ。それで、番付が下がると慌てて来るんです。でも、そのときは手遅れなんですよ。そんな簡単なものじゃないから。

上り調子でどんどん鍛えているときは気力もある。自分の言葉で「カラダの張りは、心の張り」っていうんですけどね。カラダが張っているときは気持ちも張りが出るけど、カラダがたるんで、気持ちもたるんだときに、もういっちょったって、なかなかこう張りっていうのが出てこないんですよ。

上り調子の時にガーっと追い込んで、集中してやらないと結果は残せない。その道にずっと沿ってやった人が、上まで辿り着いてますね。

朝青龍からは、今でも連絡はありますよ。去年も、モンゴルの女子の重量挙げの選手の面倒を見てるというので、重量上げの三宅兄弟の弟さん(編集部注:三宅義行氏)に紹介してくれって言うんで、私が三宅さんに電話して「横綱が今度女子の選手をつれてくるっていうから頼む」と。重量挙げ協会と三宅さんに連絡して橋渡ししました。

白鵬は絶対横綱になる! と見抜いた理由

白鵬は十両上がる前、10代で体重も80~90キロぐらいの時代に来始めました。白鵬の部屋の宮城野親方も、現役の竹葉山時代にずっと私が教えていたんです。

ジムにきて1ヶ月ぐらいで、絶対横綱になると思いましたね。ひと言で言えば、大鵬と同じ姿勢、同じ立ち居振る舞いだったんです。腰がちょっとでっちりで、「あっ、大鵬とそっくりだな」と。

白鵬は10代の頃からトレーニングを指導。当時から大横綱になると確信していた。

「彼は絶対に横綱になるよ」とジムの会員の人の前で言ったわけですよ。何年か経って、本当に横綱になったから「何で分かったんですか」と聞かれましたけど、骨格とか動作とか、そういうの見ていると、長く携わっているから分かるんですよね。だから「相撲部屋の親方よりも、会長の方が見抜ける」と言われましたよ、親方連中に。

やっぱり相撲は一番大事なのは下半身でしょ。下半身の使い方とか、そういうものを考えながら、どうやったら足腰が鍛えられるか、単なるトレーニング種目だけじゃなくて、自分で工夫しながら、腰のおろし方とか、立ち方とか、そういうのを教えました。

あとね、大事なのは性格。教えるときに、怒ってなにくそと燃える人と、怒ってシュンとなっちゃう人と、褒めるとやる気になる人がいるので、使い分けましたね。難しいけど、2,3ヶ月やってると分かってくる。

白鵬は、今でもジムに来ますよ。旭富士なんかも、横綱になってからも来てましたね、付け人もつけずにひとりで。朝青龍もひとりで来てました。鶴竜もそうですね。

付け人つれてきて、ドリンクだ、タオルだとかやっているうちはだめだね。いくら番付上がっても。本当にやる気のある人はひとりで来る。本当にやる気があったら、ひとりで自分の世界でやるのが強くなるんだと思います。

第6回に続く

Text=まつあみ靖


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遠藤光男
遠藤光男
1942年東京都生まれ。日本ボディビルディング界の第一人者で、24歳だった'66年のボディビル・ミスター日本となる。翌年に東京・錦糸町で遠藤ジムを開き、その年にはモントリオールで開催された世界選手権で3位に。三島由紀夫や勝新太郎とも親交があり、大相撲界、プロレス界など幅広い人脈を誇る。
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