小さな"言い訳"がやり投げの大きな記録を生んだ  ~ビジネスパーソンの言語学43

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座、いざ開講!


「記録が出なかったら鼻血のせいにしよう」ーーー木南道孝記念陸上競技大会で64m36cmのやり投げ日本新記録を樹立した北口榛花選手

アスリートには、本番に強い選手とそうでない選手がいる。あの北島康介は、記録を更新するのはオリンピックのときだけ。普段の練習では決してでないアドレナリンが記録をださせるのだという。

GW真っ只中の5月6日に開催された木南道孝記念陸上競技大会でやり投げの日本新記録を樹立した北口榛花(はるか)選手もそんな本番に強い選手なのだろう。なにしろこの日彼女が出した64m36cmという記録は、彼女の自己記録を2m98㎝も更新するもの。2020年東京五輪の参加標準記録も突破し、戦後初の入賞、メダルも見えてきた。

実は、この記録を樹立した日の朝、彼女はあるハプニングに見舞われていたという。目覚めたら手が真赤に染まるほどの鼻血が噴出。さらに競技前のウォーミングアップのときにもまた鼻血が出て、救護室へと向かったのだという。

「いい意味でリラックスできた。(不発の)保険ができた。記録が出なかったら鼻血のせいにしよう」

この日の記録は、間違いなくこのポジティブな思考から生まれたものだろう。鼻血が出て「どうしよう」ではなく、「よし、言い訳ができた」。スポーツだけでなく、仕事でも人生でも、言い訳ができないところまで自分を追い込むのも大切なことだ。恐らく彼女もそうしてきたはずだ。故障やコーチの不在に悩み、指導者を求めて単身チェコに渡って修行をしてきた。それでも最後の最後に、自分に小さな言い訳を用意してあげることで、彼女は前を向いてリラックスして競技にのぞむことができたのだ。

「ゆくゆくはオリンピック、世界選手権で金メダルを獲得できるようになりたい。世界記録を狙える位置に行けたらいい」

北海道生まれの21歳。笑顔がキュートな北口選手は、これから人気者になるだろう。毎回鼻血を出すわけにはいかないだろうが、このメンタルなら大きな大会でも臆することはないだろう。頑張りすぎて、追い込みすぎて、プレッシャーに負けてしまう人は、自分に小さな言い訳を用意してみてはどうだろう。「絶対に勝たなければならない」と思うより「負けることもある」と思っているくらいのほうが、自分らしく普段の力を発揮できるのではないだろうか。


Text=星野三千雄 Photograph=Getty Images