教育は人生を変える一番リターンの高い投資 ~滝川クリステル「いま、一番気になる仕事」~

36歳の時に「インスティテューショナル・インベスター」誌のアナリストランキング 「日本株式投資戦略部門」1位となり、ゴールドマン・サックス証券の日本オフィス初の女性パートナーに昇格したキャシー・松井さん。現状を変える鍵は、アナリストならではの数字で検証するという説得力だった。


今後はどの企業もESGで評価される

滝川 ストラテジスト/アナリストの視点から、女性の労働力を日本の隠れた資源とし「ウーマノミクス」を提唱されたのが1999年のことでした。女性の労働力を分析されるようになったのは、いつごろですか?

松井 最初に産休から復帰した時ですね。ママ友の大半が仕事を辞めて、私は職場に復帰した少数派のひとりでした。それが不思議でしょうがなくて。一方お客様からは日々「日本に投資する理由」を訊かれます。我々のお客様はいわゆる機関投資家。例えば個人の年金資金や保険掛け金といった大きな資金を預かり、それをどのように運用していくか考えている方々ですから、投資対象は日本企業に限りません。少子化で、財政赤字大国日本に投資するメリットは? 暗い話ではなく明るいシナリオを探すうちに、行き着いたのが「ウーマノミクス」でした。

「女性への投資で自動的に解消する問題がたくさんあると思います」とはキャシー・松井さん。

滝川 約20年経って、現在の状況はどう見ています?

松井 当時海外ではそこそこ話題になったのですが、日本国内ではあまりパッとしなかったんです。ダイバーシティ関連の審議会に参画し、講演依頼を受けるようになったのもここ数年のことですし。いよいよ労働人口が減ってきて、やっと国レベルで必要性が認識されてきたんですね。経済を動かすのは人とお金と生産性のみ。人口の半分を占める女性が働かなければ、マラソンを片足で走ることと一緒。それでは国の成長はないというリアリティが、やっと浸透してきたのでは。

滝川 今、女性の労働参加率はどの程度なのでしょうか。

松井 15歳から64歳の女性を対象にした調査では、約69%が家の外で働いています。20年前は57%でしたから、だいぶ伸びました。フルタイムではない非正規の方が多いとはいえ、数字はアメリカを超えているんですよ。

滝川 えっ、それは意外です。

松井 待機児童の問題は欧米でも深刻なんです。そのなかで日本は健闘しているのではないでしょうか。ただ正規雇用となるとまた話は別ですし、女性管理職の割合も、まだ政府が掲げる目標には程遠いです。根強い慣習や「女性にはハードなポストは任せない」といった無意識バイアスが男女ともにありますから、トップから現場まで強く意識して変えていかないと難しい。

滝川 クオータ制(男女平等を実現するために、組織における男女比を一定数に割り当てる制度)の導入も議論されているようですが、どうお考えですか。

松井 クオータ制は課題や問題点が多いので、原則は反対の立場です。ただし現在の日本政府、国会に関しては、臨時的な措置として取り入れてもいいと私個人は思います。地政学的にも非常に大きな変化が起こりうるであろうこの先、国を代表する組織の女性の割合が10人に1人というのは、バランス的によろしくないと思うんですよ。

滝川 非常時の緊急措置として、荒療治もやむをえないと。ただ、働く女性が増えると出生率がさらに下がるのでは、といった懸念も耳にします。

松井 私はアナリストですからまず数字で検証するんですけれども。実はね、地域における女性の労働参加率と出生率は比例しているんです。働く女性の多い地域のほうが、子供の数が多いんですよ。北欧がわかりやすい例ですが、日本国内でも同じ傾向が見られます。これは私も正直、意外でした。

滝川 思いこみなんですね。

松井 ありますね、男女ともに。それともうひとつ、女性の就業率が上がったら、男性が経済のシェアを奪われるのではないかという声ですね。もちろん今、未就業の女性約何百万人がいっきに市場に入ってきたら混乱します。でも実際はゆるやかな動きですし、女性が所得を利用して消費を活発に行えば、市場規模全体が成長します。取り合いではなく、好循環なんです。

川 私たちが無意識に持っている既成概念を、もっと客観的に分析して、前向きに変えていかなければなりませんね……。

松井 さらに運用の世界では今、ESG投資の拡大が目覚ましいです。環境Environment、社会Social、企業統治Governance。この3つが投資運用の大きなキーワードで、企業としての情報の透明性や、ジェンダーのダイバーシティや環境への取り組みといった要素が数値化され、投資の評価軸になっています。

滝川 日本企業もESGの要素を分析され、データで評価されていくことに?

松井 日本企業はまだデータを取りにくいのですが、今後の流れとしてポジティブなことからネガティブな要素まで、今後あらゆることが「見える化」せざるをえないでしょうね。これまで予算や時間の余裕がある時にだけ行っていたCSR等の要素が、企業組織のメインストリームにより近づいているといっていいでしょう。世界中の企業が動きだしている今、日本も看過できないのではないでしょうか。

女性への投資でコミュニティが発展

滝川 松井さんは本業と並行して、バングラデシュのチッタゴンにあるアジア女子大学の創設にも関わられています。南アジアおよび東南アジアで不平等な待遇を受けている女性たちに高等教育を提供する大学で、今年創立10周年を迎えました。

ドレス¥159,000(エスカーダ TEL : 03・5786・6862) ピアス¥32,000(IOSSELLIANI)、リング¥39,000(DANIELA DE MARCHI/ともにH.P.FRANCE TEL : 03・5778・2022)

松井 700名以上いる学生の出身国が16ヵ国にわたる珍しい大学で、卒業生は500人を超えました。5月に6回目の卒業式に参加しましたが、卒業生の大半は自国へ戻って、教育関連や非営利団体の仕事に就いています。自分が得たものを返したい気持ちが強いのでしょうね。

滝川 参画へのきっかけは、ご自身の大きな転機とも重なったとうかがっています。

松井 ええ。17年前、ふたり目を産んだ直後の36歳の時に乳がんステージ2の診断をされ、初めて死を意識しました。幸い治療して元気になって仕事にも復帰できましたが、考え方がガラリと変わりましたね。私は両親がキリスト教ではあったのですが、それまではさほど信仰になじんでいなかったんです。でもその時、まさに神様が生かしてくれたのだと実感し、同時に恵まれている自分の責任も感じました。それまでは仕事がすべて、成果も自分のものと考えていたけれど、そうではない。与えられてきたものを恩返ししていきたい。社会貢献はリタイアしてからでもいいと考えていたけれど、今から何かできないか―そう考えた時、大学の後輩から協力してほしいというメールがあったんです。

滝川 アジア女子大学の発案者の方ですね。

松井 「大学卒業者がいない家庭出身者を優先入学させる」という内容に着目しました。私の両親も奈良県の高校しか出ていません。移民としてゼロからアメリカで農業を始め、私たち子供4人を育ててくれたんです。教育にうるさかったわけではありませんが結果として全員ハーバードを卒業して、教育が人生に与える影響を強く体感しています。これは良いタイミングだと思い、協力することにしました。

滝川 マイクロファイナンスを行うグラミン銀行の創始者で、ノーベル平和賞を受賞されたムハマド・ユヌスさんも賛同していますよね。以前この連載に来ていただいて、融資を受けて職を得た女性は必ず世に返済する、というお話が印象的でした。

松井 ええ。もちろん男性への教育も重要ですよ。でも現時点では軽視されてきたがゆえ、女性の教育に関しては最小の投資で最大のリターンが見こめます。女性は学んだことを自分の家族や子供、そしてコミュニティへ還元する意識が強いので、国の持続的発展にもつながっていきます。

滝川 好循環の構造は、ウーマノミクスにも通じますね。

松井 そう。女性の活躍は今あるシステムを脅かすものではありません。多くの国々がもっと女性の教育に投資し、自立の背を押してくれたら、それだけで自動的に解消する問題がたくさんあると思うんです。

Kathy Matsui
1965年アメリカ生まれ。’86年ハーバード大学卒業、’90年ジョンズ・ホプキンズ大学院修了。バークレーズ証券勤務を経て’94年ゴールドマンサックス証券入社。2015年より副会長。アジア女子大学の理事会メンバーも務める。二児の母。

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Text=藤崎美穂 Photograph=片桐史郎 Styling=吉永 希 Hair&Make-up=野田智子

滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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