【ニューヨークは死なない②】聞こえ始めた経済破綻の音。苦境でもポジティブな気概の男

新型コロナウイルス感染が世界中に蔓延している中、アメリカ・ニューヨークでは学校、ジム、観光名所などが次々と閉鎖され、外での飲食も禁止。22日にいよいよロックダウン(外出制限)が始まり、不要不急の外出は禁じられてしまった。世界的大都市の今について、ニューヨークに20年以上在住するスポーツジャーナリストの杉浦大介さんが緊急ルポを寄せた。

「俺たちは手負いの方が強い」

依然として収束の見通しが立たないコロナ渦によって、アメリカでも多くの人が経済的に打撃を受けることは必至だ。ニューヨークでも現在、レストラン、バー、カフェでは店内の営業が禁じられ、デリバリーかテイクアウトのみ。3月22日以降は非必須事業に対し、全従業員を在宅勤務とすることが義務付けられている。

結果として、映画館、クラブ、モール、美術館やシアター、大手百貨店などが軒並み閉鎖。こんな状況下で、失業問題が深刻化することは間違いない。例外はごく少なく、大半のニューヨーカーが莫大な影響を受けることになるはずだ。

ニューヨークの邦字新聞『ニューヨーク BIZ』のCEO兼発行人、高橋克明もその中の一人に違いない。地元の最新情報を伝えたフリーペーパーをウィークリーで発行し、全米最多発行部数を誇るにまで成長させてきたが、ここでコロナ渦に直面。今週の新聞発行こそすでに決定したものの、来週以降がどうなるかは見えない状況だという。

「僕たちは広告収入がすべて。不景気、テロ、パンデミック、リーマンショックの時とか、どの会社もまず最初に減らすのは広告なんですよね。今回に関しては新聞が配れなくなる可能性がある。広告もすでに何件か、この期間は止めてくれという風に話がきています。当然ですよね。売り上げが減るではなく、ゼロになるかもしれません。(これがしばらく続いたら)なくなる同業社もあるかもしれません」

高橋にとって、良い流れに乗った矢先に直面した新たな試練と言える。これまでトム・クルーズ、レオナルド・ディカプリオ、北野武、松井秀喜といった多くの著名人のインタビューもこなしてきた高橋は、昨年11月に初の単行本「武器は走りながら拾え!」を上梓。ニューヨークでのスリリングな挑戦を描いたセルフストーリーは話題を呼び、実部で2万4000部を売り上げるヒットとなった。

今春は日本でのテレビ出演、取材などの依頼が飛び込み、5月には日本全国8ヵ所を巡る講演ツアーも企画されていた。講演では新たに重要なコネクションを築くことも可能で、個人、会社ともにさらなら飛躍のチャンス。そんな最中に巻き起こったコロナ禍によって、来日予定は残念ながらキャンセルとなった。飛躍のプランは頓挫し、一転して大ピンチを迎えたと言えるのかもしれない。

しかし――。この厳しい状況下でも、高橋の闘志と意欲は衰えていない。いや、誤解を恐れずにいえば、むしろモチベーションをかき立てられていたと言って良い。「現状を考えると不謹慎なところもあるのかもしれないですけれど」と盛んに前置きした上で、ニューヨークで約20年を過ごしてきた才人が語る言葉は力強いものだった。

「これからどうやってまた這い上がるかを考えると、実は自分自身に期待している部分もあるんです。景気が良いときは、偽物も本物もぽこぽこ出てきますよね。実力がない奴らも新聞業界にも出てきて、荒らされたりしてしまう。ちょっとキザな言い方をすると、“俺たちは手負いの方が強いんだ”という思いがあります。僕らはもう苦境に免疫がついてしまっていますからね……」

アメリカンドリームの体現者  

2000年11月にほとんど裸一貫で渡米以降、2001年に日系の出版社に入社、1年半後にはニューヨーク初の日刊フリーペーパー創刊、2010年には新たな週刊紙を立ち上げと、ここまで一見すると順調にキャリアを積み重ねてきたようにも見える。いわば、“アメリカンドリームの体現者”。ただ、実際にはそのプロセスでは困難の連続だったという。ネット全盛の現代に、外国人が経営者としてニューヨークで新聞を出し続けるのは簡単なことではなかった。

「僕は米同時多発テロの翌日に履歴書を出し、“なんでこんな時にこの業界に来たんだ、と言われるようなところからスタートした男です。その後、“紙の時代は終わり”といわれた頃に日刊紙を出し続けました。35歳でリーマンショックが起こったときは、一枚岩だと思っていたオーナーと袂を分かちました。現在の『ニューヨーク BIZ』を立ち上げた際には、ハリケーン・サンディでオフィスの機能が一時的にストップしてしまい、創刊が危うくなったこともありました。最近では歴史上最も外国人のことが嫌いな大統領が就任してしまったことで、有能な社員が4人連続でビザ更新できずに強制送還。そのたびに売り上げは大きく落ち込みました。そんな感じなんで、ゼロになるのは慣れているところがあるんです」

これまでも多くを乗り越えてきたのだから、また巻き返せる。本当の実力さえあれば、今回の苦境後もサバイブできる。ニューヨークで揉まれてきた高橋の言葉は、常にポジティブな気概に包まれている。

もちろん多くの犠牲者が出ている状況下で、今のニューヨーク、アメリカではまず人々の健康が第一。2児の父親でもある高橋もその点は繰り返し述べてはいたが、一方で“ピンチはチャンスでしかない”という決意も抱いているのだろう。

こんな考え方ができるのは、稀有な行動力と人身掌握術を持った高橋のような経営者だけだと思うかもしれない。確かに経済破綻が進む中で、適切な方向に舵を切れる人間ばかりではないのだろう。しかし、ニューヨークにはこういった底知れぬパワーを持った者たちが存在する。他ならぬ高橋も、自分自身だけでなく、“世界の首都”と称されるこの街のパワーに期待を寄せているのだという。

「ニューヨーカーはバカばっかりだなと思う一方で、非常事態のときには一丸となる。そういう部分はいいですよね。“お腹を好かせている子供は一人も出さない”というキャンペーンで食糧を配ったりとか、デリバリーのお兄ちゃんに50ドルのチップを渡したりだとか。日本だと公園で遊んでいる人がいても、ネットでは悪口をいうけど、本人の前では注意しないですよね。その点、ニューヨークでは昔ながらの下町のおっさんみたいな人が生き残っていて、“マスクをしろ!”ってちゃんと怒ってくれる。不景気で下を向いていたら、知らないおばさんが“上を向いて歩きなさいよ”って言ってくれる。“余計なお世話だ、ババア”って思うけど、その一方で嬉しかったりします。そんな街だから、ニューヨークは逆境に強いと思うんです。19年前には、あの悲惨なテロ事件からだって立ち直ったんですからね……」

絶望的にも感じられる現在のコロナ渦は、まだ大打撃の第一弾にすぎない。バンデミックが収まったとして、その後には大規模な経済破綻が待ち受けている。全世界が未曾有の危機を迎えているのは間違いないのだろう。ただ、ニューヨークにはまだ高橋のような人材が残っている。テロの傷みをも乗り越えた時と同様、希望が消えたわけではない。高橋のエネルギッシュな言葉の向こうに、力強い復興への光がうっすらと透けて見えてくるようでもあった。

Daisuke Sugiura
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、スポーツライターに転身。20年以上、NYに在住してMLB、NBA、ボクシングを中心に取材。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポルティーバ』『Number』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿。