坂本龍一×松浦勝人 最強ルールブレイカーズ対談

「仕事=趣味」と言う音楽家坂本龍一。「仕事が遊びで、遊びが仕事」と言うエイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長、音楽プロデューサーの松浦勝人。だからこそふたりは限界を意識せず、全力を注いで、誰もが驚愕する成果を挙げてきた。

常識をくつがえす男とは――

 世界を自分のステージに、過去にない音を生み続ける音楽家、坂本龍一。YMOでも、ソロでの数々のオリジナル作品でも、映画音楽でも、常に新しい音を追い求めてきた。
 エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役CEOの松浦勝人は、レンタルレコード店からキャリアをスタート。成熟したと思われていた音楽業界で新会社を起こした。レコード会社のほとんどが外資である今も、エイベックスは毎年1000億円以上の売上実績を計上し続けている。
 ふたりに共通するのは、世の中のあまたの人が考えもしなかった新しい何かを世の中に生み続けていることだ。

松浦勝人(以下、松浦) 今回の「常識をくつがえす」というテーマに添うかどうかはわかりませんが、僕のキャリアで、周囲に最も強く反対されたのは、レンタルレコードの仕事からレコード会社へと業務を移そうとした時です。

坂本龍一(以下、坂本) やっぱり「やめろ」と言われましたか?

松浦 めちゃくちゃ言われました(笑)。「絶対にうまくいかないからやめろ!」と。僕の周囲には、誰ひとりとして賛成した人はいません。

坂本 なぜ大多数の反対意見を振り切ったのでしょう。

松浦 それが、自分でもわからないんです。なんで始めちゃったんだろう……。勝算などなかったことだけは確かです。とにかくやりたかった。

坂本 その感覚はわかります。勝算というのは、勝つ確率と負ける確率を考えた上でのことでしょ? そんな検討はしないですよね。僕は、やるからには常にうまくいくことしか考えていません。小心者というか、石橋を叩いても渡らないタイプだから、そもそも負ける喧嘩はしない。失敗の可能性がちらつくものには近づきません。

松浦 起業に関していえば、成功するイメージもなかったですね。目の前の階段を一段上がるにはどうすればいいのか。その積み重ねの結果が今のエイベックスです。よくメディアを通して、いろいろな企業の経営者が自分のヴィジョンを語っていますけれど、起業時の僕にはヴィジョンなんて何ひとつありませんでした。今思うと、あの当時に将来のことを現実的・具体的に考えていたら、怖くなって何もできなかったかもしれません。ただ「仕事が遊びで、遊びが仕事」で、ずっとやってきた。僕の場合はそれだけなんですよ。

坂本 僕も、この10年くらいは社会のことを考えたり、行動したりするようになりましたけれど、ずいぶん長い間「仕事=趣味」という感覚でしたね。

坂本さんは、2006年に松浦さんのエイベックスへ移籍、commmonsという自身のレーベルを立ちあげた。エイベックスビル内にあるCEO室にて。

適度な加減など無理。常に全力で取り組む

松浦 大好きな音楽に関係する仕事だから、誰に止められても思い切り走ってきた。その自覚はあります。適度な力加減でやれる性格ではないのでね。不器用だから、常に全力で行く。

坂本 実際、「適度」というのが一番難しいでしょ。適度にいい作品とか、適度に売れる音楽とか、できないですよ。

松浦 坂本さんが周囲の反対を押しきった体験は?

坂本 そもそも、今までに反対されたり、気持ちよく賛成されたりした記憶がほとんどありません。それでも振り返ってみて、あれは自分でも無謀だったなあ、と感じるのは、映画『戦場のメリークリスマス』です。

松浦 戦メリのテーマ曲を作ったことですか?

坂本 全部です。あの映画は最初、大島渚監督から、役者としてだけオファーが来ました。そこで「音楽もやらせてください」とこちらから頼んだ。それに対して、大島監督は即答でOKをくださった。でも、僕は映画音楽は初体験だったし、もちろん役者も初体験でした。訓練を受けたことすらありません。何もかもが初めてづくしですよ。そんな僕によく任せてくれたなあ、と今は思います。大島監督は勇気の塊みたいな人です。そういう人に出会えたことは、ものすごく幸運でした。

松浦 不安はなかったですか?

坂本 まったく(笑)。あの時も、僕にはやれるとしか思えませんでした。新しい状況に出合ったり、新しい環境に身を置かれたりした時に、ネガティヴなことは考えないタイプなんです。

何もないところから音を生むワクワク感

松浦 5年前に坂本さんがエイベックスに移籍してくれた時、僕は「自由に音楽を作ってください」とお願いしましたよね。坂本さんには新しい、そして未来へとつながる音楽を期待しているからこそ自由にやってほしい、と。このエイベックスも時とともに、後発の会社だからこそのヤンチャさが失われて、大人らしいスクエアな組織になってきました。企業は体裁が整うと、売れるか売れないかという数字でほとんどのジャッジが行われるようになります。でも、新しい未来への音楽を作る環境を改めて作っていきたい。

坂本 かつて僕は外資系のレコード会社にいて、不満がたまっていました。外資系の会社は、ニューヨークやロンドンにある本社や日本以外にあるアジア統括本部で最終決定されることが多い。海の向こうにいる決裁権を持つ人たちはアーティストを直接見ずに、数字だけで判断します。彼らはそもそも音楽に興味のない弁護士や会計士でね。

松浦 「で、いくらになりますか?」という基準で判断する。

坂本 それです。でも、音楽は、原材料を仕入れて工場のラインに乗せれば同品質のものが何万個もできるビジネスとは違います。何もないところから音を生むことにワクワクする行いです。

松浦 そう考えると、社員もね、僕は無から有を生み出すタイプが欲しい。でも、会社はすでにあるものを堅実に育てていく人材を欲しがる。そちらのタイプは、どんな部署に異動しても及第点の仕事ができますしね。

新しい何かを生むには環境の整備も大切

坂本 かつて知り合いがいたイギリスのレコード会社は、偏差値が高い大学の卒業生ばかりではなく、敢えてクラブやストリートで遊んでいる、音楽を心底愛している若者を採用していました。高卒でも、中卒でも、そこは学歴にこだわらずにね。ものすごく新鮮でしたよ。そうすると方程式では割り出せない生きた一番新しい音の情報が会社にどんどん入ってくるわけです。

松浦 無から有を生み出せる活きのいいスタッフを組織で育てていけるのは、僕の理想でもあります。以前、そういう人たちを採用したこともあります。ただ、彼らは無から有を生み出せてもそれ以上のことができない自分自身に時間が経つと不安を感じるらしい。「お前たちはゼロからイチを作れるんだから、今のままでいいんだ」と、彼らを必死になだめました(笑)。

坂本 環境さえ整えれば、無から有を生み出せるんです。日本人は真似は得意でも何かを生むのは不得意だと言われますが、そんなことはない。この前ね、テレビ番組で10代のバンドを集めてYMOの「ビハインド・ザ・マスク」を自由にアレンジさせたんですよ。彼らはこの曲もYMOも知らないから、作曲者の僕への遠慮もリスペクトもありません。だから、本当に自由にいじってきた。ぐちゃぐちゃに切り刻んでね。でも、その仕上がりが素晴らしいんですよ。すごく希望を感じました。嬉しくてね。「お前たちは最高だ!」と言いました。

松浦 新しいものは自由な環境から生まれますね。一方、既成のワクの中からは当たり前のものしかできてこない。会社をそういった既成ワクにしてはいけない、とは思います。でも、さっきの若いバンドのアレンジの話でいえば、坂本さんに柔軟な姿勢があるから彼らの音楽が肯定されるわけですよね。同じ態度が僕にできるかなあ。今の僕の目の前に、かつての僕のようなヤツが現れたら、嫌うような気がするなあ(笑)。


Ryuichi Sakamoto
1952年東京都生まれ。音楽家。'78年『千のナイフ』でソロデビュー。YMOなどを経て、'83年『戦場のメリークリスマス』で映画音楽を手がける。'87年『ラストエンペラー』でアカデミー賞、グラミー賞などを受賞。現在、公開中の『一命』の音楽も担当する。最新CDは『Original Sound Track 一命 Harakiri-death of a samurai』(エイベックス)。
http://www.sitesakamoto.com/
Masato Matsura
1964年神奈川県生まれ。エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長、音楽プロデューサー。日本大学在学中にレンタルレコードショップでのアルバイトで店長を任されたことからビジネスに目覚める。'88年エイベックス設立。2004年代表取締役社長。音楽制作のほか、イベント制作、マネージメント、通信放送事業など、エンタテインメント全般に事業を拡大。

Text=藤原理加、神舘和典 Photograph=三浦憲治

*本記事の内容は11年10月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい