キングジム 宮本彰 隙間狙いで大ヒットを釣り上げる! 10分の1の心に刺さる独創企画術

ユニークな電子機器やアイデア文具など、次々とヒット商品を世に送り出してきた老舗文具メーカー、キングジム。ニッチな商品戦略の宮本彰氏が、今度はモバイルPC市場に目をつけた! 巨大な市場を相手にどんな戦いを挑むのか──。

後発のモバイルPCに勝機はあるのか

「こういう市場なら1割どころか、数パーセントの人の心に刺さればいい。いずれにしたって、うちは電子機器としては零細と言っていい規模。大手メーカーと戦うには、まったく違うものを作って、特色を出していかなきゃしかたないんです」

 気取らぬ口振りで、単刀直入に話す姿に、つい引き込まれてしまう。

 キングジムといえば、スクエアマークが特徴的な「キングファイル」で広く知られる、創業1927年の老舗文具メーカー。ただし、それだけに留まっているわけではない。

 1988年に開発した、表示用ラベルをきれいに作成できる「テプラ」がヒット商品に。電子機器分野に乗り出し、文章を打つことに特化した「ポメラ」、デジタル名刺ホルダー「ピットレック」と、ありそうでなかった機器を続々と生んできた。

 今年、キングジムはさらに大胆な一歩を踏み出した。2月、「ポータブック」XMC10でモバイルPC市場に参入したのだ。

 畳んだ状態だとA5サイズとかなりの小型、でも使用時にはキーボードが本体からはみでる形で広がり、文字を入力するうえでストレスは感じない。8インチの画面は少々小さいと感じるものの、操作性と携帯性を優先する人には好評を得るはず。同社では、初年度販売目標を3万台と掲げる。

 訴求点がはっきりしていて、モノがいいのはわかる。しかし、だ。潤沢な開発費を持つ大企業が群雄割拠するPC市場である。長らく文具メーカーとして歩んできたキングジムは、他のPCメーカーと規模があまりに違う。それに、モバイルPC市場は現在、スマホやタブレットに押され、明らかに縮小傾向にある。各社が積極的に新たな市場を掘り起こそうとする状況にはない。

 巨額の開発費も強固な販売ルートも持たないまま、縮小市場にわざわざ最後発で踏み入るとは。「果敢」と称してもいいが、常識的に考えれば「無謀」と言うほうがぴったりでは? なぜ今、モバイルPC市場に参入するのかと改めて問うと、宮本は冒頭の話をしてくれたのだった。

騒音は消えるのに声は聞こえる「デジタル耳せん」/機内やカフェなどで仕事に集中したい時に最適。
オフィスで意外と困るカバンの置き場/「イスの後ろのカバン置き」はイスに引っ掛けるという、ありそうでなかった斬新なアイデアが光る。
文具業界初のモバイルPC「ポータブック」XMC10/後発ながら巨大な市場に挑む!
「ポメラ」(右上)「テプラ」(右下)などヒット商品は多い。「ポータブック」XMC10(左上)も後に続くか。
電子メモパッド「ブギーボード」/紙に文字を書くような滑らかさが持ち味。
キングジムの屋台骨、歴代のファイル。

縮小市場にこそ活路がある

「確かに大手企業は、市場が縮み始めると商品開発をしなくなりますよね。代わりに、伸びている市場ばかり狙う。でも、伸びている市場は競争が激しいと思うんですよ。仮に1、2割の市場拡大があっても、参入企業が多ければ利益は分散するだけ。結局、売り上げは落ちるのでは? 逆に、皆が手をつけなくなった市場こそチャンスです。市場がゼロでは困るが、ちょっと縮むぐらいは問題ない。モバイルPC市場が小さくなったといっても、文具屋の我々から見たら十分大きく、魅力的ですよ」

 なるほど、縮小市場に参入する意図は飲み込めた。では、他社との規模やノウハウ蓄積の違いは? それは容易に埋められないものに思えるのだが。

「もちろん私にも疑問はありましたよ。文具屋がそんな世界に足を踏み入れちゃいけないんじゃないの、と。開発会議でも危惧する声は出た。でも私たちは、先発の大企業と真っ向から戦うつもりはないんです。大手がやらない"隙間"を狙う。10人の消費者がいたら、そのうち1人の心に『これ欲しいな』と強く刺さるものを作ろうと心がけています。そういう商品なら得意だし、キングジムらしさも出せる。PC市場における隙間が、今ならモバイル機だと判断し、ゴーサインを出しました。私たちには十分大きい隙間なので、たとえ刺さるのが10人に1人以下だって問題ありません」

災害用アイテム「着る布団&エアーマット」/人型の簡易寝袋でいざという時にすぐに動ける。
キングジムを代表するロングセラー文具「キングファイル」。
名刺をスキャンし、データを取り込む「メックル」/1枚あたり約6秒で完了!
文字を打ち込むことに特化した「ポメラ」/徹底的に機能をそぎ落とすという、キングジムの商品開発術が反映されたアイテムだ。

ヒット作「テプラ」を境に電子文具市場を開拓

 独自路線と豊富なアイデアで他との差別化を図り、ニッチな市場を独占する。これがキングジムの基本路線だ。キングジムのこうした「色」は、1992年に社長に就いた宮本が打ち出したものなのか。

「アイデア重視の考えは、創業時からのDNAが受け継がれているのかもしれません。創業者の宮本英太郎は私の祖父でして、町の発明家というべき人物だった。彼は新しいことを考えるのが大好き。葉書や封筒の住所と氏名が書かれた部分を切り取って台紙に差し込む『切抜式人名簿(きりぬきしきじんめいぼ)』を発明、販売したところ、非常に好評を得ました。それを機に材木商から文具商に転じ、キングジムのもとを築きました」

 祖父がつくった本社は、東神田の5階建てのビル。その最上階に住んでいた宮本は、大学を出るとそのままキングジムに入社。祖父の血を継いでアイデアを続々と出してきたのでは?

「いつも考えてはいます。が、どうも私の考案した商品はあまり売れない(笑)。代わりに社員が頑張ってくれていますよ。できるだけ自由に発想してもらえる環境を整えようとはしています」

 宮本の商品が売れない、とは半ば謙遜である。実際、宮本が陣頭指揮を執り、1988年に発売した「テプラ」は累計900万台以上を売り上げている。
「あれは会社にPCが導入され始めたころで、このままいくとオフィスから紙が消えるんじゃないかと言われていました。ファイルを主力にしている我々は、早く何か手を打たないといけない。一部の若い社員が危機感を持って、まったく新しい商品の開発に取り組みました」

 ペーパーレスが喧伝(けんでん)され始めていたとはいえ、当時はまだキングファイルの売り上げは好調だった。人に先んじていち早く動くのが、ヒットの秘訣か。

「早いのがいいというより、資金的余裕のあるうちに手をつけるのが大事。ジリ貧になってからでは、チャレンジができなくなりますから。儲かっているうちなら、失敗しても大したことはないと思えます」

 そう、失敗を恐れず、寛容であることが、キングジムの社風の大きな特色である。

「うちは外から見ると、ヒット商品を次々と出しているように見えるかもしれません。実はそうでもなくて、ヒット率でいえば本当に低い。10個に1個当たればいいほうです。膨大な数の売れない商品を出していて、だからこそたまに売れるものが生まれる。売れなかったものは、いろいろありますよ。自信があるものほど、まったくダメだったりするんですよね」

 下に掲げた画像が、自信はあったのに売れなかった商品の数々である。失敗を繰り返さぬよう、商品の分析を徹底するなどして、確率を上げることはしない?

「マーケティングはほとんどしません。ヒットするものを事前に予測するなんて、非常に難しいことだと思うんです。とりわけ電子製品についてはその傾向が強い。出して、失敗して、そこから学んで、また出してみる。そのうちに、売れるものが生まれる。失敗をたくさんすることが、ヒットを生む唯一の方法でしょうね」

自信作なのに売れなかった今はなき商品4選

1.南京錠がついた「セキュリティドッチ」。ファイルごと持ち出されたら意味がないという声も。 2.写真を撮ってコピーできる機械「ダ・ビンチ」。 3.電子マネーの残高がわかる「リレット」は、機能は魅力的だが7980円は少し高かった。 4.まるで秘書のように、スケジュールを女性の声で伝える「ボイス・タイマー」。

 ゆえにキングジムでは、独自の商品化ルールがある。開発会議で、役員を前に開発者がプレゼンし、役員のうちひとりでもいいと言えば承認される。担当した商品が売れなくても、社員は責任を問われない。

「ゴーサインを出したのは私なんですから、社長が全責任を負えばいいんじゃないですか。ただそれだけのことです」

 徹底的な、責任の所在の一元化。キングジムのアイデアの豊富さと企画実行力は、そこに源泉がある。失敗のリスクを一身に担う宮本は、気が休まる暇もないのではないか。

「いえ、私はオンとオフ、はっきりしてますよ。オフは趣味の釣りに精を出しています。一日笑顔で釣りをすれば、ストレスも消えて健康になれます」

 釣りは完全なオフの場というが、過去にはここでも秀逸なアイデアを生み出した。クロダイの落とし込み釣りで、エサに白い消しゴムを使うことを考案したのだ。岸壁脇を滑り落ちるエサを漁るクロダイは、味や色、形よりも、落下速度がほどよいものに食いつく習性がある。そう宮本は見抜いた。

「要は比重なんです。消しゴムへ行き着くまでに、カマボコ、甘納豆、チューイングガム......。あらゆるものを試しましたよ。最適なものを見つけた時の喜びたるや大変なものでした」

 休みの日もやはり、アイデアを考え続けているのだ。そもそも釣りと商売は、似ているところが多々ある、とも。

「釣りをしている時、魚は水面下のどこにいるのかわからない。見えない水中の様子を推理し、どんなエサなら食うか想像して糸を垂らします。マーケットも目に見えないし、思いどおりにならないけれど、何とか予測して商品を投入する。読みが当たって、魚が釣れたりヒット商品が生まれれば、こんなに楽しく面白いことはありませんね」

1.ほぼ週一で海に出るほど大の釣り好き。過去には洋上で大物を狙ったが、現在はヘラブナ釣りを楽しむ。 2.魚をモチーフとしたネクタイとタイピン。 3.初めてブラックバスを釣り上げたルアー。米国製の年季もの。
Akira Miyamoto
1954年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、祖父が興したキングジム入社。84年、常務取締役総合企画室長。86年、専務取締役。92年より代表取締役社長に就任。自ら開発に携わった「テプラ」を88年に発売、ヒット商品に。独創的なアイデア商品を続々と世に送り出している。

Text=山内宏泰 Photograph=江森康之

*本記事の内容は16年2月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)