延期でモチベーションの明暗が分かれた瀬戸大也と萩野公介。ライバル物語の行方は?【東京五輪の現場から】

約1年の延期が決まった東京五輪。本連載「東京五輪の現場から」では、まだまだ先行きが見えないなかでメダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。

「喪失感で抜け殻になりました」(瀬戸)

「1日1日無駄にせず頑張りたい」(萩野)

延期決定から4ヵ月以上が経過しても、気持ちを切り替えられずにいる。8月3日。競泳男子の200メートルと400メートルの個人メドレーで東京五輪代表に内定している瀬戸大也(26=ANA)がモチベーション維持に苦しむ現状を明かした。

アドバイザリー契約を結ぶデサント社のオンラインイベントに出演し、近況を報告。「練習は再開しているが、身が入らない日々が続いています。練習を休んでしまう時もある。気持ち的に厳しい時期を過ごしています」と歯切れは悪かった。

6月24日、2016年リオデジャネイロ五輪400メートル個人メドレー金メダリストの萩野公介(25=ブリヂストン)は視線を前に向けていた。オンライン取材に応じ、胸中を吐露。「僕は昨年休みをいただいて練習していなかった時期があるので、準備の期間が増えたという前向きな気持ち。また頑張ろうという気持ちになりました。(五輪が)1年伸びたからこそ、できることがある。1日1日無駄にせず頑張りたい」と力を込めた。延期決定後、比較的スムーズに気持ちを切り替えられた。

瀬戸は昨夏の世界選手権(韓国・光州)の優勝により、2種目で五輪出場が内定。今年に入ってからは更にギアを上げ、1月18日のチャンピオンシリーズ北京大会の200メートルバタフライで松田丈志氏の保持していた日本記録を12年ぶりに更新した。

その1週間後の北島康介杯では本命種目の400メートル個人メドレーで4分6秒09の自己ベストを叩き出した。萩野がリオ五輪の決勝で出した日本記録に0秒04差に迫る好タイム。東京五輪では誰もが認める金メダルの最有力候補だっただけに「コロナがなかったら、どうなっていたかなと思う」とのコメントに悔しさが滲んだ。

萩野はここ数年、極度の不振に陥っていた。リオ五輪後の'16年9月に受けた右肘手術の影響や、五輪王者の肩書きの重圧もあり、記録が低迷。昨年2月16日のコナミオープンの400メートル個人メドレーで自己ベストより17秒以上遅いタイムに終わると、モチベーション低下を理由に約2ヵ月間の休養に入った。

復帰後も本来の姿にはほど遠く、もがき苦しむ日々。2月下旬からのスペイン・シエラネバダでの高地合宿などを経て、徐々に状態は上向いていたが「正直、今年五輪が来たら厳しかったと思う。金メダルが難しかったというレベルの意味ではない。もっと下の次元の話」と認めている。

瀬戸は五輪延期の決定を受け、小学5年時から指導を受けた梅原孝之コーチ(50)との関係を4月に解消。新コーチとして、埼玉栄高時代の同級生である浦瑠一朗氏(うら・りゅういちろう)を招へいした。五輪の前年に、本格的な指導経験のない新コーチとタッグを組む異例の決断。劇薬とも言える方法で自らを刺激し、一度途切れた気持ちを再び奮い立たせようとしている。

常にポジティブな姿勢を崩さなかった瀬戸だが、現在は前向きな言葉が影を潜めている。4月には自身のSNSで「延期が決まった時は喪失感で抜け殻になりました」と発信。デサント社のイベントでも「五輪が中止になったわけではないので、来年あると思って準備をしなきゃいけないが、完全にスイッチを入れられていない。正直、自分を見失っている部分がある。自分が何を考えていて、何を目指しているかも分からない状態」とらしくない発言が続いた。

瀬戸と萩野は言わずと知れた同学年のライバル。リオ五輪の400メートル個人メドレーでは萩野が金、瀬戸が銅メダルで一緒に表彰台に上がった。心身ともにキャリアで最も充実した時期にコロナ禍に見舞われた瀬戸と、どん底を脱しつつある状況で準備期間が延長される形となった萩野。くしくも対照的な位置からの再スタートとなった。ともに過去の実績でポテンシャルの高さは証明済み。萩野が早々に好タイムを出し、刺激を受けた瀬戸が再び東京五輪に向けたスイッチを入れる展開になれば、1年後に2人が金銀メダルを分け合う可能性も十分にある。

Text=木本新也