テスラCEO イーロン・マスク クルマが変わる、未来が変わる。「100%電気革命」を連れてきた男

21世紀のビル・ゲイツか? また地球環境を救うヒーローか? IT革命児のテスラモーターズ 会長兼CEOイーロン・マスクが創る電気自動車は、セクシーで高級な車体に新技術を満載してビジネスを着々と構築する。車業界全体の、そして全世界マスコミの話題をさらう企業家イーロンのいまだ知られざる素顔に迫る!

私財を投じて人類の次の環境を考える。それが自分の使命

イーロン・マスク氏(左)と聞き手の蟹瀬誠一氏(右)氏

想像していたよりずっと柔らかな手だった。長年の取材経験から、最初に握手をした時に私はその人物の性格がわかる。そっと手を差し伸べ、申しわけなさそうに握る控え目な人。こちらの眼を見つめてギュッと握ってくる挑戦者型。必ず両手の営業上手。いきなり力を込めて上下にこれでもかと振る自信家。米国で注目の若手起業家イーロン・マスク氏(39)は明らかに最後のタイプだろうと思っていたら、私の予想はみごとに裏切られた。180cmを超える長身、がっちりとした体形。だが握手はソフトで、話しぶりもいたって穏やかだったのである。

「両親の都合で引っ越しが多く、子供の頃はひとりで本ばかり読んでいました」と、自身の内向的だった幼少期を振り返る。科学小説やエジソンなどの伝記が大好きだったという。コンピューターにも人一倍興味があった。10歳でプログラミングを独学でマスターし、12歳の時にはすでに対戦ゲームソフトを製作し数百ドルで売ったという。「ただのギーク(コンピューターおたく)でした」と、はにかみながら笑みを浮かべたが、この頃からすでに遊びが仕事であり、仕事は遊びの感覚を身につけていたのかもしれない。集団に帰属しない個人の可能性。それが後に凡人の想像を超えた世界へと彼が突き進む原動力となる。

テスラ、最新の高級EVスポーツカー「ロードスタースポーツ2.5」と。1回の充電で394km走行、100km/hまでの加速が3.7秒と、街中ユースのイメージだったEV車の概念を一気に変えた。

まずは、彼の生い立ちを振り返っておこう。1971年6月28日、イーロン・マスクは南アフリカ共和国の首都プレトリアで生まれている。父は地元のエンジニア、母はカナダ人栄養学者で、その美貌からニューヨークでモデルもしていたという才女だ。彼の優しさはその母親ゆずりである。

「母からは常に他人に親切であるようにと教えられました。とても愛に溢れた人です」

そう話すイーロンの瞳は一瞬子供の頃に戻った。一方、職人肌の父親は彼にとって教師のような存在だったという。

「父はエンジニアだったので、子供の頃から疑問が起きると、すぐ父に何でも聞きました。これはどうなってるの? どういう構造?といった具合です。ロケットなんかについてもいろいろと教えてもらいました」

ただ、コンピューターに関しては意見が合わなかったという。

「父は数学に秀でた絵を描くのも上手い面白い人ですが、コンピューターが将来、人間社会を変えるようになるという私の考えを信じなかったんです! もちろん、今は考えも変わったようですけど(笑)」

テスラEV車の特徴は、パソコンにも使う汎用の円筒形リチウムイオン電池を数千本組み合わせたバッテリーだ。大手メーカーが専用電池の高い開発費に悩むなか、低コストの汎用電池を活用する独自技術は量産化の可能性を高めた。

意見の相違はそれだけではなかった。ティーンエージャーとなったイーロンは新天地を求めてアメリカへ行きたいと願ったが、父は反対した。背景には徴兵制度があったことは想像に難くない。当時アパルトヘイトと呼ばれる黒人隔離政策が取られていた南アフリカでは、白人男性は18歳になると兵役が義務づけられていた。母から深い人類愛を教えられたイーロンが、黒人を抑圧する軍隊に入隊することに矛盾を感じないはずはなかった。もちろん父や、そして自分が生まれた祖国に対する愛国心を失った訳ではない。弱冠17歳の青年にとって、それはとても厳しい決断の時だったのである。

「でも、それだけじゃないんです。海外へ行き、しっかりと自分の人生を構築していきたいと考えるようになったのです」

バッテリーは日本、カーボンファイバーはフランスで特注、イギリスでシャーシを仕上げ、組み立てはカリフォルニア、と車づくりもシリコンバレー方式! 既存のやり方にはこだわらない。

そう当時の心境を振り返る。結局、母親の親戚がいるカナダの大学へ入学。だが、アメリカへの夢を捨てた訳ではなかった。

「アメリカの、やる気さえあれば何でもできるという精神に惹かれていました。それに何といっても最新のテクノロジーがありましたし」と語るイーロン。そしてカナダから米・ペンシルバニア大学へ編入した時に、いよいよ彼のアメリカンドリームは始まった。

まず、大学で経済学と物理学の学士号を取得。そしてカリフォルニア州の名門スタンフォード大学大学院でエネルギー物理学を研究する切符を手にした。しかし、そこからが彼の真骨頂。時は1995年、インターネットブームの到来である。ビジネスセンスに長け"コンピューターおたく"だったイーロンがそのチャンスを見逃すはずがない。

昨年10月にアジア初のショールームを東京・青山にオープンしたテスラ。「日本をアメリカに次ぐ第2の市場にしたい」と意気込みを語る。

即断即行動は成功する起業家の共通点。スタンフォードをわずか2日でドロップアウトして、彼にとって初の会社、Zip2 Corporationを設立する。街の情報をオンライン・サービスする会社で、ニューヨーク・タイムズ紙やシカゴ・トリビューン紙といった有名新聞社のサイトにコンテンツを提供するようになる。当時は資金が限られていたため賃貸事務所で寝泊まりしていたという。

ベンチャー投資家から360万ドルを調達し、事業が軌道に乗ると、Zip2はコンパック社に3億ドル強で買収される。いかにもアメリカらしい。イーロンはZip2株のうち7%を保有していたから 、28歳にして2200万ドルの大金を手に入れたことになる。バブルに浮かれた日本のIT長者なら小躍りして散財してしまうところだろう。しかし、これは彼にとっては子供の頃から描いていた夢を実現するための第一歩に過ぎなかった。

「他人が大切にしている価値観を考え、それを形にしてあげれば人はお金を払う。お金は社会で常に必要性のあるところへ流動するものです」

ホームコネクターでも充電可能。専用の急速充電器なら空の状態から約4時間で完了。試乗した蟹瀬氏の感想は、「出足がよくて静か。車の未来を感じる。ウーン、欲しい!」

お金を何に使うか、目的を明確にしておくことが大切

イーロンのマネー哲学はいたってシンプルだ。言葉どおり、彼は手元資金を使いインターネットが普及した当時、誰もが必要と感じていたオンラインの金融サービスX.comを1999年に立ち上げる。続いてインターネットの決済サービス会社PayPalを手中に収める。そのPayPalを今度はネット通販・オークション会社eBayが15億ドルで買収。その瞬間、イーロンは1億6500万ドル相当のeBay株を取得することになった。

「金儲けのために悪魔に変身してしまう人間もいるが、大切なのはそのお金を何に使うのかという目的をはっきりさせておくこと」と、イーロンは世の拝金主義者に忠告する。

イーロンの目的は明確である。ふたつの夢の実現だ。一つは、地球環境を守るため持続可能なエネルギーを実現すること。二つ目は、人類の新しい環境を求めた、宇宙への旅立ちである。いずれも私財を投げ打って、人類のために自身を捧げるミッションである。

「21世紀に課された最大の課題はエネルギー問題です。ガスや石油。もうそれが枯渇しかかっていることは皆、知っています。早く消費エネルギーから持続可能なエネルギーにシフトしていかないと。また、さらにその先のことまでを考えた、人間の移住先としての宇宙空間にも強い関心を持っています」

ひときわ大きなジェスチャーを交えてイーロンはそう語る。あまりにも壮大な話であるため、彼を単なる"夢見人"と嘲笑する人もいる。しかし、イーロンはただひたすらまじめに目標に向かって走っている。

「EV車は必ず主流に。明るい未来は経営者が創る」

「未来の私たちの進化と発展は、この地球の構造を理解した上で成り立つものです。そんな時代に私を含めこれからのリーダーや経営者にとって必要なものとは何でしょう? 明るい未来を信じられる仕事を創ること、それこそがリーダー自身の誇りにも繋がっていくと思うのです」

その一つの答えとして彼が出したのが、先に日本でも大きく報道された電気自動車(EV)、そしてそれを製造販売する企業テスラモーターズの設立だ。

「私はずっと以前から、電力が安定したエネルギーになると確信していました」と最新のEVスポーツカー"ロードスタースポーツ2.5"に触れながら話す。東京で行われた記者会見でも「テスラの考え方として、自動車業界全体は長期的に完全に電気に移行する」と強調していた。もちろん電気自動車の心臓部であるモーターやバッテリーの改良やインフラ整備、安定した電力の供給、廃棄バッテリーの処分法など、EV社会の実現にはまだいくつものハードルがある。しかし越えられない壁ではない。

「目標を立てたら、それに到達するためのあらゆる問題解決法を考え、取り組むほうです。私は目の前の現実にも、未来に対しても基本的に楽観主義者ですから」とイーロンは笑う。

「しかし、自分が取り組んでいることは大きな可能性を持ち、そしてこの地球にポジティブな影響をもたらすという認識は常に持っています」

ビジネスマンでありながらサイエンティストでもある彼の言葉には強い確信性が伴う。

同時に、そんな明確なヴィジョンを持つイーロンの周りには必ず強力なパートナーも現れる。

イーロンはロケット・宇宙開発を手がけるSpaceX社も経営する。

10年5月、「未来の風を感じる」と豊田章男社長自らがコメントし、提携が決まったトヨタ自動車。続いて11月には、リチウム電池技術に強いパナソニックが資本提携を発表した。

自動車史においても大きな変革期、成長が見込めるEV市場では、開発競争も世界的にヒートアップしている。そこで、真に未来環境に懸けようとするメーカーにとって市場の主導権を握るには、テスラのような新進技術を持った、そして協業によって発展しようとするパートナーが理想的だ。テスラにとっても大手メーカーと組むことで資本調達が可能となり、量産体制を学べる利点がある。まさに先述のイーロンのビジネス哲学、「他人が大切にしている価値観を形にしてあげることで、ビジネスは成立する」が体現されているのだ。

ところで、イーロンの楽観主義についてだが、それはすでに地球をも飛び出している。ロケットに関して自身をチーフエンジニアと称するイーロン。2002年には現にSpaceXという宇宙ロケットの会社を興し、人類の宇宙移住の計画を着々と進めている。その証拠に、設立からわずか6年で民間企業としては初めて液体燃料ロケットFalcon1を地球の周回軌道に乗せ、さらに'10年にはアメリカ航空宇宙局(NASA)と提携して、他の惑星への宇宙飛行を目指す大型2段型ロケットFalcon9の軌道投入にも成功している。ロケットの名前は他ならぬ映画『スター・ウォーズ』から拝借したものだ。イーロンは20年以内には、一般人の火星への宇宙旅行が実現可能だと信じている。

「人間が違う環境下にあっても生き延びていけることはすでにわかっています。まぁ、まずいシナリオとしては別の惑星で他の生命体と出くわしてしまうことぐらいですかね......」

夢を一歩ずつ着実に現実に近づけるイーロン。そのために彼は働き続ける。労働時間は週に100時間を下らない。

「ふたつの会社と5人の息子の面倒を見ないといけないんです」

プライベートのことをあまり語りたがらないイーロンだが、6歳の双子と4歳の3つ子がいる。インターネット時代の寵児だが、フェイスブックもツイッターもやらない。時間は子供たちと遊ぶために使う。そんな彼の二面性が、人間的魅力をより際立たせる。

別れ際、彼にとって仕事とは何かと尋ねた。すると笑顔とともに次の一言が返ってきた。

「それは、クリエーション(創造)。そして(暫らく考え込んでから)、やっぱりLOVEかな」

Elon Musk
1971年南アフリカ共和国生まれ。起業家。テスラモーターズ会長兼CEO。製品設計責任者としてデザインにも携わる。テスラ以外の責務としては、SpaceX社でCEO兼最高技術責任者、太陽光発電のSolarCityでは会長を務める。自他ともに認めるワーカホリック。趣味は子供と遊ぶことと映画鑑賞。

Text=蟹瀬誠一 Photograph=川口賢典

*本記事の内容は10年12月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい