日本語の魅力は想像力を掻き立てる"曖昧さ"。小山薫堂が選んだ「旅する日本語」

羽田空港の出発チェックインロビーの頭上の壁面を飾る巨大なアート。それは放送作家の小山薫堂が旅にまつわる小さな物語を執筆し、イラストレーターの小池アミイゴが絵を描いた作品「旅する日本語」だ。その展示に合わせ、一般の方からも作品を募集。約4000件の応募の中から、小山薫堂、小池アミイゴ、そして前回の「旅する日本語2017」で絵画を描いた片岡鶴太郎が、それぞれお気に入りの1作を選出した。


「私の旅する日本語2018投稿キャンペーン」小山薫堂賞

「今回の選考には、とても頭を悩ませました。というのも、全体的なレベルが前回よりもはるかに上がった。

原稿用紙10枚くらいのショートストーリーを作れそうな作品や、ショートムービーになりそうな物語がたくさんありましたね。ストーリーに写真を添えて投稿してくれた方も多くいらっしゃいましたが、ストーリーと写真のマッチングが素晴らしい。整合性のある写真をうまく選んだな、と感心しました。

では、発表します。小山薫堂賞は“わこ”さんの『生い優る』です」

かさついた、けれども柔らかな手は触れると少しだけ冷たい。

「おばあちゃん、指先が冷たいよ」
私がそう言うと祖母は笑った。
皺のある眦が曲線を描いて穏やかになる。

祖母は今年で九十六歳だ。
「座る椅子が足りないね。持ってこようか」
耳が随分遠くなったが、優しい所は昔から変わらない。

数日前に祖父が亡くなった。
祖母は号泣しながら、長年連れ添った伴侶に「お疲れ様でした」と声を掛けていた。

「遠くから来てくれてありがとうね」
私の久しぶりの訪問に、祖母はとても喜んだ。
社会人になって、会いに来る頻度が減っても祖母は私を責めない。
次はいつ来る? と急かしたりもしない。

気持ちを正しく言葉にすることと、気持ちを抑えて言葉にしないことは、きっと同じぐらいに難しい。

どんな風に年を重ねたら、私は祖母のようになれるのだろう。

「それじゃあ、また来るね」

帰りがけに祖母の手を取る。

いつの間にかあたたかくなっている指先に、私は安堵する。

「選定の理由の1つめは、書き出しと結びの美しさ。

『かさついた、けれども柔らかな手は触れると少しだけ冷たい』で始まり、『いつの間にかあたたかくなっている指先に、私は安堵する』で結ぶ。

『冷たさ』『あたたかさ』という対照的な言葉を用いて、ストーリー性を高めるわけですが、その緻密な計算が実にさりげない。こうした計算は、狙い過ぎるとかえって逆効果になりがちですが、この作品はバランスがとれていて、美しくまとまっていると感じます。

2つめの理由は、はっとするフレーズがあること。『気持ちを正しく言葉にすることと、気持ちを抑えて言葉にしないことは、きっと同じぐらいに難しい』。僕もお手本にしたいくらいのフレーズです。この1文が文章全体の中で、とてもよく効いています。ハイレベルな応募作が多い中で、この1文が選定の決め手になったともいえますね。

“わこ”さんをはじめ、投稿してくれた全員に感謝するとともに、今後の創作活動に向けて僕からひとつアドバイスします。それは、必要以上に説明しないということ。

ショートストーリーは、リズムが命。読者の頭の中に文章がすっと入っていくためには、ポンポンポンという心地いいリズムが重要です。そのためにも、必要のない言葉を省き、できるだけ端的に短く言い切る意識をもつといいと感じます。

それに日本語は“曖昧さ”が魅力の言語です。よく"行間を読む"というでしょう。言葉としてはっきり書かれていなくても、余白から情景を想像することができる。曖昧だからこそ、心地いい余韻を残すということもある。想像力を掻き立てる――それがほかの言語にはない、日本語特有のおもしろさなのですから。

僕は旅にも想像力が大切だと思います。というのも、旅行の期間中ずっと最高の体験を続けられるわけではありません。ですから、印象に残ったひとつの出来事を題材に、頭の中で空想の世界を膨らませていく。心が楽しく豊かになるとともに、その空想が魅力的なショートストーリーに発展するかもしれません。そんな有意義な旅を、ぜひ実践してみてください」


Text=川岸 徹 Photograph=太田隆生


【小山薫堂×小池アミイゴ】羽田空港ロビーで目にする「旅する日本語」まとめ


小山薫堂
小山薫堂
放送作家、脚本家。1964年熊本県生まれ。『料理の鉄人』など多くのTV番組を企画。脚本を手がけた映画『おくりびと』では、アカデミー賞外国語映画賞受賞。名レストランの経営手腕にも注目が集まる。
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