トランプVSイラン① 元NHK特派員・立岩陽一郎が振り返る激動のイラン ~LIFE SHIFT第20回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストによるエッセイ。20代で赴任したテヘラン支局時代の様々な思い出を振り返りつつ、現在のイランとトランプの対立について考える。


イラン革命から40年

アメリカとイランとの緊張の度合いが極めて高まっている。こうした中、安倍総理はイラン訪問を発表。それについてトランプ大統領も同意したという。日米首脳会談の前にはイランの外相が来日している。日本にアメリカとの関係改善の仲立ちを求めたとみられる。

日本は伝統的にイランと良好な関係を築いてきた。一方で、日本にとって最大の同盟国であるアメリカのイラン嫌いが徹底していることも間違いない。1979年にイランでイスラム革命が起き、学生らがアメリカ大使館を1年間にわたって人質にとるなどしてアメリカとの関係が悪化し、アメリカはイランと断交。イランへの制裁を強めるが、日本はイランから石油を買い続けた。それは今も続いている。

私はそのイランに1997年から1998年まで駐在した。それは逮捕という形で終わるのだが、それはイランのような報道の自由が認められない国では普通にあることだ。特に西側のメディアであるNHKの特派員だった私は四六時中監視され、電話は盗聴される。面白いことがある。早口で話すと電話が突然切れる。盗聴先が追えなくなったのだろう。

支局員も事実上、当局のスパイだ。それも仕方がない。西側のメディアで働くためには、定期的にこちらの状況を報告する必要があるからだ。

このイランでの日々については既にサッカーワールドカップ秘話と、前々回のイラン取材記で伝えている。今回はイラン取材記の続編となる。

前回、イランにハタミ大統領が誕生した時の話を書いた。後に「文明の対話」というコンセプトを掲げる大統領は、その就任式で私の英語での問いかけに応じた。そのニュースは「イランに新たな風が吹いた」として世界を駆け巡ったが、同時に、私を普通の特派員とは異なる位置に置いた。イラン政府にその名を知られるようになったのだ。当然それによって良いことと悪いことが起きる。先ず起きたのは良いことと言っていいだろう。

暫く後のことだ。大統領府での動きをフォローするように伝えていたカメラマンのマームードから情報がもたらされた。

「ボス、いつもの様に大統領府の近くにいたら中から男性が出てきて、『NHKか?』と尋ねるんです」

当然、ばれているんだろう。海外特派員が社会部記者の様な張り込みなどはしないが、私はマームードには大統領の動きを定期的にチェックするように伝えていた。当然、それは大統領の側でも把握しているのだろう。警察国家とはそういうものだ。

「明日の早朝、大統領はヤズドに行くそうです」

「ヤズド?  本当か?」

これはかなりセンシティブな情報だ。ヤズドとは、イランの少数民族の住む地域で、ゾロアスター教の聖地でもある。拝火教だ。そこに住む人々は今も少数民族の生活を維持し、多くがゾロアスター教徒だ。つまりイスラム教徒ではない。

実はハタミ大統領はそこの出身だという説もあった。それ故、ガチガチのイスラム教ではなく、西側との融和に前向きなのだという憶測も出ていた。故郷に錦を飾るという言い方もできるが、いきなりイスラム教徒ではない少数民族の住む場所を訪問するというのは、政府内では衝撃が走る話だ。

「マームード、ヤズドに行く準備だ」

「OK、ボス」

マームードは支局で最も信頼できるスタッフだった。その彼のおかげで、我々はハタミ大統領の素顔を取材する機会を得たのだ。そしてヤズドに先回りして待っていると、大統領一行が到着。

少数民族の女性らが出迎えて、ハタミ大統領に花束を贈る。そして少女らが古くから伝わる踊りを披露する。それを見てほほ笑む大統領。

イランは変わるのではないかと感じた瞬間だ。

「マームード、よくやった」

「ボス、AFPがいたのは残念ですね」

この訪問をイランのメディアは報じないし、それ故、日本の他のメディアも報じていない。ただ、フランスのAFP通信は現地に来ていた。そしてAFP通信によって世界に報じられている。

フランスはイランと独特な関係を持っている。以前、サッカーワールドカップの話をしたとき、私が「潜入」した国営自動車工場「イラン・ホドロ」はフランスのルノーの技術支援を受けていた。また、航空機も、フランス主導のエアバスはイラン航空も購入していた(しかしアメリカがロールスロイス製のエンジンの輸出を禁じたため、動かぬ飛行機となっていたが)。そういう意味で、フランスのAFP通信もイランでの取材には力を入れていた。フランス人支局長の下に9人のイラン人記者を雇っていた。そのうち、ヤズドで一緒になったイラン人記者とはいろいろな現場で一緒になったが、実に優秀なジャーナリストだった。名刺交換などもしていないが、今も時折、その飄々とした風貌を思い出す。

国防大臣の会見「お前の英語は下手すぎてわからない」

特派員の仕事のやり方には個人差がある。最も多いのは現地の新聞報道をチェックしてそこから日本向けのニュースを出すケースだろう。それはそれで重要なことは間違いないが、こういう取材ばかりしていると、確実に動きはにぶくなるし、何より、面白くない。

私は30手前という若さもあり、そういう取材には興味がなかった。仮に、他の日本の特派員が書いた内容を私が落としていても、それは後追いすればよいだけのことだからだ。それよりも、自分なりのニュースを探した。

ここでわかりにくいイランの政治体制を細かく説明する必要があるのだが、残念ながらその詳しい知識は実は私にはない。だから極めて簡単に書く。

イランの最高権力者は大統領ではない。大統領の上に最上位のリーダーがいる。昔はホメイニ師であり、現在はハメネイ師だ。彼が主導するイスラム聖職者会議が最高意思決定機関だ。それは大統領の上にいる。

その結果と言って良いだろう。ハタミ大統領の閣僚の中でも、大統領の権限が及ばない役職がある。その筆頭は、国防大臣、司法大臣だ。つまり、軍と警察という一種の暴力装置は、ハタミ大統領にではなく、イスラム聖職者会議、つまりハメネイ師の指揮下にある。そして、そういうグループを我々西側メディアは「保守派」と呼んでいる。本当は、それほど単純化はできないようだが、残念ながら私にはそれ以上に説明する知識はない……当時はもう少しあったとは思うが。

イランの大統領は国民の投票によって決まる。ハタミ大統領は地滑り的勝利という圧倒的な支持によって大統領になっている。これは、中東では極めて稀な民主制度に基づいて選ばれた存在だが、基本的に、大統領が最高権力者でないという点は踏まえておかないといけない。

だから、イランの動きを見るのには、国防大臣や司法大臣の動きも見ないといけない。その国防大臣の名前は忘れたが、ガキ大将がそのまま権力を握ったような男性だった。大柄で粗野な感じを隠さないその大臣は、英語が話せるという触れ込みだったが、記者会見で私が英語で質問すると、「お前の英語は下手すぎてわからない」と言って周囲の記者の笑いをとって悦にひたっていた。恐らく英語の理解力はたいしたことはないのだろう。

その記者会見は定期的ではなく、本人の気まぐれで開かれていた。私の英語について中傷したのは最初の会見だったと記憶している。この大臣はこう言ったと支局記者のアリが通訳した。

「しかし日本人は英語は下手だが、素晴らしい民族だ。特に、トルコ人のように愚かではない。トルコ人は家の天井の電球を交換する時、机の上に立って、周囲の人間が机を回すらしいからな。日本人は我々と同じように電球を回して外す」

アリも追従で笑っているのは仕方ない。しかし、トルコ人を公式会見でそこまで愚弄するというこの大臣に、我々が「保守派」と呼ぶ人々の考え方を垣間見た。イランとトルコが仲が悪いわけだ。

結局、質問に答える気もなさそうなのでそのまま席に着いたが、会見後に国防省の担当者が近づいてきて、「大臣が会いたいと言っている」と声をかけてきた。断る話ではないので、アリを待たせて、一人で大臣の部屋に行くと、豪華なつくりの席に座っている。その周囲に数人の事務方が立っていた。私は大臣の豪華な机の前に座らされた。

なにやら尋問でも始まる雰囲気だったが、大臣から、「お前は、日本の国営放送の記者だな?」と問われた。これは英語だった。そのくらいの英語は話せるのだろう。

NHKは国営放送ではないのだが、困ったことに歴代の支局長が「NHKは国営放送だ」と説明してきたこともあって、そういうことになっている。勿論、非民主的な国では、その方が都合が良いという事情もある。

「日本のNHKの記者です。先ほどは、私の下手な英語で質問して申し訳ありません。是非、通訳を通じて話をさせてください」

そういうと大臣は満足そうに、通訳に伝えた。

「アメリカが空母を派遣しているということだが、明日から大規模な軍事演習をペルシャ湾で始める。軍事的な衝突が生じた際には、その責任はアメリカにある」

「大規模とはどのくらいの規模?」

「過去にないとてつもない規模だ」

大臣の部屋を出てからアリと合流して直ぐに支局に戻った。そのニュースが大きな扱いとなったのは当然だろう。それは今も変わらない。

トランプ大統領がアメリカの空母打撃部隊をホルムズ海峡に派遣すると言ってそれが大きなニュースになっている。それに対して今のイランのロウハニ大統領は、軍事的な対抗策は語っていない。仮に、「対抗して大規模な軍事演習を行う」と主張すれば、これも大きなニュースだろう。

軍事演習は常に実際の軍事衝突の引き金になる危険性をはらんでいるからだ。勿論、演習を語った軍事行動もあり得る。

つまりそういう特ダネ性の高い情報の提供を受けたということだ。もちろん、情報操作という面は多分にある。

原稿は先ず東京のデスクに連絡をしてNHK内でニュースを出す準備をしてもらう。デスクは私の上司になる。私のデスクは後に「あさイチ」で人気となり、NHKを退職した今はテレビ朝日などでコメンテーターとして人気を博しているヤナギーこと、柳沢秀夫氏だった。湾岸戦争を現地で取材した中東取材のスペシャリストだ。

特派員は勝手にニュースが出せるわけではない。どんなに騒いでみたところで、本社のデスクが拒否すればニュースにならない。柳沢デスクは当然、このニュースの重要性を理解している。直ぐにニュースの準備をしてくれ特報として報じられている。

ただ、柳沢デスクが、「このニュースはハタミ大統領にとってはマイナスだな」と言ったことが記憶に残っている。つまり、「保守派」による大統領への牽制という側面を持っているということだ。ハタミ大統領がアメリカとの関係改善に踏み出そうとしても、こうしたニュースが出ることでその環境は損なわれる。このニュースによってアメリカ政府は対応を硬化させるからだ。報道が国際社会を左右することがあるというシビアな側面を柳沢デスクが指摘したのだろう。

ニュースについて日本大使館から問い合わせが来るなど、反響があったのは予想の範囲だったが、驚いたのは翌日のイランの新聞の報道だった。一面で、「イラン革命防衛隊がペルシャ湾で大規模な軍事演習」と書いているのだが、問題はその情報源だ。あらゆる新聞が、「日本の国営放送NHKが報じた内容によると」となっていた。

これは前回に書いたが、アガザデ石油大臣の時と同じで、東京のイラン国営通信社がNHKのニュースを伝えるという形となっていた。

何か、におうなぁ……とは、その時は思わない。まさに、若さゆえの愚かさというものかもしれない。

JETROテヘラン事務所の美女M

ところで、当時のイランの日本人社会というのは極めて小さなもので、商社は当時のトーメン(現在の豊田通商)と丸紅が最も大きく、その次に三菱商事、三井物産が続き、あとは一人か二人の事務所といった状況だった。それはイランとの貿易が目立つことでアメリカとの商売に支障が出ることを避けたいという日本企業の思いを反映している部分もあるが、実際に、イランでのビジネスがさほど大きいものではなかったという当時の状況を反映している。

それでも各国と同じで、JETRO=日本貿易振興会は事務所をおいており、そこに日本人所長1人が駐在していた。日本人所長は私より二回りくらい上の男性だったが、よく私の取材に応じてくれた。こう言っては失礼だったが、さほど忙しくなかったのかとは思う。とても親切に教えてくれるので、私も時間さえあればJETRO事務所へ行って教えを乞うていた。

そんなある日、所長からある女性を紹介された。JETRO日本事務所で働くイラン人のMだった。

「ミスタータテイワ、お会いできて光栄です」

当然だが、彼女は英語で話した。驚いたのは、背の高さと鼻立ちの通った端正な顔ではなく、その流ちょうな英語だった。

「彼女はテヘラン大学を学部、大学院と首席で卒業した才媛です」

所長はそう言って意味深な表情を見せた。そして言った。

「立岩さん、独身ですよね?」

私は頷いたが、深くその意味は問わなかった。

その後、Mは時折、NHKの支局にJETROの資料を届けるようになった。夫婦でもない限り、男女が外で会うことはできない。まして、イラン人の彼女と私は、例えば、車の運転席と助手席に座るということもできない。直ぐに警察に捕まり、私は釈放されるが、彼女はそう簡単には釈放されない。

勿論、支局で会うことも危険ではある。会話は盗聴されている。特に、アガザデ石油大臣の辞任後は、電話に雑音が入るようになっており、支局では常にイラン国営放送のテレビ番組を、ボリュームを大きくして流していた。

「あなたはNHKに来ない方が良いと思う」

そう伝えると、彼女は不思議なことを言った。

「私はイラン人ではありませんので、心配ありません」

イラン人ではない? それでは何人なのか?

「シリア人」……と最初は言っているのかと思った。英語でのやり取りだったからだ。確かに、シリア人も白人だ。彼女もヨーロッパ系の白人の顔をしている。例えるならば、昔アメリカにブルック・シールズという女優がいたが、似ている。それからしばらくたった後、彼女が再び来た時にそう言うと次の様に返してきた。

「彼女の一族も、もともとはイランに住むアッシリア人でしょう」

「アッシリア? シリア人ではなく、アッシリアですか?」

「ええ。私はアッシリア人です。シリア人ではありません。アッシリアです」

アッシリア人……あの世界史で習う楔形文字の民族だ。

「アッシリア人? アッシリア人はまだ存在しているのですか?」

「ええ」

かなり失礼な言い方だった。彼女はそう言って寂しそうに笑った。私は謝った。

彼女に言わせると、アッシリア人は中東の各地に散って生活しており、今は多くが迫害を逃れてアメリカに渡っているという。ブルック・シールズがその一族だと彼女が言うのは、シールズという名前が、それを表しているのだという。

それから彼女のことや家族の話になった。彼女には婚約者がいるのだという。中央銀行の中堅幹部で50歳くらいだという。それは私と同世代と思われる彼女より二回り近く上の年齢だ。

「彼もアッシリア人です。私はイラン人とは結婚できないのです」

同じアッシリア人で社会的な地位の高い人物ということで、自分より二回り上の男性と一緒になるということか……ふと見ると、彼女の目が潤んでいる。気まずくなったので私は話題を変えた。

「ハタミ大統領の後ろ盾を知りたい。ラフサンジャニですか?」

この質問は前からしたかったものだが、その時は緊急避難的に出した。彼女は一瞬表情を硬くしたが、「調べてみます」と言って支局を出て行った。

テヘラン市長カルバスチとの面会

それから暫く彼女は支局には姿を見せなかった。その間にJETRO主催のイラン各地の視察も行われ、そこに彼女もいたが、私に話しかけることはなかった。彼女の美貌はJETROに出入りしている日本人には広く知れ渡っており、彼女も愛想良く振舞っていたが、私とは目を合わせることはなかった。

そんなある日、彼女が支局に姿を現して、私に手紙を渡して直ぐに去っていった。手紙には、「テヘラン市長、カルバスチ」と書かれていた。

「テヘラン市長のカルバスチかぁ……」とうなったのには訳がある。この市長、やり手でテヘラン市の開発に力を入れていることで知られているが、その反面、汚職の噂も後を絶たない。

「ハタミ大統領は大丈夫なのだろうか?」

そう思わざるを得なかった。しかし、私はジャーナリストだ。それならそれを確認しないといけない。翌日、アリにテヘラン市長に取材したいと伝えた。

カルバスチ市長への取材は珍しく直ぐに実現した。テヘラン市役所の市長応接室に通された。カメラを回してのインタビューだ。マームードが目を輝かしている。

「ボス、またNHKのスクープですね」

「いや、これはニュースにはしない」

「なぜですか?」

「何かがあった時のためだ」

この市長は、自分はハタミ大統領を支持しているし、支えたいと考えていると話した。そこで、単刀直入に尋ねてみた。

「あなたには汚職の噂もある。それでハタミ大統領を支えることはできるのか?」

カルバスチの答えは明快だった。

「私以上に悪いことをしている人物はたくさんいる。私が問題だというのであれば、そういう人物の問題も指摘しないといけない。私は金を集め、それでテヘラン市内の美化に努めている。それはテヘラン市民は知っている」

自信満々に応えるカルバスチだが、その答えがハタミ大統領とは別の力学で動く司法省に通じるのか……正直言って、不安だけが残るインタビューとなった。

そして、マームードに伝えた「何かあった時のため」は予想外に早く訪れる。

21回に続く


立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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