革新vs崩壊 対極を愉しむ 出井伸之vol 24


日本の人口減は実は初めてではない

企業のライフサイクルは波形で描かれることが多い。右肩上がりの成長期があり、それはやがて成熟期を迎えてゆるやかに下がっていき、底を打って反転することができれば、再び右肩上がりの上昇軌道に乗る。
 最近、こうしたサイクルが意外なものにも起きていたことを知った。人口だ。日本は人口減が懸念されているが、何も人口減は初めての経験ではない。過去に3度も経験していたのだ。縄文時代の後半、平安時代の後半から鎌倉時代、そして江戸時代中期から後半である。
 逆に人口が増えた時期もある。縄文時代の前半、弥生から平安時代の前半、室町から江戸時代、そして幕末から21世紀初頭。つまり最近までの日本は4度目の人口増加期だった。戦後、日本の人口は5000万人以上も増えたのだ。
 日本の人口というのは、増えた時期もあるし、減った時期もあり、それを繰り返してきたのである。ということは今後も、人口が増えていく可能性は大いにある。日本は人口減でお先真っ暗だ、などと単純に嘆いている場合ではないのだ。
 では、過去、人口が増えた時期に何が起こっていたのか。稲作の誕生、大陸文明の導入、都市の整備、産業革命、文明開化、高度成長など、社会を動かす大きなイノベーションが人口増を生み出してきたのだ。


 だが、親しくさせていただいている作家の塩野七生さんは、著作の中で鋭いことを書いておられた。「国家や民族の歴史は、まず経済の成長があり、そして政治が成熟し、そして文化の華が咲いて終わる。だが、最後まで行ける国家は少ない」と。確かに、過去でも人口の停滞期と文化の成熟期は重なる。例えば平安、江戸後期は文化の爛熟期だった。そして過去のイノベーション期において、政治の果たした役割は大きかった。今、転換期として重要なのは、実は政治なのだ。政治の成熟と牽引がなければ、次に進めない可能性がある

民主党政権は結果的に”壊して”いる

海外に電話する時に重宝する複数の文字盤のついた時計。最近ロスで購入したのが3つ文字盤のあるGUESSのウォッチ。4つ文字盤のあるSYULLAのものは六本木のアクセサリー店で。

成長期のリーダーと成熟期のリーダーでは、そもそも求められる能力は異なる。起業ステージの経営者と成熟ステージの経営者では、求められる能力が異なるのと同じである。では、日本の政治リーダーは、さてどうか。今の政治の打ち手は成長期の打ち手ばかりだ。大盤振る舞いのばらまきは、その最もわかりやすい例である。成熟期に成長期のような言動をするから、混乱を生んでしまうのは自明だ。
 成熟期に入った日本が行わなければならないのは、過去の手直しではなく、抜本的な改革なのである。過去の遺産を定義し直し、社会を動かすシステムを新しく作ること。つまり、法律、税制、政府を作り直すことだ。それに伴い産業構造も転換させ、雇用モデルも刷新する。次世代を担う若手が挑戦し、失敗できる環境は自然と整うものではない。特に過去の栄光が大きければ大きいほど難しい。やらなければいけない改革は山のようにあるのだ。
 だが、面白いことに気が付いた。日本は政府が動き出す前に、グローバル化による環境の変化が先走っているのだ。過去にない現代の特色だといえる。電気自動車然り、インターネット然り、都市インフラ然り。次のイノベーションに向かう下地は、実は次々に揃い始めているのだ。日本を作り替える種はもう見えている。
 それを認識しながら今の政治を眺めると、別の印象が浮かんでくる。今の政権は、成熟期に成長期の振る舞いを、古いやり方をやろうとしたことで、もはやそれがあり得ないものであることを、白日の下にさらしてしまった。そして人々の絶望感は日に日に高まっている。だが、裏を返せばこれは正しい。今は波形サイクルの底に向かっているからだ。絶望のマグマが沸騰に向かっていて、徹底的に破壊が進む。人々の不満も鬱積する。そして底を打って爆発した時、いよいよ反転が始まる。
 僕はその波形サイクルの次の山が来るタイミングを2020年と見ている。イノベーションの種を拾い、それを育てる新しいリーダーが出て来るはずだ。それは自然発生的に出て来るが、育つかどうかは環境次第。せっかく出てきてもより良い環境を求めて外に行ってしまうかもしれない。政治が本当に心配すべきことはそれだ。結果が出るまであと10年。私はとても短いと感じるのだが、皆さんはいかがだろうか……。


Text=上阪 徹 Photograph=OGATA
*出井伸之氏の連載は本誌では終了しておりますが、ここではバックナンバーの中からWebGOETHEに未収録だったものを蔵出し掲載しています。本記事は2010年7月号に掲載されたものです。