ダンサーを解放するセルゲイ・ポルーニン 滝川クリステル いま、一番気になる仕事

タトゥーを纏(まと)ったバレエ界きっての異端児、セルゲイ・ポルーニン。彼が来日していると聞き、居ても立ってもいられず、即対談のオファーをして実現したのが今回の対談です。絶対に取材すべきだという直感は正しかった。限界の限界まで挑戦してたどり着いた、その姿とは──。

不寛容で酷なシステムからダンサーを自由にしたい

滝川 7月15日公開予定の映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』は、セルゲイさんの子供時代からの軌跡をたどったドキュメンタリーです。「ヌレエフの再来」と称され、英国ロイヤル・バレエ団で史上最年少のプリンシパルとして活躍。しかし上半身にタトゥーを施し、レッスンのボイコットやコカインの使用を公言するなど、メディアでは異端の天才、バレエ界の問題児とも表現されました。さらに人気絶頂期に突然の退団。破天荒な印象が先行しがちですが、先日試写を拝見して、その背景に大変な苦悩があったことを知りました。

[滝川]来日時の唯一の自由時間には、上野動物園でパンダを見たそうです。

セルゲイ 映画でも描かれていますが、僕はウクライナの貧しい家庭の出身です。家族の期待を一身に背負い、最高のバレエ団でプリンシパルになることだけを目標に、常に人の何倍もの努力をしてきました。けれど渡英し、ロイヤル・バレエ団に入団した13 歳の頃から迷いが出てきましたね。両親の離婚で家族もバラバラになり、バレエを続ける意味がわからなくなってしまった。さらに19歳で念願のプリンシパルになっても、がっかりすることばかりで。かといって次の目標も見つからず、迷路に入り込んでしまった。

滝川 あるインタビューで「後悔はないけれど、敢えて言うならば、積み重ねてきたものを壊さずに進めればよかった」とおっしゃっていました。

セルゲイ もっとも、壊さずに今のような結論に至れたかはわかりません。ただ当時の自分にもし声をかけられるなら、ひとりで抱え込まずに、誰かメンターを探すようにとアドバイスしたいです。誰にでもスランプはあります。そんな時に「休んで気持ちを切り替えろ」と言ってくれる人がいるかどうかで、状況はかなり変わりますから。

滝川 退団後、ロシアの著名なダンサー、イーゴリ・ゼレンスキー氏に招かれてモスクワ音楽劇場バレエと、ノヴォシビルスク国立オペラ劇場バレエ団で活躍されます。イーゴリ氏との出会いは大きなものでしたか。

ダンサーを"解放"するさまざまな取り組みを開始

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン世界一優雅な野獣』 監督/スティーヴン・カンター 配給/アップリンク、パルコ 7月15日(土)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開。

セルゲイ ええ。イーゴリは僕をひとりの人間として見てくれた最初の人で、今でも何かと相談に乗ってくれるゴッドファーザーみたいな存在です。幼くして両親と離れた僕は、それまで誰にも社会や生き方について教えられませんでした。ダンサーはみな幼い頃から厳しい練習に明け暮れ、外の世界を知らずに育ちます。すべてが自己責任で、アドバイスもなければ失敗した時のフォローもない。ですから体力の壁や怪我で引退すると、突然社会に放り出されて途方にくれることになる。

類いまれなる才能を持ち、19歳で英ロイヤル・バレエ団の史上最年少プリンシパルとなったセルゲイ。

滝川 もしイーゴリ氏との出会いがなかったら......?

セルゲイ わかりません。私はとても「人の縁」に恵まれていると思うけれど、それでもだいぶ、遠回りをしてしまった。だからこれからのダンサーが同じように余計な回り道をしないよう「プロジェクト・ポルーニン」という組織を立ち上げました。これもイーゴリの広い人脈に助けられて実現したものですが。

問題行動も多く、2年後の電撃退団は世界中を騒がした。本人や家族、関係者のインタビューから見えてくる彼の本当の姿とは──。

滝川 具体的にはどのような活動をされるのでしょうか。

セルゲイ 一流の俳優やスポーツ選手には、最高のパフォーマンスを維持するために専門のアドバイザーチームがついています。同じように、ダンサーにもマネジメントサポートするシステムをつくりたいんです。激しく肉体を消耗するパフォーマンスを行いながら、スケジュールの調整からフライトやホテルの手配、報酬の交渉までこなすのは本来無理があります。

滝川 ダンサーがマネジメントも自分でやっていることは、あまり知られていませんよね。

セルゲイ 他の世界を知らないダンサー自身も、そういうものだと思っているから、声をあげないんです。バレエスクールでは一糸乱れぬ群舞の構成を第一目的としているので、目立つ個性は疎(うと)まれる。ある種、軍隊のような要素が強く、生徒は自己評価が低くなりがちです。毎回役を取り合い、二番手は怪我人でも出ない限り出番がない。そんな状況下では、チームワークなど生まれません。

滝川 仲間というよりは、みんなライバルなんですね。

セルゲイ さらにダンサーは、所属するバレエ団以外で踊ることが禁じられていたり、退団後によそのバレエ団に移ることを邪魔されたりといった事態に陥りやすい。しかも人生のすべてをかけてトップまで行っても、報酬や待遇は悲惨なものです。

滝川 それも意外でした。認められれば、リターンは大きいものなのかとばかり。

セルゲイ 「プロジェクト・ポルーニン」は、才能に対して不寛容な現状のシステムに対抗する組織を目指しています。ダンサーの地位を確立できれば、バレエ団を出ても多様な活躍の場が見い出せますし、若手の指導者として力を発揮することもできます。今のような「引退したらおしまい」では酷すぎる。

滝川 日本では熊川哲也さんもダンサーをサポートする活動をされています。セルゲイさんは熊川さんをリスペクトなさっているというお話も聞きました。

セルゲイ はい。熊川さんはロイヤル・バレエ団の先輩でもあり、スクール時代から知っていました。自身のバレエ団やスクールを設立し、女性ダンサーの待遇も変え......本当に素晴らしいです。多くのインスピレーションをもらっていますし、ずっと注目している憧れの人です。

滝川 セルゲイさんのダンスは、歌手ホージアの「Take Me To Church」のミュージックビデオでバレエファン以外にも広く知られました。2015年に公開された映像はYouTubeで2000万回以上再生されています。でもあの時にまさか、引退を覚悟されていたとは。踊りながら、限界を感じていたのか。あるいは希望を感じたのか。当時の心境を教えていただけませんか。

セルゲイ 踊り始めは、ダンサーとして最後の踊りにするつもりでした。でもその決意は踊りながら形を変え、終わる頃には、自分はまだやめられないとわかりました。ある意味、やめられるかどうかを自分に問いながら踊っていた気がします。

滝川 引退する場合は、俳優の道に進むことを考えられたと。

セルゲイ 今も演技の勉強は続けているんですよ。演技は次のステージとして視野に入れていますし、すでにダンサー役で2本の映画にも出演しています。ダンスも演技も生半可な気持ちでできるものではないけれど、無理に選ばなくてもいいと素直に思えたし、自分が踊ることでまだ伝えられることがあると感じられた。それが「Take Me To Church」でした。最近やっと長い迷路を抜けて、子供の頃の素直さや、感謝の心を取り戻している気がします。

滝川 戻ってこられて本当によかったです。気持ちを忘れたまま、迷子になっている大人も多いでしょうね。特に日本人はまじめすぎて、ルールや周囲の目に囚われがちでもあるので。

セルゲイ 日本の方は、相手の仕事に対して非常にリスペクトしますよね。そして集中力を持って緻密な仕事をするイメージがあります。だから飲みに行って羽目を外すとか、そういう時間が必要になるのかなと。ただ、本当にいい仕事は抑圧されて生まれるものではないとも思います。僕自身も「自分が自由だと思える感覚」を大切に、踊り続けていきたいです。

Sergei Polunin
1989年ウクライナ生まれ。4歳から体操を習い8歳でバレエを始める。13歳で英国ロイヤル・バレエスクール入学。19歳でロイヤル・バレエ団の史上最年少プリンシパルに。現在はダンサー、俳優として活動しながら、ダンサーを支援する組織「プロジェクト・ポルーニン」を主宰する。

Text=藤崎美穂 Photograph=斎藤隆吾 Hair & Make-up=野田智子 

*本記事の内容は17年6月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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