米朝首脳会談の行方 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第2回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米。巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが綴るエッセイ。第2回は、アメリカと北朝鮮との米朝首脳会談について。

トランプ政権についてひとつだけ明確なこと、それは何ひとつ明確でないこと

3月10日の夕刻、大阪のベイエリアにあるライブハウスに入った。誰かが、「コーヘー」と叫ぶ。すると周囲が呼応する。大友康平。そう、ここはハウンドドッグのコンサート会場だ。大友さんとは毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」でご一緒している。しかしこの「コーヘー」はスタジオでジョークを連発する大友さんじゃない。ロックンローラーの姿がそこにあった。

コンサートに来ようと思ったのにはわけがあった。疲れを癒したかった。それは数日前に発表されたあるニュースが関係している。

米朝首脳会談の開催を伝えるニュースだ。

前回お伝えした通りだが、私が毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」のコメンテーターになったきっかけは、米国でトランプ政権について発信してきたからだ。その最大の関心事は米朝関係だ。だから米朝関係や朝鮮半島問題に話が及ぶと私はコメントを求められる機会が多くなる。

私はその最初の回から次の様に話していた。

「トランプ大統領はきわめていいかげんな大統領で、日本はそれなりに距離を置いた方が良いでしょう。欧州各国はそうしている」ただし、

「このいいかげんさが、1つのことだけは歴代大統領と違って動かせると米国でも見られている」それは、北朝鮮問題だ。

「じゃあ、米朝首脳会談もあり得ますか?」9月の出演時にスタジオで問われた問だ。

「私はあると思いますよ」

根拠が無いわけではない。トランプ大統領自身が過去に何度か、その期待をツイートしている。それと、この大統領が歴代の米国大統領と最も違う点。それは、民主主義に関する無関心さ。

どういうことか?

基本的に、絶対君主的な指導者に対する好印象を隠さない。ロシアのプーチン、中国の習近平、イスラエルのネタニヤフ、フィリピンのドゥテルテ。逆に、民主主義を声高に叫ぶドイツのメルケル首相などとは絶対に合わない。

有名なシーンがあるのをご存知な方も多いだろう。メルケル首相がホワイトハウスに来た時、カメラセッションが開かれた。記者団から「握手してください」と求められ、メルケル首相は「握手しましょうか?」とトランプ大統領に。

ところがトランプ大統領はじっとしたまま無言で通した。この時、ワシントンの国際政治の研究者の中で次の様に語られていた。

「彼はメルケルとは握手しないが金正恩とは握手するだろう」

恐らく、トランプ大統領が金正恩委員長と会えば握手をするだろう。ひょっとしたら抱き合うくらいのこともするかもしれない。これはオバマ大統領(米国の歴代の大統領には元はつかない)は勿論、ブッシュ大統領も絶対にできない。そもそも、会いたいなどと思わない。

その上で重要な点がある。それは、トランプ大統領も金正恩委員長もそれぞれの政権基盤が盤石でないこと。そしてそれをお互いが知っていること。だから次の様に話した。

「双方とも、緊張を極限まで高めるでしょう。そして大事なのは、ある段階で『俺が事態を平和裏に終わらせた』(大統領側)、『俺があの米国を屈服させた』(委員長側)という状況を生み出す。それを最大にアピールするには2人が会うしかない」

ところが、これはその後の緊張の高まりやトランプ大統領の「Fire and Fury(炎と怒り)」発言などで米軍の先制攻撃説が高まる中で、私の言葉はあまり説得力を持たなかった。それでも、私は言い続けた。

「テレビに出る有識者の方は簡単に『米軍の先制攻撃』なんて言いますけど、それはそう簡単なことじゃないんですよ」

金正恩委員長は3月5日、韓国の文在寅大統領が派遣した特使団と会談

韓国の首都ソウルはご存知、38度線から目と鼻の先だ。米軍が先制攻撃をしかければ通常兵器がソウルにめがけて飛んでくる。例えばそれが江南のサムスン電子本社に落ちれば、韓国経済の20%が壊滅的な打撃を受ける。

「それは極めて困難だ」とは私が言っているわけではない。トランプ政権の重鎮中の重鎮であるマティス国防長官が議会証言で言っている言葉だ。ところがこれは日本では報じられない。

この「先制攻撃論」は年末から年始にかけてメディアを埋め尽くす。テレビ朝日は1月8日の報道ステーションで、米国が先制攻撃計画を準備。北朝鮮が反撃しないと判断したとのご丁寧な「スクープ」まで。これだけ重要なニュースの情報源を「アメリカ政府関係者によると」に押し込めてしまう極めて問題の有る「スクープ」だ

南北首脳会談が発表された3月7日もそうした発言のオンパレードだった。例えば、こういう発言もあった。

「朝鮮半島の非核化はトランプ大統領は絶対に譲れない。だからトランプ政権はそう簡単には米朝会談には応じないんです」

私はこうしたニュースや識者と言われる人たちの根拠無い原則論に接するたびに言いたくなる言葉がある。

「トランプ大統領って、いつからそんなに原理主義者になったんですか?」

答えは逆だ。むしろトランプ大統領は原理原則の無さこそが、歴代政権との大きな違いだと言える。あれだけ足蹴にしてきたNAFTAでカナダとメキシコと交渉を続けたり、政権100日の最大の功績としてきたTPPからの脱退について再考する考えを示したりしている。日本ではあまり報じられていないが、見直しを明言してきた中東に展開する米軍に対してさえ、見直しの結果、徹底的に批判してきた前の政権の政策を踏襲している。良し悪し抜きにこの大統領の面白さとして言えるのは、こうした行為を恥ずかしいと思わないことだ。

私がワシントンDCに滞在していた2017年1月から6月で、米国のジャーナリストの中で言われていたことがある。

「トランプ政権について1つだけ明確なことがある。それは、何1つ明確でないことだ」

ちょっとしたジョークではあるが、私は今もってこれほどトランプ政権の実態を言い当てている言葉はないと思っている。その上で私は、「日本政府は北朝鮮との対話を拒否する主張するが、トランプ政権が対話を拒否しているということはありませんよ」とも語った。

日米で食い違う北朝鮮への姿勢…そこから見えてくるもの

これについてはツィッターなどで批判も聞かれたが、米国の公的な発言を丹念に追っていくと日本政府が言っていることとの間にずれが見られる

例えば去年9月20日に安倍総理は国連演説で以下の様に語っている。

「対話による問題解決の試みは、一再ならず、無に帰した。なんの成算あって我々は三度、同じ過ちを繰り返そうというのでしょう。北朝鮮に全ての核・弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、且つ、不可逆的な方法で放棄させなくてはなりません。その為に必要なのは、対話ではない。圧力なのです」

つまり国際社会の場で北朝鮮との対話を拒否したわけだ。

私はこの時、自ら選択肢を狭めるような演説を総理にさせた外務省の感覚に違和感を覚えたが、これは安倍総理の希望だったのかもしれない。

しかしその2か月後に韓国の国会で行われたトランプ大統領の演説では、そういうトーンではなかった。北朝鮮については「地獄だ」と評し、かつてない最強の軍隊となった米軍がいつでも対応できると言及したが、一方で、「地獄から抜け出す道を用意する」とも述べている。要は、対話を閉ざしてはいなかった。

その後の日米首脳電話会談の時のことだ。安倍総理は記者団を前に、北朝鮮と対話するべきではないということでトランプ大統領と一致したとの趣旨を語ったが、米国政府の発表ではその部分は無かった。

米国政府は日本政府をだましたのか?違うだろう。恐らく、こういうやり取りがあったはずだ。

「我々、安倍政権としては北朝鮮への強硬的な姿勢を示す必要があるので、『日米で北朝鮮と対話すべきでないという点で一致した』と発表したい」

「我々、米国政府としては、日本政府がそう発表することに問題はない。ただ、米国政府は米国政府としての合意内容を発表する」

それが外交だ。特に気になるのは、朝鮮半島の専門家とされる「有識者」が、あたかもトランプ政権には明確な、そして北朝鮮に対して強硬に対処するという妙な評価が見られることだ。それは事実ではない。そもそも、トランプ政権の外交政策には何一つ明確なものなどないからだ。米国で外交を担当する国務省の幹部人事がまだ決まっていなかったり、韓国も含めた全世界の大使の多く空席になっていたりしていることはご存知だろうか。これについて有力紙ワシントン・ポスト紙のデスクにこの理由を尋ねた時、次の様に言われた。

「トランプ大統領は過去に自分を批判した人間の登用を絶対に認めないんですよ。だから、全ての人事が決まらない。今後も簡単には決まらないでしょう。それはそうでしょう。トランプ大統領の外交政策を批判したことない外交の専門家で、まともな人はいないんですから」

勿論、こういうエピソードを私は書いたりテレビで話したりする。それがまた批判される。この件に関して私は無名のジャーナリストではあるが、ストレスが無いかと言えばそれは嘘になる。

これから実現する米朝首脳会談。その行方がどうなるかなど誰にもわからない。

そんなことを考えていると、バラード曲『ONLY LOVE』を大友さんが重い声で歌い始めた。

「財務省、書き換えを認める方針を固める」

そのときスマートフォンに流れてきたニュース速報だ。これはまた大変なニュースだ。日本の政権が大変な状況に追い込まれることは間違いない。朝鮮半島だなんだと言っている場合じゃないかもしれない。そんなことを考えていると大友さんの『ONLY LOVE』が終わった。そしてビートの効いた曲が流れ大友さんが躍動した。その時、大友さんが先日スタジオで言っていた言葉を思い出した。

「立岩さん、50なんて若いよ。俺なんてもう60超えてるんだよ」

とても見えない。10年後、私もあの様な姿でいたいが、無理だろう。それは米朝首脳会談を予見するより簡単なことだ。

第3回へ続く


立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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