リスタート 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第1回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った1人のジャーナリストが綴るエッセイ

米国から帰国 ハローワークで受け取った一本の電話

大阪市の中心部から少し外れたところにあるその建物は病院、それも保険診療ではない富裕者向けのそれをイメージさせる妙な明るさがあった。ただ、敷居が高いという感じでもない。どちらかと言うと、入りやすい。

2017年の夏、米国から帰国した私が真っ先に訪れた建物。それはハローワークだった。

明るいのは外観だけではなかった。受付も窓口も開放感あるこぎれいな感じだ。

てっきり初老の男性数十人がベンチに座って競馬の新聞を小脇にかかえタバコでも吸っているような場所をイメージしていたが、そういう人はいなかった。恐らく禁煙なのだろう。案外と若い女性が多いし、みんな身ぎれいな格好をしている。

暫く待つと番号を呼ばれた。窓口は30代の女性だろうか。どのような職を希望しているか問われた。

「そうですねぇ・・・こう、社会がパッと明るくなるような仕事、ですかねぇ」

「明るくなるような?・・・」

おじさんのちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、どうも通じなかったらしい。怪訝そうな顔をして見返された。

「ええっと・・・」

そう言葉を継ごうが早いか、「何か資格はお持ちですか?」と遮られた。

「特に・・・何も・・・」

「ありませんか?」

考えてみたら・・・無い。大卒や大学院修了って、何かの資格なのだろうか?恐らく違うだろう。

「介護士はどうですか?」

介護士・・・かぁ。

「介護士なら仕事はありそうですか?」

「有効求人倍率で4倍ですから。ただ、立岩さんの年齢だと、数字通りじゃないかと思います。採用する側も若い人を取りたがりますから」

なるほど、有効求人倍率が4倍の介護士でさえ、おっさんは求められていないのか。そう思っているとガイダンスを受講するようにすすめられた。介護士の仕事を知るガイダンスだ。

「何をするんですか?」

「講師の方に教わりながら、被介護者を車いすに乗せたりベッドに寝かせる方法を教わるんです」

「面白そうですね。やってみます」

こう言うと、「面白いというほど楽ではありません」と言われてしまった。

そしてガイダンスが開かれる日、早めにその明るい建物に来て待っているとスマートホンが鳴った。見たところ、登録されていない番号だった。

「立岩さんでらっしゃいますか?」

「はい、そうですが」

「わたくし毎日放送の『ちちんぷいぷい』の担当をしているものです」

「ちちんぷいぷい」と言えば、20年近く続く毎日放送(TBS系列の在阪純キー局)が平日に生放送している人気番組だ。それがハローワークで介護士のガイダンスを受けようという失業者に何の用だろう?

「トランプ大統領について語ってもらいたいんですが、ご出演頂けないでしょうか?」

「出演?あ、テレビに出るということですね」

8月11日の午後1時に毎日放送に来て欲しいとの話。勿論、異論があろうはずがない。取り敢えずガイダンスが終わってから詳しい話をきくことにして電話を切った。

2016年にネパールで開かれたアジア調査報道会議のもの。この会議はアジアの調査報道ジャーナリストが互いの研鑽の場とするために2014年から始まったもので、私は講演や司会などを務めた。

NHKを辞めて渡米

25年余り務めたNHKを辞めたのは2016年12月31日。私は49になっていた。その翌日、つまり2017年1月1日から米国で生活をした経緯については、講談社のウエブマガジン「クーリエ・ジャポン」の連載に書いているが、かいつまんで書くと次の様になる。

そのほぼ10年前の2005年、私はNHKとして初めてとなる戦場特派員としてイラクに派遣されていた。「初めて」というのはいささか語弊があるが、簡単に言うと戦時保険を適用されて派遣される初めのケースということだ。これ、保険料がめちゃくちゃ高い。当然と言えば当然だが。

それでイラクと隣国のクエートで半年取材したわけだが、その最中に作家の吉岡忍さんからメールを受け取った。その内容は、「NHKがおかしくなっている・・・」。

吉岡さんはその問題を朝日新聞に書くという。その原稿をわざわざ送ってきてくれたのだ。

それは次の様な内容だった。

NHKが国会で自らについて質疑が行われる総務委員会の様子を放送しなかった。これは極めて異例で、そこには当時NHK会長だった海老沢勝二氏に対するNHK内部の忖度があったと見られる。

これには伏線がある。当時、紅白歌合戦の担当プロデューサーの横領に始まって様々なスキャンダルが明らかになっていた。当然、総務委員会でNHK会長はつるし上げを喰らう。その場面を放送しないという判断をした・・・そう吉岡さんは見ていたし、それは恐らく事実だ。

イラクから戻った私はNHK会長を問うというシンポジウムを開催。それによってNHKからは厄介者になっていく。所属していた東京の社会部では、「立岩は気が狂ったから接触するな」とのお達しが出た。

吉岡さんが書いた「NHKがおかしくなっている」は、NHKの中では、「立岩はおかしくなっている」に置き換わっていたということだ。

この詳しい経緯はまた別の機会に譲るとして、その後に大阪に転勤を命じられて4年過ごした後、米国に留学。この時に辞める筈だったのだが、なぜかNHKから「辞めなくて良い」言われて費用を負担してくれた。そして1年を米国で過ごして帰国。

「辞めるはずが・・・」と思いつつ、帰国後の配属が国際放送局デスクという面白い職場だったこともあってズルズル4年を過ごしてしまい、49になった時に辞職・・・ということになる。

それにしても、人生をなめきったような話かもしれない。

NHKを辞めての渡米は、収入も無ければ何もない状態だ。勿論、お金をもらうための努力もしていた。ハーバード大学のニーマン・フェローの申請だ。これは滞在費などがニーマン財団から出る。

これに書類審査は通ったのだが、最後の面接で駄目だった。感触はすこぶる良かったので半ば行けるものと思っていたが、英文(当然だが)の電子メールで「誠に残念ながら・・・」と来たときは、これは宛名を間違えているんじゃないかと不遜なことを思ったものだった。

後で耳にしたのだが、資金を提供してのフェローシップは途上国の人材育成に重点的にあてられるといいうことで、そこに日本人が入るのは極めて稀ということだった。確かに、日本人でこのフェローシップに行く人間はジャーナリストに多いが、基本的に新聞社やテレビ局からの派遣だ。費用は会社持ちとなっている。勝手な解釈だが、そうでも考えるとまだ気分は落ち着くものだ。

「米国滞在は諦めるか・・・」と思っていた矢先、首都ワシントンにあるアメリカン大学から、「では、うちに来ないか?」との誘いの言葉を頂いた。アメリカン大学は日本ではあまり知られていないが、文系の大学で、首都にある強みを生かしてジャーナリズム、法律、国際政治に力を入れている。飛びついたと言った言い方が正しいだろう。

「Oh, sure(そりゃ、勿論)」といった感じだ。

そして元日に日本を発って、時差の関係で米国の元日に到着。そこから米国でのフェロー生活に入ったわけだ。このフェローというのは、何をするという決まりがあるわけではない。

「さて・・・何をしようか」

時あたかもトランプ大統領の治世の始まりだ。新聞もテレビもトランプ一色となる。一色といっても礼賛ではない。メディアとのバトルといった感じだ。その典型が日本でも報じられた当選後初の記者会見だろう。

「質問があります」

「だめだ。お前には質問させない」

「私にも質問をさせてください」

「お前のところはフェイクニュースだ」

大統領とメディアとの激しい言葉の応酬を伝えるテレビに釘付けになった。

ところが、その会見を伝える日本のメディアの記事をネットで読んでいて妙な違和感を覚えた。激しい応酬については伝えたが、肝心の会見の中身を全く伝えていなかったからだ。

「これが私が25年もいた日本のメディアなのだろうか?」

その疑問をYahoo個人ニュースの記事に書き込んだところ、編集部から、「では書いて頂けませんか?」とのメールが来た。

それからだ。新聞を読みテレビニュースを見て、ジャーナリストや大学の同僚に話をきく。そしてそれをYahoo個人ニュースに書く。時折はトランプ大統領を支持した州に足を運んで、それをクーリエ・ジャポンに書く。

ただ、正直言うと、原稿料は大したものではない。とてもNHK時代のようなお金がもらえるわけではない。基本的には退職金を切り崩す生活だ。

そして最初のテレビコメンテーター レギュラーへ

こうした米国の生活も半年で終わりを迎えた。

そして帰国して訪ねたのがハローワークだったというわけだ。米国では取り敢えずはフェローという肩書があったが、日本に帰るとただの失業者でしかない。想像したほどの衝撃は無かったが、と言って、いつまでもNHKの退職金を食いつぶした生活を続けるわけにはいかない。

それで介護士のガイダンスでも・・・ということだったが、毎日放送からの有難いオファーでガイダンス受講の成果を発揮する機会は取り敢えず先延ばしとなった。

そして8月11日、「ちちんぷいぷい」出演の第一回となった。梅田駅から徒歩5分ほどの茶屋町という場所にある毎日放送本社に行くと楽屋に通される。

この番組、関西在住の人で知らない人はいないのではないか?一種のお化け番組だ。関西2府4県の他、四国の徳島県、北海道、九州では鹿児島、宮崎の2県で放送されている。

私はNHK時代に大阪に4年いたというだけで、実は関西には縁もゆかりもない。神奈川で生まれ東京の学校に通い両親は千葉の浦安市に終の棲家を作った。首都圏近郊に住むよくあるパターンではないだろうか。当然、大阪弁も京都弁もいわゆる関西弁というくくりでかたられる言葉を操れない。

父方の祖父は和歌山出身なのでゆかりは無いわけでは無い。しかし、祖父は学生時代に祖母と駆け落ちして家を出てしまい、以後、和歌山の実家とは没交渉ということで、正直、今にいたっても和歌山の祖父の実家とは全くつながりがない。

「私でいいのだろうか?」

そう思うのは、縁とかゆかりの話だけではない。なんと言っても、無名と言って、これほどの無名もない。正直言えば、ただの失業者だ。

「いいのかなぁ・・・私で?」

そう思いながら出番を待つ。番組は午後1時55分から始まる。そして終了は、なんと午後6時。4時間の生番組だ。

かと言って、私の出番は10分ほどのコーナーだ。「トランプ政権とは?」「米朝はどうなる?」といったコーナーで知り得た話をする。

それでもドッと疲れが出るのは、出演者にかなりの裁量が任された番組だからだ。大筋は番組の方で決めて指示があるが、実際の番組でのやり取りは出演者の判断だ。これはNHKでは全く違う。NHKは一字一句セリフが決まっている。それを読んでいるというのが実際のところだ。タレントさんが何気なく語った一言も台本に書かれた通りだったりする。

「これは、大変なところに来たなぁ」

NHKのアナウンサーで民放に来てうまくいかないケースがままある。それはそうだろう、と思った。これはかなり大変ですぜ。

そんな戸惑いを感じながら何度か短時間の出演をこなしていたある日、プロデューサーに呼ばれた。

「レギュラーも検討して頂けませんか?」 

「レギュラー?そりゃうれしいですけど・・・」

と言って、出てくる言葉は、「本当に私でいいんですか?」しかない。

「是非、お願いしたい」という。10月から番組改編があるので、10月からはレギュラーでということだった。

正直、嬉しくないわけはない。それはそうだろう。NHKからの華麗なる転身というわけではない。生活も楽なわけではない。仕事が欲しくないと言ったら嘘になる。


驚くほど賢い芸人さん

私以外の出演者は芸人さん、歌手、元スポーツ選手だったり。それも大物だ。ハウンドドッグの大友康平さんともご一緒するし、元プロテニスプレイヤーの沢松奈生子さんや、オリンピックメダリストの岡崎朋美さんともご一緒する。

みなさん、面白い。凄いと思うのは、台本の無い中で、時事問題から芸能ニュースから最近のトレンドまで話をふられてユーモアを交えて的確に答えておられる。これ、正直言って私にはできない。

私はニュースのコメンテーターなので、司会者から、「これ、立岩さんは、どう思います?」とふられたら答えれば良いし、まして最近のトレンドなんかでふられることは滅多に無い。ところが、他の皆さんはあらゆる話題についてそれなりに真面目に、且つ面白おかしく語らねばならない。横にいて凄いと思うことが度々だ。

しかも、面白いだけではない。例えば、お笑いコンビ「ロザン」の2人。日馬富士の暴行事件に端を発する相撲のスキャンダルについて語り合っている時のことだ。京大卒芸人としてクイズ番組に引っ張りだこの宇治原さんが話をふられた際にこう言った。

「それは、今の段階で何も言えませんよね」

これ、なかなか言えない言葉だ。テレビに出る「有識者」の発言をよく見ているとわかるが、「今の段階で何も言えない」話でも問われるとペラペラしゃべっている。

それを、宇治原さんは、「言えません」と毅然と答えている。これは凄い。

それと、宇治原さんとコンビを組んでいる菅さんも。常におちゃらけを言っているように見えるが、スタジオ内の空気を冷静に読んでいるのがわかる。当意即妙という言葉があるが、それだ。私が面白くないことを言って座が白けると、直ぐに矢のようなコメントが私を射抜く。そして再びスタジオが笑いに包まれる。

やはりプロなのだと思う。私は・・・まぁ、専門に近づけてしゃべるしかないか。と、思っていたある日の番組で、コンビニで成人向け雑誌を置かなくなるという話題になった。元プロ野球選手の金村義明さんらが話を盛り上げる。だまって聴いていたら、お笑い芸人のなるみさんが私を向いた。

「立さんはどうなんだい?どう思っているんだい?」

はい?すると、なるみさんが、更に追及。

「立さんも、やっぱりコンビニで買うんかい?」

「いや、・・・コ、コンビニで買うのも勇気がいるかと・・・」

何を言っているのかわからないようなコメントを発するのが精いっぱいだった。前途多難な生活続くといった感じか。

2018年、私は50になっていた。

第2回に続く

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立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPOを運営「ニュースのタネ」の編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。『トランプ王国の素顔ー元NHKスクープ記者が王国で観たものは』などの著書がある。近著は『トランプ報道のフェイクとファクト』。
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