エレカシ宮本 いまなおピークへ昇り続けるロックバンドの30年歌い続けた衝動と今

デビュー30周年の今なお、ライブで記録的な動員数を更新し続けるエレファントカシマシ。常に"今"を頂点とする生き様を宮本浩次氏の仕事から、見つけた。

エレファントカシマシ宮本浩次

ライブでは全身で表現する。

30年を経た今日本を席巻する

男4人編成のロックバンド、エレファントカシマシが、デビュー30年を経て、キャリアハイを迎えている。4月にスタートした30周年記念の全国47都道府県ホールツアーは、軒並みソールドアウト。さらには続々と各会場の最高動員数を記録し続けているという。そんななか、12月31日のNHK紅白歌合戦への初出場も決まった。

エレカシは1981年結成。宮本氏とギターの石森敏行氏、ドラムスの冨永義之氏は中学の同級生。ベースの高緑成治氏は冨永氏の高校の同級生。

「30周年イヤーで47都道府県ツアーを初めてやりまして、地方でソールドアウトしたことはあんまりなかったんですけれど、30周年の節目の年にベスト盤を......。レコード会社の契約が切れたことも2回くらいあるんですけれど」 

エレカシのボーカリストで、ほとんどの曲を作詞作曲する宮本浩次氏は、NHKの記者会見で過去をそうふり返りながら、紅白初出場を喜んだ。

「4社くらいのレコード会社があって、いろいろ一緒くたにしたら、ソールドアウトばっかりでして。30周年の便乗商法って言うと言葉が悪いんですけど、そんなこと言わなきゃいいんですけれど......」 

宮本氏は謙遜に謙遜を重ねる。人に気を遣いまくる。丁寧に説明しようとするあまり話が長くなり、本題と離れて戻れなくなる。時には何について話しているのか、自分すらわからなくなることもある。最初周囲は唖然とするが、宮本流の誠実さでやがて笑顔にして好感度を上げた。

ライブでは全身で表現する。

その時代その時代の精一杯の自分を歌う

11月19日、大宮ソニックシティ。開演前のホールで、宮本氏がバンドとともにサウンドチェックを行っていた。 

ミュージシャンの多くのサウンドチェックは、ツアーがスタートし本数を重ねると、音響の確認が主になる。しかし、宮本氏は演奏も厳しくチェックする。この日は新曲の「今を歌え」がなかなか思うようにいかない。

愛用のアコースティックギターはK.YAIRI。

「もう一回やっておこうか。いかにも演奏してます、という感じ、やめてほしいんだよね」

表情は穏やかだが、意見は辛辣(しんらつ)で、要求は厳しい。

「うーん......、もう一回、やっておこうか」 

バンドの演奏は自然になり、しかし音には力がこもる。

「うーん......、もう一回、やっておいたほうがいいかな」 

客席で聴くと気持ちのいいグルーブだが、宮本氏の及第点には達していないらしい。

「うーん......」 

宮本氏は首を傾げ、この曲だけで7回も演奏をチェックした。 

11月19日大宮ソニックシティでのリハーサル。進行表を確かめながら、バンド、サウンド、照明と念入りにチェック。リハーサルでありながら、歌も全力で歌い切る。

デビュー以来30年間、エレカシはいつも厳しい状況で活動を続けてきた。常に油断がないのだ。サウンドチェックの後、宮本氏は楽屋にこもり、作詞作曲をする。その曲を歌う声は、バックヤードに響き渡っていた。 

新人バンド時代はヒット曲がなかなか生まれなかった。レコード会社には2度にわたって契約を打ち切られた。メンバーが病で倒れたこともあったし、宮本氏自身も急性感音難聴に苦しみ手術もした。それでもなお、歌い続けてきた。

「その時代その時代の精一杯の自分で歌ってきました」 

さまざまな苦悩、怒り、悲しみ、やりきれなさは隠し切れず、歌詞やメロディーやステージ上での振る舞いに表れる。そしてそれこそが、エレファントカシマシのスタイルとなった。

「僕たちは進化も退化もせず、ずっとありのままです。オレはこんなもんじゃねえ! と思い続けてきました。その衝動で歌ってきたんです」 

宮本氏の言う"衝動"はリスナーに勇気を与えた。エレカシの曲は宮本氏が背伸びせず等身大の本心を歌うからこそ、聴く側の心も刺激する。

「多くの人が、僕のように"オレはこんなもんじゃねえ!"と思って生きているのかもしれません。だから共感してくださる」

小学生時代に育んだ特権意識をすり減らす

1966年に東京、北区の赤羽で宮本氏は生まれ育った。

「父親は会社員で、母と、兄と4人家族。団地の2DKで暮らしていました。高度経済成長期末期の東京の平均的な家庭です。ただ、僕はとても甘やかされて育ったと思います。両親から愛情をたっぷりと注がれた。母親は、赤羽の団地とは別の文化も体験させてくれましたから」 

小学3年生の時、宮本氏はNHK東京放送児童合唱団に入る。

上:開演前の楽屋にこもって、わずかの時間も惜しみ作詞作曲。下:文字でぎっしり埋まった創作ノートには、歌詞の原型となる言葉やライブのセットリストが記されている。

「5年生まで2年間、黄色い赤羽線で池袋へ出て、緑の山手線に乗り換えて、渋谷のNHKで声楽の指導を受けました」 

渋谷では赤羽とは違うカルチャーが待っていた。

「当時のNHK児童合唱団は女子50人に男子は5人くらいのバランスです。小学生時代にラブレターをもらったり軽井沢で歌の合宿をしたり、天国でした」

「はじめての僕デス」という曲でレコーディングも経験。1976年夏、テレビ番組『みんなのうた』でくり返し放送された。

「この年の春、『山口さんちのツトム君』が100万枚を超えるヒットになりました。当時の『みんなのうた』の曲は複数の会社からレコード化され、僕も各社のスタジオで歌いました」

合唱団体験で宮本氏は特権意識を育む。赤羽は現実の象徴で、渋谷は理想の象徴だった。

「教室にいても、オレはみんなとは違う! オレは特別なんだ! と思っていました」 

その思いはどんどん増幅した。

「学校の友達といると楽しいのに、別の自分を求めてしまう。ギャップの間を行き来した体験が僕のなかに根深く残り、エレカシの曲に表れていると思います。自分のなかに育んでしまった特権意識をすり減らしながら歌詞やメロディーを作り、歌っている」

「悲しみの果て」「夢のかけら」「俺たちの明日」「夢を追う旅人」「戦う男」「俺の道」「涙」「ファイティングマン」......。ベスト盤に入っている曲のタイトルを羅列すると、宮本氏の心の在りかが垣間見える。 

そんな宮本氏に自分と同じ匂いを感じたリスナーが、エレカシのライブ会場には集まる。 

だから、客席の空気は濃い。大宮公演でも、観客の多くがステージに向かって絶叫し続けていた。思い入れ度が高いのだ。

これは現実の生活に悩み戦う多くの人たちが、かつて文学に救いを求めてきた構図に近いかもしれない。

「エレカシにはロマンティックなリスナーが多い気がします。高い理想を求め、現実とのギャップに苦しみ悩む人たちです」  

オンリーワンでいいはず。でも一番になりたい

宮本氏はデビュー30年を経た今なお、理想と現実のギャップのはざまで歌う。

「20代の頃にイメージしていた40代以降の自分はいわゆる"ザ・ロックスター"でした。いくつも家があり、マンションを3棟持ち、クルマを何台も乗り分け、すっげえ旨いもんを食べて、いい服着て......。でも、実際にはそうなっていません。いやね、1997年に『今宵の月のように』がヒットして、けっこう印税が入ってきたんです。でも、そのほとんどで浮世絵を買って、お金は残りませんでした。家も建てていません。税理士さんがあきれています」

だから、今も満たされない心をリアルに歌えるのだろう。

「実は、エレカシは一番になったことがないんです」 

1997年に、アルバム『明日に向かって走れ‒月夜の歌‒』がチャートの1位に迫ったことはある。しかし、マライア・キャリーの『バタフライ』に阻まれて、涙をのんだ。

「今も、僕、1位になってみたいんです」

偽りのない、宮本氏の本音だ。

「でも、"1位になりたい"という願望は粋ではないでしょ。それもわかってはいるんです。ナンバーワンがすべてではないこと、頭では理解していますよ。今のままのエレカシで十分に素晴らしいって思っています。これも本心。でも、やっぱり1位になりたいんですよ」 

オンリーワンでいいはずなのに、ナンバーワンになりたい心の在り方も、宮本氏が歌うエレカシの楽曲にはどうしようもなくにじんでいる。その正直さがまたリスナーの胸に響く。 

最新の曲は11月にリリースされた「RESTART」と「今を歌え」。51歳を迎えた心情がタイトルにも歌詞にも表れている。

「『RESTART』のプロモーションビデオで、デビュー初期以来、久々に髪を短く切ったんですよ。サラリーマン風になったので、スーツにネクタイで家を出て、ライブに向かうことにしました。慣れない服装で落ち着かないのに、なんでこんなことしてるんだろう――。赤羽のサラリーマンの家庭で育ったので、潜在的にサラリーマンへの憧れがあるのかもしれません」

スーツで正装をして会場へ向かう。そしてバックヤードでいつもの衣装に着替える。その作業が今、ひとつの儀式になっているのだという。

バンドの背景もロックで見せてきた

2017年は、ベスト盤の製作やツアーの選曲のためにデビュー以降の多くのエレカシの曲を聴いたことで、いくつもの新鮮な発見があったという。

「特に『風に吹かれて』は、しみじみ聴きました。今のままでも素晴らしいけれど、新しい明日に向かっていこう、という内容、自画自賛になりますが、いい曲なんです。20年経った今の僕の心はそのままですから」

この"新しい明日へ向かおう"というテーマは、最新の曲まで、脈々と流れている。

「世の中の人は皆、敗者。僕はそう思っています。誰もが敗れていく。たとえ億万長者だったとしてもね。その人の最大の願いは、自分が愛する唯一の人に愛されることだったかもしれない。サッカー選手になりたかったのかもしれない。今は連勝中でも、いつか負ける日がくるかもしれない。そういう敗れていく人への歌を僕たちは歌ってきた。無意識のうちにですが」

リスナーの喜びも、悲しみも、希望も、エレカシは歌と演奏とともに、体現もしてきた。

「僕たちは近所に住む同級生でつくったバンドです。音楽大学で特別な教育を受けたわけではありません。そんな超一級の演奏技術は持たない4人だけど、熱量はすごくある。『風に吹かれて』のような曲を一生懸命何十年も練習して演奏する。リスナーの方々は曲そのもののクオリティーだけではなく、そんな僕たちの音楽の背景も感じてくれているのでしょう。30年間、ロックを通して、4人の結びつき、時間、戦い、熱量をリスナーに届けてきた気がしています」

30年実直に重ねてきたキャリア。しかしどんなに時間をかけても決して満たされることのない衝動が、これからも宮本氏を突き動かし続ける。

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Hiroji Miyamoto
1966年東京都生まれ。エレファントカシマシで1988年にデビュー。「今宵の月のように」「風に吹かれて」などの名曲を生む。2018年3月17日にさいたまスーパーアリーナで30周年ツアーのファイナル公演が行われる。

Text=神舘和典 Photograph=吉場正和

*本記事の内容は17年12月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)