ひふみ投信シリーズのファンドマネージャー藤野英人氏が率いるレオス・キャピタルワークスが運営するYouTubeチャンネル「お金のまなびば!」から、藤野氏と研究者・実業家の成田悠輔氏の対談を3回に渡って紹介。第2回は成田氏の専門でもある「教育」について。#1
アメリカの大学の“起業家を生む”仕組み
早期教育やお受験戦争の激化、従来の教育システムへの危機感など、昨今、教育に関する話題をよく耳にする。そして、日本とアメリカで活躍する成田悠輔氏の研究テーマのひとつも教育だ。
一般によいとされる学校や、従来の教育に警鐘を鳴らす社会起業家が立ち上げた、新しいオルタナティブな学校。それらが本当に、一般の学校に比べて優れているのか否か。そんな素朴な疑問に、教育委員会や政府が持つ非公開の行政データ等を使って“はかる”ことを、研究者として実践してきたという。
そんな成田氏に対し、藤野氏が「今の日本の教育制度のいい点と悪い点」を問うと、「どの国もうまくいっていない」という意外な答えが返ってきた。
「うまくいっている教育の仕組みはないと思うんですよね。医療も同じで、正解が違うような問題に社会全体で挑んでいるので、常に問題があるんだと思うんです。だからBadとWorse、 どちらが相対的に悪いのかを比べている部分もあって、どの国も一長一短なんじゃないでしょうか」
そこから発展したのが、日本とアメリカの大学にある、ある劇的な“差”についてだった。
「東大とか京大みたいな学校に入れることが、どういう能力、どういう価値判断の基準で、どれくらい成果に当たっているのかということに関して、だいたい僕らは合意できるじゃないですか。これがハーバードやイェール大学になると、全くそれが機能していないんです。
とてつもなく頭がいいとか、成績がいいとか、数学オリンピックのメダリストでしたって人もいれば、親がたまたま大金持ちだったっていう人もいる。そこでの学歴を持っているってことが、何を意味しているのかが限りなく不透明」
藤野氏は、そういうアメリカの“不透明さ”、一方で、建前の授業料は高いけれども手厚い奨学金制度があり、標準モデルより優秀な人は無料で進学できるというシステムは、起業家を生む環境としては「めちゃくちゃすごい」と感じていると言う。
「お金がないけど頭のいい子が入れて、お金はあるけど頭の悪い子も入れて、それが学友になる。将来、すぐ会社を作れるような(資金力のある)人の元に、めちゃめちゃ頭のいい人が入ってくるから、その中でいろんなマッチングができるという面で見ると、何をもって公正かというのはあるかもしれないけども、もう少し社会的公正を上のレベルで見てみると、結構成り立っているんじゃないかなと」

藤野英人/Hideto Fujino
早稲田大学法学部卒業後、国内・外資大手資産運用会社でファンドマネージャーを歴任。2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。投資信託「ひふみ」シリーズ最高投資責任者。
日本がつくるべきは「成金学部」!?
アメリカのような、お金の力をうまく使った資本主義としての高等教育や大学システムを、ドラスティックに実験するところが日本にもあっていいのでは、と成田氏は続ける。
「ひろゆきさん(注:2ちゃんねる開設者・実業家)と慶應大学の伊藤(公平)塾長と話をして、システム的には慶應大学成金学部みたいなところを作ることはできるらしいんです。この学部だけ、なぜか授業料が年間1億みたいな、よくわかんない部。
その成金学部に入学した人たちは、慶應というエコシステムに対するスポンサーなんだという説明の仕方はできますよね。
東大もやりようがあると思っていて、いいところであり悪いところでもありますが、日本のエリート大学システムは、すごくヒエラルキーがはっきりしている。日本みたいな規模の国で、東大のような単独トップみたいな存在(の大学)があるっていうのは、(他の国では)あんまりない。イギリスを見ても、オックスフォードとケンブリッジがありますよね。フランスなんて、トップ大学がたくさんある。アメリカも何十個もトップ大学があるって感じだと思うんですよね。
日本の場合、東大京大あたりにアカデミックな名声が集中していて、私大なら早慶が不動のトップ。寄付金の集め方でも圧倒的な力を持っているんです。なので、一極集中させることを目指す場合は、すごくやりやすい。明治時代に起きたような、中央集権的で戦略的な一極集中化みたいのをやるためには、いまだに日本社会は文化的に相性がいいんじゃないかなという感じがしています」
藤野氏は、そんな日本社会のよい点として「下克上のしやすさ」を挙げた。データ的にも、親の年収が低い人でも、頑張れば取り返せるチャンスが、他国よりもあるという。そこには、日本ならではの“階級構造の曖昧さ”が関係している。
「日本って、うっすらと(階級による差は)あるけれども、アメリカとかヨーロッパに比べるとすごく少ないんです。例えば、サイゼリヤみたいなところでも年収1億円ぐらいの人も普通に行っているし、それがおかしいと言ってつまみ出されることもない。 過ごす場所とか遊ぶ場所のクラスが曖昧だというのは日本の特色ですね」
この日本特有の曖昧さを「すごくいいところ」と成田氏は表現するが、かたや我々日本人は、その美点を欠点として批判しがちだ。
「日本人の同調圧力とかぬるま湯的な、安心のメンタリティみたいなものとすごく強く結びついていると思うんですが、最近は、それが悪い形で語られる場合がすごく多い。ただ、おそらくそれが同時に、これだけ綺麗で治安がよくて、公衆トイレとかが普通に機能するみたいな生活を作り出している。中途半端にその日本の特徴を悪者にして、それを叩くだけではダメなのではないでしょうか」
どうすれば日本からイノベーションが生まれるのか
今、我が国で求められていることのひとつが、かつて諸先輩が“技術力”で世界を席巻したように、新たなイノベーションを次々と生み出す“強い日本”の再起だ。それが正しいとすれば、現状を打破する策はどこにあると成田氏は考えるのだろうか。

成田悠輔/Yusuke Narita
夜はアメリカでイェール大学助教授、昼は日本で半熟仮想代表。東京大学卒業(最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞受賞)、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてPh.D.取得。一橋大学客員准教授、スタンフォード大学客員助教授、東京大学招聘研究員、独立行政法人経済産業研究所客員研究員などを兼歴任。
「イノベーションや日本経済の停滞の問題について、考えれば考えるほど、単一の分かりやすい問題とか解決策はないんじゃないかという気がしてならないんです。多分、経済を作り出していく色々なレイヤーの各パーツが少しずつ錆びついていて、少しずつ衰えていて、そのかけ算みたいな形で日本の停滞が作り出されている。
実際、地球全体でみると、日本だけじゃなく、すでに豊かな民主主義的、資本主義的な国は多かれ少なかれ停滞しています。
ヨーロッパはもちろんアメリカだって、アジア・ アフリカの伸びている国と比べれば、ギリギリ『GAFA』みたいな化け物が出てきているということで、かろうじて国全体が成長している感じですよね。みんなが停滞しているってところを、出発点として押さえたほうがいい。
日本は何かの理由で、たまたまその年率の成長率が、そのすでに衰えている先進国のなかで1%か2%くらい低くて、それの累積でここまで差がついちゃっているってことだと思うんです。それはたぶん人口が高齢化していて、労働力の投入量みたいなものがなかなか増えないから。それから、日本の企業もだんだん高齢化してきて経営者たちもサラリーマン社長なので、ドカンと未来に投資するっていうのも株主的にやりにくかったり。あまり極端な悲劇ではなく、ちょっとダメな要因がいくつか重なって、こうなってるんだろうなと思うんですよね。
そういう意味でいうと、偉い人たちがずっと議論していてもあんまり変わらない気がしていて、いろいろ難しいことを考えずに、皆がそれぞれ試行錯誤するっていう当たり前のところに戻るしかないんじゃないかなと。むしろ国がやれることって、出てきたものの邪魔をしない、 足を引っ張らない、潰さない制度と文化をどうつくるかってことに尽きるんじゃないでしょうか」
停滞ムードそれ自体よりも、なんとか風穴を開けようと、必死に“魔法の杖”を探している現状を、成田氏は「やばいメンタリティになっている」と危惧しているという。それは、当たらなくなったギャンブラーが一発逆転を狙っている感じ、とも表現できる。そして、一発逆転を狙うと地獄に落ちるのが大体のシナリオだ。だからこそ、成田氏はあえて「当たり前のところに戻る」ことを訴える。
一方で、はっきりと“問題だ”と感じている点もあると言う。
「よく老害問題が語られるけど、それと同じぐらい、若い世代も問題だなって感じがしています。僕は30代半ばぐらいですが、20代〜30代くらいで、危険なアグレッシブさを持っている人にほぼ出会わない。経営者・起業家でもいいですし、政治家志望でもいいですし、文化人・研究者・運動家みたいな人でもいいんですけど、下手したら捕まっちゃうんじゃないかとか、とてつもない革命運動を起こして物凄い数の人を幸福にするか不幸にするか、何が起きるか分からない怖さみたいなものを持っている人がほとんどいないなっていう印象なんです。
今ある日本社会や日本経済のゲームのルールを前提としながら、そこでどう上手くやるかということに、無意識にものすごく適応しちゃっている感じがするんですよね。昔の堀江貴文さんみたいな、危険さや異物感を持っている人がもっと出てくるような風土をどうつくるかっていうのは、重要な問題なのかなと思います」
対する藤野氏は、現代の若者には、この世代特有の凄さがあると言う。その言葉を聞けば、「日本の未来も、そう暗くはないのかもしれない」という希望が見えるのではないだろうか。
「若い世代の中でスーパーバランス感のある人は出ていますよね。例えば大谷翔平選手や将棋の藤井聡太さん。人格者で、既存的ルールのなかで圧倒的なパフォーマンスを出す、みたいな。これからは、そっちの方の人が出ていくんじゃないかなという感じがしています。すごいヤバさを感じる人はあまりいないんだけど、スーパーバランサーはめちゃいるなと。
掛け算するとすごくなる人ですよね。個々の要素のところで言うと、バランスよく考えられるとか、論理的に考えられるとか、決断力があるとか、人とコミュニケーションできるとか。それぞれは15%ずつくらい高いんだけど、掛け算をすると凄まじい感じの人が10代20代30代に出てき始めたってイメージを持っています」
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