宮川サトシ ジブリ童貞のジブリレビュー vol.4『千と千尋の神隠し』

​幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。


『千と千尋の神隠し』レビュー

暑いですね……私たちが子供の頃って、こんなに暑かったでしたっけ? "だるまさんがころんだ”がめちゃくちゃ得意な太陽が、年々じりじりと近づいているような、そんな怖さを感じつつ、ガリガリ君を口に咥えた状態でこれを書いております。

毎回皆さんからいただいているオススメジブリ作品ですが、今のところ「ラピュタ」「もののけ」「千と千尋」……の順で票数が多く、ひとまずそれぞれのDVDを既に取り寄せており、次は順当にラピュタを観るのが道理だと思ってはいたのですが……すいません、この暑さの中、一番涼しげなこのパッケージに目が止まってしまいました。今月はガリガリ君ソーダ味の色合いにも似たDVDパッケージでおなじみの、『千と千尋の神隠し』を観てレビューさせていただきます。

これまで観た中で一番よくわかんないジブリ

前回観た「豚」も、「トトロ」も「ナウシカ」も、好みの差こそあれ、どの作品も何が言いたいのかはちゃんと理解できたつもりだったのですが…この「千と千尋」はさっぱり意味がわからなくて、見終わった後はなんだか、朝方見た支離滅裂な夢をテレビ画面を通して見させられているような、そんな気分でした。

かつて私に「ジブリはおっさんの寝言だ」と言った兄の本棚にもあった、つげ義春先生の漫画を初めて読んだ時のような感覚。まさかこれがおっさんの寝言なの? そう言えば千と千尋の世界にも、つげ先生の「ねじ式」みたいな目医者の看板もあったし……何が正しくて、誰がおっさんで、どこからどこまでが寝言なのか。

ゲーテ編集長の話では、この映画が日本歴代興行収入の第一位(2018年現在、未だ破られていない記録)で、アカデミー長編アニメ映画賞を受賞しているとか。地元の友人達も好きだったな……みんな元気にやってるかな……。笑っていいともでタモリさんが、素人の出演者を「カオナシ」に例えて爆笑をとってたっけ……。世の中は、世界は、みんなこれを理解してたんだよな…もしかして私だけが違う世界に住んでいたのかな……。

なんだか私まで、わけのわからない世界に迷い込んでしまったようです……。

唐突な理不尽さに「夢オチ」を疑わずにはいられない

つまんないケチをつけるようで心苦しいのですが……まず、異世界に迷い込むまでがやや唐突のように思うんですよ。主人公・千尋の成長物語だとしても、もっと千尋の普段の生活を見たかったなと。引っ越し先の街で、お父さんも知らないところにグイグイ入っていくし、お母さんもなぜか妙に娘に冷たいし、二人とも勝手に店先の食べ物食い散らかして豚になるし…理不尽すぎる!ちょっと前の「世にも奇妙な物語」でも時々、"朝目が覚めたらまわりの人たちが急に口聞いてくれなくなって、最後主人公が電車にはねられてニュースになるパターン"の回とかありますが、それに似てて、いや、なんもしてないじゃん! と思ってしまいました。

ファンタジー世界へのトリップの仕方は、「トトロ」が本当に素晴らしくて。特に好きなのが、姉のさつきが傘を差しながら妹のメイをおんぶして父親の帰りをバス停で待つシーン。傘で上半分が隠れたさつき目線の視界(日常)に、トトロの足(非日常)が入り込んでくるですが、あそこは何度見てもハッとして、主人公たちと一緒に気持ちよく没入できるんですね。

摩訶不思議な世界も主人公にのし掛かるキテレツな困難も、きっと全部夢オチなんでしょ?と疑って見て思ってみてしまう自分がいました。いくらおっさんでも、他人のおっさんの夢オチになんか付き合ってられるほど暇ではないのです。

……いや、でもちょっと考えすぎなのかな? 大して良くもない頭で観てる?そんなことを思い始めた私の目に、机の上にあったこのデッサン人形代わりのフィギュアが入ってきました。

ブルース・リー先生……

リー「Don't think, Feel! (訳:あれだったらもう一回観てみたら……?)」

「考えるな感じろ」で観た2周目

リー先生がそうおっしゃったので、続けて2周目を観ました(暇かよ)。で、わかりました。おっさんの私は全てに理由や意味を求め過ぎていたようです。

そもそもが朝方に見た夢を録画して見返しているような世界観なんだから、いちいち疑問を持つこと自体ナンセンスなのかもしれません。どうして湯婆婆(ゆばーば)が双子なの? で、それが後半になって急に出てくるのってアリ?だとか、なんで川の神様からもらった泥団子食べたら解決するって千尋は確信してるの?とか、千尋が溺れそうだった幼少期の話も、本人は忘れてても、視聴者には前半のどこかでヒントをくださいよ、とか。そういうのもう言いっこなし。そうなのだから仕方ない。これはきっと和製「不思議の国のアリス」、白ウサギが人の言葉で話しかけてきても、何の疑問も雑念も抱かずに、心ごとウサギとアリスについていったあの頃の感覚。これが大事なんじゃないかと。

夢オチではなく、神隠しオチ

2回目のエンディングを観た後、パッケージを手に取り改めてタイトルを見て気づきました。これってまさか…夢オチじゃなくて、神隠しオチなのでは……? と。

なんだ、最初から宮崎監督は言ってるじゃないか、世間さまもウチの奥さんも「千と千尋」って略すから、「神隠し」の方をすっかり見落としてましたよ。そりゃ唐突で理不尽で当然、だって神隠しなんだから。めちゃめちゃ暑い日に突如姿を消すクーラーのリモコン、あれも神隠し。大概ソファの隙間から出てきますが、やっぱり唐突で理不尽です。

千尋たちが元の世界に戻ってきた時、最初に乗っていたお父さんの車(アウディ)が埃だらけになってるのも、よく考えたら地味に怖いんですよね、どれだけ時間が経過してたんだよ…というか、本当に元の世界に戻ってきたのかすらわからなくなる神隠しの怖さ。

結論:「千と千尋」はテーマを決めてみようとすると失敗する作品だった

1周目で個人的に私がついていけなかった理由は、作品に込められたテーマが多過ぎたからだとも思うんですね。

思い当たったものをざっと書き出してみても…

・ 働くことの意味(湯屋で働いて人として成長する主人公)

・ 不法投棄による環境破壊(身体を洗い流しに来る川の神様)

・ 人の欲望(砂金に群がる湯屋の面々)

・ コミュニケーション能力(カオナシの主人公へのアプローチ)

・ 子育て(やけに冷たい千尋の母親や過保護すぎる湯婆婆)

・ 人は忘れてしまう生き物(主人公とハクとの関係)

……やっぱり多い。テーマになりうる要素がこの映画にはこんなに詰まっています。まるで3マス×3マスの器に9つの小鉢で構成された、おばさんとかがよく注文するランチのよう。家に帰ってから、あれ?今日の昼って何食べたっけ? となるあれみたいな。

でもですね、ひとつひとつのテーマの描き方はとても丁寧だったんですよ。湯婆婆に過保護に育てられた坊(でっかい赤ちゃん)が、魔法で小鼠に変えられた後、千尋の肩に乗って初めて外の世界に出るのですが、途中、千尋の肩に乗るのを拒否して自分で歩こうとするんですね、数秒ですがそんなサブキャラクターの成長を感じさせるシーンがある。そこに気づいてから観た二度目のラストでは、トンネルを抜けて元の世界に戻ってきた主人公の千尋の顔が、ちょっと自分の娘に似てるようにも見えて(←マジです)、あぁ、そういうことかと感じるものがありました。

砂金を与えて千尋を自分のものにしようとしたり、飲み込んだ相手の声(言葉)でしか話せないカオナシは、モテない自分のような駄目男にも見えてきたりもして、そう思えた途端、あっちの世界とこっちの世界が繋がる感じがしてくるから不思議。

自分のようなおっさんになると、つい「この映画のテーマは何だろう?」と考えてしまい、それが見つかってやっと安心して、肘掛の受け皿にあるポップコーンに手が伸びる。たぶんこの映画に関しては、そういう楽しみ方は向いてなくて、感じたものを拾う方が良いんでしょうね……。

観る人と、観るタイミングによって、テーマが変わる。歴代興行収入第一位なのは、そういう理由からなのかも。

なんにせよ、これだけのテーマをひとつの作品にまとめ上げる手腕ってのは普通じゃないですね…やっぱり凄えや……宮崎監督。


今月の蛇足ジブリ

ここまで4作品を観てきて、宮崎駿監督凄いなと思ってばかりいるのも、一応漫画描きの端くれとしてちょっと悔しいので、ここ、自分ならこうするな〜と思ったアイデアを、蛇足だとはわかっていながらもイラストにして載せておきます。

蛇足その1

↑千尋がもともと着ていたヨモギ色のラインが入ったシャツはちょっと地味だったので、異世界に行った時の衣装とのギャップが弱く感じました。なので、英語のロゴとかを入れておくなどして、もうちょっと〝しまむら感〟を出すと、途中ハクが着替えを持ってきてくれた時とか、思春期特有の少し恥ずかしい感じも演出できて良いのかも。


蛇足その2

山村浩二さんのアニメを見ているかのような、油屋に通う八百万の神様たち。一体一体に意味がありそうだし、可愛い。私も一体、自分が信じている神様を描いてみました。

さて、次回のジブリレビューは?

いかがでしたか? 再び『千と千尋の神隠し』を見返して、自分だけのテーマを感じる旅に出たくなっていただけたら幸いです。

一応予定では、次こそ「もののけ」か「ラピュタ」をと思っておりますが、次回のレビューも読者の皆さまのご意見を反映して作品を選んでいきたいと思っています。次に観るべきあなたのおすすめ作品を教えてください。ツイッターやfacebook、Instagramなどで「#ジブリ童貞」のハッシュタグをつけて投稿を。参考にさせていただきます。


宮川サトシ
宮川サトシ
漫画家。エッセイ『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』『情熱大陸への執拗な情熱』『そのオムツ、俺が換えます』/原作『宇宙戦艦ティラミス』『僕‼︎男塾』など。現在、週刊新潮にて『俺は健康にふりまわされている』を連載中
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