宵越しの金は持たない! 究極の贅沢と成功の因果関係 Part.1

「1300万円の万年筆! クレイジーだ!」 ジュネーブの新作時計市でこの万年筆を見て、瞬時にそう思いました。と同時に「ゲーテ」の読者の皆様には興味を持ってもらえる確信がありました。目を向けるべきは、価格よりもいわゆる「万年筆の常識」を打ち破っていることにあります。本誌はこの10年、「成功」という言葉を何度も使ってきました。何をもって成功かは人それぞれですが、取材をさせていただいてきた輝かしい成功者たちは常に開拓者でした。常識に囚われず、揺るぎなき信念を強く抱き、時に孤独に耐えながらも、前に進む。そうすることによって、時代や仕組みを変え、やがて事業や仕事が軌道に乗っていきます。今回の10周年記念号は「贅沢」にフォーカスを当てます。この言葉も非常に捉え方が難しいですが、「贅沢=豊かさ」であると本誌は考えます。心と身体が豊かであり続ける。それこそが、仕事の成功には不可欠ですし、豊かさの継続は、成功が継続し循環する秘訣なのではないでしょうか。 最後に、創刊10周年を迎えられたことを、読者の皆様、取材に協力してくださった方々、そして、関係者の方々に、心より御礼申し上げます。 ゲーテ編集部

東京ヘリポートに格納されているフランス製のユーロコプター。約3億円で購入。このほかにもう1機、小型のヘリコプターを所有。

1月のよく晴れた週末、澄んだ東京の冬の空をヘリコプターで飛んでいく。

眼下に東京タワーが近づいてきた。赤茶けた鉄塔の先端が突き刺さるのではないかと思うほど、ぐんぐん接近していく。展望台の窓の人影がわかるくらいまで近づくと、タワーを時計回りに巻き込むように旋回し、今度はスカイツリーを目指していく。彼方では、雪をかぶった富士山がこちらを見ている。

このヘリコプターの操縦桿(そうじゅうかん)を握るのは相川佳之氏。本職はパイロットではなく、ドクターだ。湘南美容外科クリニック総括院長である。

「1週間に一度か二度、気分転換したい時に、こうして空を飛んでいます。ヘリの魅力は束縛が少ないことです。一度飛び立ってしまえば、どこへ行くのも思うがまま。誰の指示も受けずに、自分で意思決定できます。クルマだと、基本的に道のあるところしか進めないですよね? 信号もあれば、踏切もある。でも、空ならば自由です」

セスナを利用して水質調査のビジネスも

相川氏は自家用のクルーザーとセスナ機も持つ。所有するだけでなく、それぞれライセンスも取得し、自分で操っている。

「最初に免許を取ったのは、船です。クルーザーを買う友人に同行したのがきっかけでした。試乗すると、水の上を好きな方向へ向かうことができて、予想外に気持ちが高揚しました。友人の付き合いだったのに、自分が欲しくなってしまったんですよ(笑)」

最初に手に入れたクルーザーは12人乗りだった。

「10年落ちの中古です。スタッフのお祝い事で船上パーティーをやったら、みんな、子供に戻ったようにはしゃいでね。クルマでは、どんな高級車だったとしても、一度に10人を喜ばせることはできません。いい買い物でした」

今は、東京、静岡県の初島、和歌山県の南紀白浜、沖縄のマリーナに、1艇ずつクルーザーをおいている。

操縦桿を握る相川氏。6人乗りのヘリはシートを革に張り替え、ノイズキャンセリングに優れたBOSEのヘッドフォンも使用。

船の次に手に入れたのは、セスナ機だった。きっかけは、意外にも高所恐怖症克服のためにセミナーに参加したこと。

「大きな弱点のある経営者は成長できない──。よく言われるんですよ。それで、弱点克服のためのセミナーに参加しました。僕は子供の頃から高所恐怖症だったので、自己暗示をかけながら、高さ10メートルの電柱を登ったり、高所から高所へ飛び移るセッションをしたり。そうしたら、本当に高所恐怖症が治っちゃいました」

そのセミナーにセスナ機の免許を持つ参加者がいた。

「彼にセスナの魅力を教えられましてね。セミナー修了後すぐにライセンスを取りました」

2011年3月11日の東日本大震災のあと、相川氏は飛行機で物資を運ぼうと考えた。

「ところが、うまくいきませんでした。震災直後は仙台空港が液状化して利用できなかった。空港が復旧しても、飛行機にはさまざまな規制があって」

そこで、ヘリとそのライセンスを取得することを決める。

東京の夢の島マリーナに停泊するクルーザーのメインキャビンで寛(くつろ)ぐ相川氏。ラグジュアリーホテルのスイートルームのような環境だ。この奥にキッチンがある。

「飛行機は離陸から着陸までの行程のすべてで、管制塔の指示に従わなくてはいけません。その点、ヘリは自由度が高いんです。離陸と着陸以外は、どこをどう飛ぼうが自分しだい」

地上近くまでゆっくり降下できるので、被災地への物資の輸送にも便利だった。

「セスナやヘリのライセンスを取る時は、1週間に3、4日は朝に訓練。7時から9時まで空を飛んで、10時にクリニックに出勤していました」

現在、クルーザーは主に夏、スタッフや友人と一緒に楽しみ、セスナは全国展開しているクリニックへ急ぎで移動する時に、ヘリは心を落ち着けたい時に利用している。

「セスナにカメラを積んで、日本近海の赤潮の調査も行っています。僕は今、水産航空という水質調査の会社の役員も兼務していまして。ヘリはクリニックの市場調査にすごく役立ちます。また、新規のクリニックの開業を検討する時、最寄りの駅周辺の住宅密集度を空からチェックもするんですよ。例えば両国にクリニックを検討していたら、錦糸町、亀戸、平井......と千葉くらいまで東側の住宅密集度を確認する。人の意識と動きは、自分が住む街よりも都心部へ向かいます。反対方面のクリニックには足は向きません。だから、両国から東をヘリでチェックしていくわけです。横浜にクリニックを検討するならば、小田原くらいまで西をチェックします」

クルーザー、セスナ機、ヘリコプター、どれも億単位の買い物である。相川氏は、なぜそこまで乗り物にコストをかけるのか──。そこには、自分流の美学がある。

1.クルーザーは全長105フィート。このサイズの船舶は、舵は別のスタッフに任せている。他にも、沖縄、和歌山、静岡の初島にも1艇ずつおかれている。2.船上パーティーの時、相川氏はもっぱらDJブースに入って音楽を回している。3.水に浮かぶホテルのようなクルーザー。4.船内には、屋内外2つのジャグジーを設置。5.明るく広いベッドルーム。かすかな揺れが心地よく眠りにいざなう。

自分も同乗者も知恵につながる体験を

「モノよりも、体験や時間や心にお金を使え」

子供の頃から、相川氏は薬剤師として薬局を経営していた父親にくり返し言われてきた。

「両親はその時の楽しみでしかないモノは買ってくれませんでした。でも、スポーツや旅行のような自分の血肉になる体験はさせてくれた。体験は知恵を育てるから、大人になってから役に立つと言われていました。船もセスナもヘリも、モノではあるけれど、未体験ゾーンに僕を連れていってくれます。さらに、僕だけでなく、同乗する人にも体験させてくれます。それは人の心に蓄積されて、知恵につながってくれる」

時間の短縮に積極的にお金を使う大切さも教えられた。

「時は金なり──。昔から言いますよね。時間はお金では買えません。どんなにお金持ちでも、容姿に恵まれていても、高学歴でも、1日は24時間です。でも、自分で工夫はできます。移動時間を短縮し、あるいは自分自身でなくてもできることを誰かに委託することによって、与えられている24時間を濃密に、効率よく使うことはできます。湘南美容外科クリニックは全国に47院あります。それぞれに鉄道を利用したら大変な時間がかかります。民間機もエアポートでの待ち時間は大きいですよね。でも、自分の自家用機やヘリならば、時間を大幅に短縮できて、1日を有効活用できます。そういう時間短縮に、僕はコストをかけたい」

相川氏が手がける美容外科は心のケアだと考えている。

「僕自身が、子供の頃から容姿でコンプレックスを持っていますから」

岡山の空港に置かれている「CESSNA CITATION」。子供の頃の夢はパイロットだった。現在飛行時間は800時間をはるかに超える。

身長のコンプレックスが美容外科医の道を歩ませた

身長が低いことが相川氏の中学生時代から悩みだった。

「背が高くなりたくて、牛乳を飲んだり、少年漫画誌の広告で見つけたぶら下がり健康器を買って試したり。それでも、効果が得られなくて、ホルモン注射を打ってもらおうと、大学病院にも行きました」

しかし、希望はかなえられなかった。

「健康なんだから、背なんか気にしないで勉強しなさい」

ドクターにそう言われた。

「がっかりしたというか、唖然(あぜん)としたというか。なんの解決にもなりませんでした。病院という場所は、悩み抜いて、さまざまなことを試した末にたどりつくところ。そこで救われないと、失望するしかありません」

その体験が相川氏を美容外科の道へと進ませた。

「目でも、鼻でも、バストのサイズでも、自分のコンプレックスの解決は、その部位を美しく変えるだけではありません。心が豊かになれます。消極的な性格が積極的になれたり、内気だった人が外向的になれたり。気持ちが変わり、その後の人生が変わるきっかけになります」

物質ではなく、心の豊かさにお金を使ってもらう仕事をしたい──。心から思った。

現在ではSBCメディカルグループとして美容外科だけでなく、がんの免疫療法を行うクリニックも手がける。

「とにかく効果のある最先端の治療法や薬を使いたい。それらを使うには、日本では認可が下りていないから保険診療は認められません。だから自由診療です。僕がこだわっているのは自由。30歳の時にクリニックを開いたのも、自らヘリやセスナ、船を操縦するのも、すべての意思決定を自分で行いたいから。オンもオフも常に自由でいたいからなんです」


Yoshiyuki Aikawa

1970年神奈川県生まれ。2000年に藤沢に湘南美容外科クリニックを開院。料金を明確にし、術後のプロセスも写真で見せるなどで社会的な信用を得て全国47院まで発展。また、社会貢献に積極的に取り組み、東日本大震災後には救済プロジェクトを展開。カンボジアに小学校も建設。


Text=神舘和典 Photograph=興村憲彦、鞍留清隆

*本記事の内容は16年2月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)