世界を旅する作家が帰る森の中のアートの家

大自然とアートに囲まれながらリラックスと執筆の日々──。複数拠点を持つ小説家 原田マハの理想を具現化した家が、蓼科の森の中に溶け込むように佇む。

東京・パリ・蓼科を巡り多拠点居住を実践中

原田マハさんは旅する作家だ。ルソーにピカソ、ポロック、香港のオークションハウス、美術商の林 忠正......。古今東西のアートを題材に小説やエッセイを執筆するので、アーティストや作品の取材で常に世界中を駆け巡る。各地での講演も精力的にこなすし、そもそも移動が好きで個人的な旅も重ねてきた。

そんな多忙なライフスタイルのうち、ふと立ち止まって自分に帰れる場所は、長野県蓼科の住まいである。

テラスで愛犬のジャムと寛ぐ原田マハさん。森の中に静かに溶け込む黒い建物を手がけたのは建築家の馬場正尊氏。原田さんとは旧知の間柄だ。

「今、活動の拠点とする場所は3つあります。まずは生まれ育った土地であり、長年暮らしてきた東京。このところ仕事でしばしば訪れるようになったパリ。そして蓼科です。ここはリラックスと集中の場。まずは自然に囲まれた環境の中で緊張を解き、ゆったりとした時間を過ごす。愛犬のジャムもいますしね。と、同時に書斎も設けてあり、まとまった時間をとって執筆に没頭します。今やITが世界中に行き届き、あらゆる場所が書斎になります。書くべき時にそこで書くのが私のスタイルですから、どこでだって仕事はできるんです。でも、立ち帰る場所はやはり必要です」 

3カ所を使い分けながら、他の土地への移動も繰り返すのが原田氏の日々。まさに多拠点的暮らし方を実践する。

「21世紀に入った頃から、都会と田舎に拠点を持つ暮らし方を提唱する声はあちこちで出始めていて、私もそれに共鳴し注目していました。作家になって2、3年経った時、ああ、自分の仕事は何も東京でしかできないわけじゃないと気づいた。それで思い切って、もうひとつの拠点を持とうと決めました」

長年の関心事に形を与えたのが、この蓼科の家だったわけだ。

蓼科在住の画家、小川 格(いたる)の作品がソファの上を彩る。リラックスした時間を過ごしたい時には、いつもここに座を占めるという。


ドリームチームに家づくりを依頼する

ではなぜ、蓼科を選んだのかといえば、ひとつにはその距離感があった。東京から中央本線の特急あずさ号でおよそ2時間。他の東京近郊別荘地と比べ、決して近いとは言えないが、その移動時間こそが大事だった。

「移動は気分転換の絶好の機会なんです。電車に乗っている間、私は何もしません。ひと眠りしたり、窓の外をぼんやり眺めたりして過ごす。中央線は車窓からの景色が美しくて、いつ乗っても季節の移ろいを感じさせてくれます。それに、蓼科はやはり自然環境が抜群にいい。人が生きるうえで不可欠な空気と水が、ここは本当においしい」

蓼科に拠点を設けると決めたら、どんな家にするかは明確なイメージがあった。

「私にとっては、完成イメージよりも、つくるプロセスに興味がありました。かつてアートキュレーターの仕事をしていたこともあって、クリエイターとともに仕事するのが好きなんです。家を建てるなら、自分にとってのドリームチームを組んでみたいと思っていました」 

そこで、建物はウェブサイト「東京R不動産」の運営でも知られるOpen Aの馬場正尊(ばばまさたか)氏。内装は丁寧で繊細な空間づくりが持ち味のgift_。庭はガーデンプランナーの塚田有一氏に依頼した。

「三者の生み出す空間に、自分がこれまで蒐集してきたアートを飾りたかった。私が持っている作品はジャンル、地域、時代にこだわらず、これが好き!という自分の気持ちだけを基準に選んできたもの。だからひとつひとつに、たっぷりストーリーがあります。それらを自由に並べて楽しむ空間を、ぜひ欲しかったんです」

奥村土牛(おくむらとぎゅう)の小品(壁)、平安時代の須恵器(上段・左)に安土桃山時代の茶碗(中段・右)、李朝の平椀(中段・中)、岡山・津山の竹細工(中段・左)、トルコのイズミール焼の皿(上段・右)と鉢(下段・左)、現代作家では中西洋人の一木造りの壺(上段・中)、広島在住のnakabonによる絵画(下段・右)。トルコ絨毯も含めて、いずれも原田さんが自分の目で選び抜いたものばかりが、ゲストルームの和室に飾られる。

原田さんにとってここは、複数ある拠点のなかでも特別な場所なのだ。


Text=山内宏泰 Photograph=川口賢典

*本記事の内容は17年7月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)