味のある家、豊かな人生。 <自宅編・番外編>


自宅編 マツオインターナショナル代表取締役社長 松尾憲久の
実験を繰り返し変化していく家

明るく開放感溢(あふ)れるリビングダイニングは、公私の知己が集まる空間。キッチンを囲み、スタンディングでワインを楽しむこともしばしば。

 兵庫・西宮の市街地から山手へと車を走らせ、急な坂道を登り切る。空が一段近く感じられる高台、瀟洒(しょうしゃ)な家々の立ち並ぶ高級住宅地の苦楽園で待っていたのは、いかめしい門構えではなく、木々の緑と敷地を通り抜ける風だった。

 「閉め切るのが嫌で、塀も門もなくオープンにしました。友達がいつでも立ち寄れるように」

 そう語るのは、マツオインターナショナル代表取締役社長の松尾憲久氏。邸宅は山のある北側、南側、両方の道に面し、どちらからもアプローチできる。敷地を貫く中庭には、寒桜、山桜、ザイフリボク、ブラシの木、泰山木(たいさんぼく)、ヤマボウシなど、多様な草木が生い茂り、家族にも訪れた人にも癒やしをもたらす。これらは、里香夫人とともに四季折々の庭の景色を考え、時に松尾氏が自ら山に入って選んだものだ。

 アパレルからライフスタイル提案へとビジネスの領域を広げ、海外でも店舗を展開し多忙な松尾氏が、自邸で過ごすのは年間100日ほど。その間に社員や公私の知己が頻繁に訪れ、ここで憩う。6月の還暦パーティーには百数十人が集ったという。

リビングを見下ろす位置に設けられた書斎。経済から数学、生物学まで幅広い書が揃う。

 住まいを移したのは12年前。西宮に隣接する芦屋で生まれ育ち、転居前も苦楽園で暮らしていた松尾夫妻にとっては、地元ならではの安心感があった。

 「土地選びの際に"気"を見てもらったら、よい気も悪い気もないと言われました。それならこれからここで運気を貯められたらいいと思い、家を建てることを決断したんです」

 新築にあたり、以前住んでいた外国人向けマンションで、センスよく暮らす隣人たちに影響を受けた経験から、海外にもヒントを求めた。

 「海外の取引先のなかで、この社長ならきっと素敵なお住まいだろうというところを、妻と訪ねました。ベルギー、オランダ、ドイツのお家めぐりですよ(笑)。その旅で自分たちの住まいの方向性が見えてきました」

 転居を考えた2003年頃は、ちょうど松尾氏の視野が洋服から服と小物のコーディネイト、生活全般へと広がっていった時期でもある。住まいは、自分たちとそこに集う人が快適であるのが基本。と同時に、ライフスタイルを提案する企業のトップとして、大切にしていることがあるという。

 「仕事で扱う家具や道具を、この家で実際に使い、よし悪しを実感することです。体験しないとお客様にお薦めできませんからね。インテリア選びには、我が社が洋服やライフスタイルを提案する際にテーマとする、"和洋の融合"や"匠"というものも意識しています」

ATELIER 玄関と入口を別にし、住まいと向き合う工房。3層構造で窓からは庭と市街地を望む。

 例えば、玄関から螺旋(らせん)階段を上がった2階に広がるキッチン、リビング、ダイニング。そして階上の書斎まで吹き抜けた大空間。屋外のような明るいスペースには、1850年代にフランスでつくられた猫足の大テーブルや1920年頃の本棚が、その傍らには新潟の工場でつくられたジャカード織のスツールが置かれている。和洋、古今の家具の間には、フラワーアーティストである夫人が、植物をコーディネイトする。

どこからでも自分の暮らしが見える家であってほしい

中庭には夫妻好みの木々が、折々の花の色や落葉のバランスを考えて配置されている。

 室内外に緑を取り入れながら、バスルームごと一空間につくり上げた夫妻の寝室や、南向きに2カ所、北向きに1カ所あるテラスも、和洋の趣(おもむき)が自然に溶け合う。配線やエアコンは巧みに隠し、余計な物を目に入れないための手だても徹底している。

 年に2回、顧客を招いたプライベートセールを邸内で行っているそうだが、売り上げは、ショップのセールを凌(しの)ぐことも。

 「安い物を買うためだけでなく、お茶のおもてなしや会話など、ここで過ごす時の流れを心地よく感じてくださっているからかもしれません」

南向き2階のテラスにも木々を植えた。遠くあべのハルカスや大阪湾まで見渡せる。

新築を機に、夫人が手がける企業内ブランド、「フィオリ」の工房も併設した。自然光が差し込む空間で、造花のアレンジメントや花をテーマにした雑貨、文具の製作に勤(いそ)しむ毎日だ。

そんな暮らしのシーンを、松尾氏はあらゆる場所から眺め、よりよいライフスタイルを求めて、改良し変化させる。最近もリビングの床を替えたばかり。日よけの屋根を伸ばし、書斎を広げる工事もまもなく始まる。

「電車がカーブを曲がる時、窓から後ろの車両が見えるのが面白いねって、設計前に建築家と話したことがあったんです。だからうちもいろんな場所から、自分の家や暮らしが見えるようにしています。ここを変えればもっといい、というアイデアは次々と浮かんできます」

年間500冊を読破する松尾氏。蔵書がいつでも手に取れるよう並べられた、リビングを見下ろす書斎で、朝5時から事業への考えを巡らしている。

「今の生活は、公私が分けられるものではありません。家で体験し感じることがビジネスに生かされますので、ビジネスの視点を持って家づくりを続けています。いわば実験をしているようなものですね」

DATA
 所在地:兵庫県西宮市苦楽園 
 敷地面積:615.46平方メートル 
 延床面積:404.85平方メートル 
 設計者:上原邦朗建築設計事務所 
 構造:鉄骨造
NORIHISA MATSUO
1955年、兵庫県生まれ。50余年前に父が創業したテキスタイルメーカーを基点に、現在はアパレルからライフスタイルへと幅を広げ、国内351店舗、ミラノ、パリ、香港、上海等でもショップを展開している。

番外編 第一商事代表取締役社長
"華麗なる一族"を継ぐ、姿勢を保つ別宅

 障子を開ければ涼やかな風が流れる、趣ある和室。ひとり静かに座禅を組むのは、第一商事代表取締役社長・永田紘之氏だ。

 初代が始めた塗料販売業を、2代目である永田氏の祖父・浩造氏が、戦後鉄鋼業へと転換し創業した第一商事。以来、日本における鉄鋼業界発展の一翼を担ってきた。その祖父の八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ぶりや人望の高さが評判となり、あの山崎豊子の小説『華麗なる一族』の着想に影響を与えたという。

 現社長・永田氏は4代目。現在住んでいる御殿山の自宅からこの座禅部屋のある別宅に毎日通っているという。

 「出張の時以外は必ず来ます。まずご先祖さまにお線香をあげ、40分程度座禅をしています」

 大学卒業後、父である現・代表取締役会長の博孝氏から「後継者として己を見つめ直すために」と、曹洞宗大本山・永平寺の修行に送り込まれたのがきっかけで始めた座禅。今では毎年の永平寺参禅だけではなく、東京でも日常の行となっている。

 都内にいくつもの家を持つ永田一族だが、この別宅は、永田氏の祖父が建て、長く暮らした家。現在永田氏が住んでいる御殿山の広大な自宅は、仕事柄来客も多いが、対してこの祖父の家は、お正月などの節目や折に触れ家族だけが集まった。

 だから、この家の中でも特に、リビングはいわば、一族の"心の本拠地"としてプライベートな思い出が詰まった場所だ。大豪邸の広大なリビングではなく、人との距離が近くなる大きさの部屋で、家族の絆をより強固にしていたのだろうか。

一族を継ぐ者としての初心を思い出し、無になれる場所

リビング・ダイニングルーム。50年以上前のBELTONのピアノや数々の絵画や調度品は、浩造氏が選んだもの。

 約20年前に一度改築されて庭は小さくなったが、それでも古いシイノキなどはいまだに残り、永田氏も子供時代を思い出すとか。永田氏自身は小学生の頃から、他の家族よりも頻繁にこの祖父の家を訪れていたという。

 「遊びに来るというより、いつも祖父に呼びだされていた感じです(笑)。軍人経験のある祖父ですから、それこそ箸の上げ下ろしから挨拶まで、人間として基本になることについては、本当に厳しかったですね。しつけというより"規律"として教え込まれました」

 祖父の書斎に呼ばれては、所蔵する書物を読むようにも諭された。子供だからという制限や甘えを許すのではなく、それは永田家の帝王学の一歩であったのだろう。

 「小学校5年生頃からは、学校が休みの時は、会社に出社するように言われました(笑)。祖父や父とともに工場に行き、スコップを持たされて子供でもできる手伝いをしていましたね」

 鉄鋼業の現場は小さな隙が大事故を生む。そんな社員の命を預かる厳しさを、単なる知識ではなく、会社の一員として関わることで身をもって教えられた。

 現在も「24時間365日が仕事。仕事とプライベートという分け方をしたことがない」という。 「『もし何も仕事がなくなっても、5年間は従業員を食わせられるようにしろ』と言われ続けてきました。それを実践するには、休む暇などないんです(笑)」

 だが、この別宅の風呂に入る時は少しだけ気が休まるという。大きく開放され、天空を眺められるこの場は、永田氏の毎日にとって貴重な切り替えのひと時なのかもしれない。

 祖父の晩年5年間は運転手兼秘書のような立場で、常に行動をともにし、一族を継ぐすべてを託された。この別宅はいわゆる祖父と孫の関係を超え、一経営者が一族を引き継がせる若き後継者へ希望を託した場所。

 「子供の頃、祖父からさまざまなことを教えてもらった時と変わらない空気がここにある。例えば何百年もその姿を変えず、毎年行っても常に同じ風景で迎え入れてくれる永平寺も同じ。ここに来れば、自分を見つめ直しリセットすることができる。僕にとってこの別宅は、初心を忘れず気を引き締めさせてくれる、大切な場所なんです」

DATA
 所在地:東京都大田区中馬込 
 敷地面積:500平方メートル 
 延床面積:350平方メートル 
 構造:木造 
HIROYUKI NAGATA
1976年、東京都生まれ。慶應大学商学部卒業後、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)で学ぶ。2001年、家業である第一商事に入社。各地の事業所を経験後、09年専務取締役に。12年より現職。

Text=大喜多明子、牛丸由紀子 Photograph=鞍留清隆、高島 慶(Nacása & Partners) Hair & make-up=ヌマ☆ヌマ

*本記事の内容は15年8月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)