いとうせいこうが紡ぐ恋愛のカタチ いとうせいこう『我々の恋愛』


スマホがなかった時代、恋愛はもっと美しくなる可能性を持っていた

『我々の恋愛』 いとうせいこう 著 講談社 ¥1,900

長きにわたって開催されてきた「二十世紀の恋愛を振り返る十五ヵ国会議」。その最後となる2001年の会議で最高賞を与えられたのは、ひと組の名もなき日本人男女による不器用かつ純粋な恋愛の一部始終を収めたレポート「BLIND」であった。

と始めるといったいなんの話かと思われそうだが、本書は小説なのでそんな疑問は忘れて、恋愛研究の権威たちによって真に20世紀的であると認められたというひとつのラブストーリーに耳をすませていただきたい。

まだ携帯電話も普及していなかった1994年。群馬県のパン職人である美和は、東京の有名パン屋に電話をかけたつもりが、つながったのは遊園地で働く青年・徹のアパートの留守番電話。応答メッセージの背後に流れる曲名が思い出せない、でも気になって仕方がない美和は、罪悪感に駆られながらもリダイヤルしてしまう。一方、帰宅した徹は珍しく留守電ボタンが点滅していることに気がつく。5件の用件はすべて無言。訝(いぶか)しがっていた徹の手元で電話が鳴り、慌てて受話器を上げるが、電話の主はまたもや無言なのだった。

この日を境に無言の電話を重ねることになったふたりは、顔も素性も知らない相手との言葉なき会話の内に、互いへの好意を見い出していく......。

ストーリーの冒頭を紹介しただけで紙幅が尽きそうなのだが、その後の展開もまだまだ20世紀的な不自由さと美しさに満ちているので、どうぞご堪能あれ。

話さなくても、会えなくても、相手が誰かわからなくても、恋愛は生まれるところには生まれたのである。それがメールもSNSも存在しなかった時代の「我々の恋愛」が有していた素晴らしき可能性だった。さてそれは完全に過去のものなのか?