白石和彌監督、映画『凪待ち』を語る ~野村雅夫のラジオな日々vol.32

現在、大阪のFM802を中心に、ラジオDJや翻訳家などさまざまな領域で活躍する野村雅夫さん。この連載は、野村さんのラジオというメディアでDJをすることの醍醐味や、ラジオで出会ったアーティストとのエピソードを披露してもらう。今回は、映画『凪待ち』が公開となった白石和彌監督だ。


地面を這いつくばっているような人たちにこそ愛情を持てる

2013年に『凶悪』を劇場で観てからの道すがら、見慣れた街の景色が違って見えた。何度か立ち止まって呆然としてしまった。強烈な映画体験というのは、それほどに心身に影響を及ぼす。ありがたいことに、その後ほとんどの作品で白石監督にインタビューする機会に恵まれ、毎度毎度、フレッシュなアイデアを盛り込む手腕に恐れ入ってきた。Ciao Amici!が始まってからまだ1年と3ヵ月しか経っていないのに、『孤狼の血』『麻雀放浪記2020』に続いて、なんと3度目の登場。しかも、ジャンルは重なっていない。そのほとばしるエネルギーと多彩で深いイマジネーションに、改めてシャッポを脱ぐことになった。

今回のお題は6月28日公開となった『凪待ち』。まずはあらすじを公式サイトから転載する。

「毎日をふらふらと無為に過ごしていた郁男は、恋人の亜弓とその娘・美波と共に彼女の故郷、石巻で再出発しようとする。少しずつ平穏を取り戻しつつあるかのように見えた暮らしだったが、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかないことが起きてしまう――。ある夜、亜弓から激しく罵られた郁男は、亜弓を車から下ろしてしまう。そのあと、亜弓は何者かに殺害された。恋人を殺された挙句、同僚からも疑われる郁男。次々と襲い掛かる絶望な状況から、郁男は次第に自暴自棄になっていく――」

©2018『凪待ち』FILM PARTNERS

主演は香取慎吾。恋人の亜弓を西田尚美、亜弓の娘の美波を恒松祐里が演じる他、リリー・フランキーや音尾琢真、吉澤健、麿赤兒などが出演している。脚本は『クライマーズハイ』の加藤正人。

映画ポスターのキャッチコピーに「誰が殺したのか? なぜ殺したのか?」という言葉が踊るように、サスペンス要素はあるのだが、僕は観ていて、犯人探しよりも何よりも、この後主人公の郁男がどうなるのか、この男に希望は訪れるのかというところに関心が向かった。ギャンブルで勝つか負けるか、誰が白で誰が黒かということよりも、郁男に覆いかぶさる鈍色の空に陽は差すのか。僕はそんな人間ドラマとして鑑賞したのだが、ここからは監督との対話をお楽しみいただく。

――FM802から白石組の野村雅夫がお送りしているCiao Amici!

フフ

――今日はこの方をゲストに迎えました。

『凪待ち』監督の白石和彌です。

――監督、チャオ! よろしくお願いします。

チャオ!

――そんな久しぶりでもございません。ということを毎回言ってる気がします。映画監督としての出演頻度がダントツに高いです。

ハハハ!

――ラジオで何度も言っていることですが、映画監督としては若手の部類に入るとは思うんですが、やがては日本映画を背負って立つ方だと僕は思っていますので、今のうちにゴマをすって「白石組」と言っているわけです。今回は6月28日公開の映画『凪待ち』についてうかがっていきます。まずキャスティングからまいりましょう。香取慎吾さんが主演。驚かされました。「新しい地図」としての活動で文字通り新しいことに取り組んでらっしゃることは把握しています。今までのイメージとは違うことにもトライしていらっしゃる。ただ、これまで演じてこられた中でも特異な役ですよね。わかりやすいところで言えば、服装が汚れていたり、性格も竹を割ったような人ではないぞって感じ。香取さんの抜擢は、監督が望まれたことなんですか?

そうです。香取さんがグループをやっている時から、あの身体の大きさがまずあって、エンターテイナーで、陰か陽で言えば陽性なイメージはあるんですけど、絵を描いたりもされていて、実は孤独と向き合っている人なんじゃないかなと思っていたんですね。だとしたら、陽のイメージだからこそ、陰の部分も人よりも持っているんじゃないかと感じていました。もしお仕事をする機会があったらと、チャンスを狙っていたんです。

©2018『凪待ち』FILM PARTNERS

――人間は振り子だなんて言ったりもしますが、陽が明るければ明るいほど、その分、影もあるんじゃないかってことですね。

おっしゃる通り。

――別に影ってのは悪い意味ではなくね。

そうです。

――内にこもって何かを深く考えたりされることもあるんじゃなかろうか。今回はそこにスポットを当ててみるという、映画界では初の試みかもしれませんね。

かもしれないですね。そうだと思います。

――プロダクションノートを読んでいて驚いたんです。香取さんは他の役者さんとは違って、その場その場でシーンごとにセリフを覚えるっていうスタイルだったようですね。

セリフがそんなに多くないってのもあったんですけど、本人が言っていたのは、一回ホンを読んだらその印象を大事にして、あとは現場に入ってきたら、美術だとか何がどこにあるかとか、対応する俳優さんがどういう芝居をするかとか、僕が何をやってほしいかとか、全部飲み込んで本番にアジャストしたいっていう気持ちが強いと。

――よくこういう映画のインタビューをしている時に、役者さんなんかいらっしゃると、「役作りで苦労された点は?」なんて定番の質問がありますよね。その役作りって、だいたいはご本人が脚本を読み込んで、役のイメージを固めて現場に臨むっていう方が多いと思うんです。その上での苦労話じゃないですか、あれって。香取さんは、少なくとも今回の場合は……

真逆なんです。

――たとえば番組に出ていただいたことのある是枝裕和監督なら、あの方の演出の作法として、特に子役さんなんかには脚本は事前に渡さないで、その場でセリフを口で伝えて現場を進めていくという。ただ、それって順撮りだったらできると思うんですよ。物語の進行に従って順番通りに撮っていくから、役者が身体で映画の流れを掴んでいく。『凪待ち』は順撮りではないですよね?

全然順撮りではないです。

――結構こんがらがりそうだなって。

ほんとですよ。

――そういう意味で、香取さんは適応力が凄まじいですね。

©2018『凪待ち』FILM PARTNERS

凄まじいと思います。現場に来て、「おはようございます」って言って、「このシーンって、この流れでしたっけ?」って僕に確認するんです。そしたら僕が「この前はこうなってて、その後こうなって、今ここです。だから、こんな感情です」と伝えると、「わかりました」って言って、僕が思ってる斜め上を出してくるんですよ。だんだんそれが楽しくなってきて、「あれ? このシーンとこのシーンは入れ替えたほうが良くない?」なんてことが現場で起こるわけですよ。すると、ガチガチに固めて来ている人だと、「あ、ちょっと待ってください。それって、でも、どうなんですか?」みたいなことが始まるんだけど、香取さんの場合は「入れ替えようと思います」って僕が言ったら、「わかりました。じゃあ、ここはこうなればいいんですね?」と返してくれるから、「その通りです」と答えたら、またすぐに演技が出てくるっていう。正直なところ、僕は本当に衝撃を受けました。

――これまで有名な役者さんもたくさん演出してきた白石監督にとっても、初めてのタイプだったわけですね?

初めてです。

――面白いなぁ。『凪待ち』が素晴らしかったので、この組み合わせでまたいつか観たいなって、裏のエピソードを聞くにつけ、思っちゃいました。そんな香取慎吾さんが演じる主人公ですが、およそできた人とは言い難いです。生きるのも愛し方も不器用。川崎から石巻へと移り住んでいく。ギャンブル漬けはなかなか治らない。社会の表舞台というよりは裏、中心というよりは周縁、表層というよりは底のほうで生きている人だと思うんです。ただ、考えたら、白石監督って、そういう人物を動かすことって多いじゃないですか?

そうですね。ほぼ、そうです。

――監督の作家性だと言えると思います。それって、周りから、つまり製作者たちから要請されているものなのか、それとも監督はやはりそこに強い興味があるのか。どちらなんでしょう。

©2018『凪待ち』FILM PARTNERS

あ〜… やはり後者でしょうね。僕が愛情を持てるか持てないかが大事なんです。たとえば、「この原作どうですか?」って来た話も、どういうところに興味が持てるかってことだと思うんです。それは、成功した人や立場的に上にいる人よりは、市井の、といっても、ただの市井ではなくて、地面を這いつくばっているような人たちにこそ、僕は愛情が持てるので、自然とそういう作品が増えていく。アウトローの人たちとか。何かから外れた人たちとか。

――『孤狼の血』なんかを思い浮かべるとわかりやすいんですが、たとえば暴力団だったり、警察組織の中でも外れて行動する人っていうのはズバリ当てはまります。ただ、今回の主人公は、そういう悪い方向に振り切っているわけでもない。感情移入しづらいという観客もいるかもしれない。この主人公のどこに魅力があるんだ。この女はなぜ惚れたんだって具合に。監督は、彼という人間のどこに魅力を感じていますか。

「立ち直れない状況なのに、なんでまたダメな方向に行っちゃうの?」っていう人間を、僕自身が観てみたかったんですよね。ギャンブル依存症の人たちって、やめたいやめたい、やめなきゃいけないってことをすごく理解しているんだけどやめられない。でも、そういう人たちにちょっとだけ光が差すようなことをやりたいなというのが、そもそものテーマでした。逃げちゃう人の気持ちも僕はわかるんですよ。何かから逃げちゃう人。それはたぶん、僕自身もわりといろんなものから逃避したくなっちゃうことがあるので、そういう気持ちが乗っかってるんでしょうね。好きか嫌いかで言うと、そんなに好きではないのかもしれないけど、ただ愛情は持てたかなという感じです。

©2018『凪待ち』FILM PARTNERS

――『凪待ち』というのは象徴的なタイトルですよね。舞台になる石巻では東日本大震災があって、あれだけ海が荒れた。今は凪いでいるようにみえるかもしれないけれど、そこで蠢く人たちの心情というのは、凪には到達していないのではないか。そして、主人公や他の登場人物たちも、みんな安寧には生きていないですよね。僕が観ていて思ったのは、人間はひとりではなかなか立ち直れないってことです。そして、手を差し伸べる相手、手を差し伸べてくれる人は、決して血縁関係にとどまらないんだなと。今回は血の繋がらない家族が出てきますけど、僕はそこには現代性があるなと思いました。

心を波立てるのは、人がやったことが多く影響するでしょうけど、その心を凪にするのも人であってほしい。人しかないんじゃないか。それをこの映画のひとつの大きなテーマとして据えていました。もちろん、震災でなくなった悲しみと、この映画に起きるような人災とは、とても一律に同じと言えるような性質のものではないんですけど、心の救済とか、何をもって心に凪が訪れるのかっていう部分は、根底でもしかしたらシンクロする瞬間があるんじゃないかとは思っていました。

――カメラを途中でグイッと回転するようなキメのショットが何回か出てきますよね。あの演出にはびっくりしました。ああいうのは、最初から決めてあるのか、現場で思いついたりすることもあるんですか?

機材のこともあるので、さすがに現場ではないです。主人公が沼にはまっていく様子というのを何かで表現しないといけないという想いがあって、オーダーしておいたものです。

――映画監督は役者をどう動かすかということもさることながら、カメラをどう動かすかということを考えるのがとても大切ですよね。その演出の醍醐味が凝縮されたようなショットが何度かキメで出てきますから、これから作品を観る方はそこも楽しみにしていただければと思います。あと画調がセピアっぽかったです。

そうですね。いつもよりは色を出さないようにして、日本の地方都市の感じを出しました。あと、光を特徴的に作りたいというのがあったので、光の色がちょっと違うように見えるようなフィルターを入れたりとか、細かくいろいろやってます。

©2018『凪待ち』FILM PARTNERS

――でしょうね。あの繊細は光はテレビやタブレットのモニターではダメですから、劇場で投影された映像として、要は映画館でご覧いただきたいですね。で、最後のトピックです。ネタバレになっちゃうといけないから、控えめに触れます。エンドロールですよ。あれって、みんな退屈しがちじゃないですか。最近のハリウッド大作なんて延々10分近く流れますしね。

しかも、エンドロール後になんかチョロっとあったりしますもんね。

――それで何とか興味を引っ張ってるってところがあるでしょ? 僕は今回のエンドロールは泣けてきたんですよ。

ありがとうございます。

――海が出てくるんだけど、あれは本当に潜ったんですか?

潜ってます。ただ、今の海は震災直後と違って、東北の方々の努力でキレイになっているんです。なので、一部、実際には潜っていないけれど、当時をイメージして作った映像もあります。

――当時、報道を通して耳にしたこと、読んだことは、今も知識として僕は持っているわけだけれど、映像としてああいう形で目にすることは僕はなかったので……。物語が終わって、光は差したんですけど、その光が何を照らしたかっていう見方もできると思うんですよ。本当に感動しました。なので、当たり前ですけど、最後まで席を立たないで観てほしいなと願っています。これまで白石作品のバイオレンス描写で「ギャー!」って声を上げそうになった経験をお持ちの方も、今回はそこまででもないし……

そうですね。バイオレンスは抑えて、ヒューマンドラマを撮りたいという想いでやっていたので、「今回は怖いことないよ」って強く言いたい(笑)

――ハハハ! ですね。ちょっとアートフィルムに近い側面もあります。じっくり観て、家族や友だちと語り合うのに最適な作品だと思います。今回のCiao Amici!には、映画『凪待ち』の監督白石和彌さんを迎えました。え〜と、また、そのうち、会えるんじゃないかな。

(二人とも)ハハハハ!

雑になってきてる(笑)

――いやいやいやいや。まだ言えない情報もあるしな〜と思って。とにかく、今後っていうか、近々また作品が控えてるんでしょ? また撮ってるんでしょ?

あります。撮ってます〜

――はい。じゃ、またその時に。

ぜひ呼んでください。

――今回もありがとうございました。

ありがとうございました!

vol.33に続く



野村雅夫
野村雅夫
ラジオDJ/翻訳家。1978年、イタリア生まれ、京都在住。大人のためのミュージック・ステーションとして人気を博すFM COCOLOで、モーニングショーCIAO 765(mon-thurs. 6:00-11:00)を担当するほか、イタリア文化を紹介する京都ドーナッツクラブの代表を務め、映画や小説の翻訳を行う。訳書や映画評、エッセイなど多数。
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