まるで底なし沼! 美しい万年筆インクの世界にどっぷり浸る

“インク沼”という言葉がひそかに流行るなど、今その魅力に注目が集まっている万年筆インク。熱烈な万年筆インクコレクターであり文具ライターの武田 健さんは、「色にはすべて物語があるんです」と語る。多くの人を魅了してやまない、万年筆インクの世界とは?

インクを楽しむ、万年筆の新しい楽しみ方

「万年筆は一万年後もずっと使えるから、万年筆と言うんだ」

7年ぶりに新シリーズがスタートしたドラマ『半沢直樹』。そのなかで、賀来賢人演じる東京セントラル証券の社員・森山雅弘は、中学時代の親友である瀬名洋介(尾上松也)から、こう言うわれて万年筆を手渡される。第1話では森山がその万年筆にインクを丁寧に補充する場面が描かれるなど、劇中の重要なシーンでは度々万年筆が登場しており、物語のキーアイテムとして存在感を放っている(ちなみに、劇中で採用されているのは静岡県の万年筆メーカー「masahiro万年筆製作所」のもの)。

今や時代はSNS全盛期。パソコンやスマホで文字を”打つ”コミュニケーションが一般的になり、ますます文字を”書く”機会は少なくなる一方だ。しかし、そんな時代の流れに逆行するかのように、ここ数年は手書きの魅力が再燃しつつあり、特に若い世代を中心に”万年筆ブーム”が到来しているのだという。

万年筆と聞くと思い浮かべるのが、お金持ちや偉い人が持つステータスシンボルであり、高級で重厚感のある、黒く艶光りするペンのイメージだろう。しかし、最近は国内外のメーカーを問わずリーズナブルなものも増え、万年筆がカジュアル化してきている。

また、万年筆をより身近で愛着のあるものにしてくれるのが、多種多様なインクの存在だ。黒や青、ブルーブラックといった実用的な色に加え、明るい色やパステルカラー、ラメ入り、蛍光色など、とにかくカラーバリエーションが豊富。様々な色のインクを自由に楽しめる筆記具として、また自分の個性を表現することのできるファッションアイテムとして、現在、万年筆は脚光を浴びているのだ。

深淵なる“沼”へと誘う、万年筆インク事典

『美しい万年筆のインク事典』(グラフィック社)は、自他共に認める万年筆インクコレクターである文具ライター・武田 健さんが厳選した約700色を紹介する万年筆インクの事典。

この本では、基本の7色(赤・黄・青・緑・紫・茶・黒)を細かく分類。青は青でも、ブルーブラック、ネイビーブルー(紺色)、ウルトラマリン(群青)、ブライトブルー、グレイッシュブルー、グリーニッシュブルー(グリーン系の青)、アクアブルー(水色)といった具合に分け、さらに色ごとにインク瓶とインクの色味、また類似色がわかるように構成する。他にも、各地方にしか売っていないご当地インクや希少性のあるインクを紹介する。

その中でも目を奪われるのが、各インクのネーミングだ。例えば、青の中のターコイズブルーのカテゴリーで紹介されるセーラー万年筆の「雪明(ゆきあかり)」。そこでは「静かな夜、雪があたりをほんのりと照らす明かりのような、温かみのある青色」と説明。

また、京都の文具店TAGのオリジナルインク「秘色(ひそく)」については「京都の情景を色で表現。秘密、神秘といった名前からくる特別な印象と、はかなくすんだ実際の色が相まって、不思議な魅力をたたえた淡いブルー」と紹介する。

その他にも「北斎 濃藍」「Tokyo Blue Denim」「Topaz」「山鳥」「副都心ブルー」「初恋」「Boccan Blue」……。色そのものはもちろん、その色、ネーミングの背景にあるストーリーやテーマなどにも思いを馳せると、なんだか楽しくなってくる。

ワインの葡萄品種の名を冠した「Syrah」「Merlot」などもあり、ワイン好きの興味もひく。

なんでも武田さんは、10年かけてなんと3000種類以上を集めたそう。この「美しい万年筆のインク事典」からは、武田さんの万年筆インクに対する愛情をたっぷりと感じられるのだ。

たかがインク、されどインク。この一冊を手にとって、美しくも深淵なる万年筆インクの”沼”に、どっぷりと浸ってみてほしい。

美しい万年筆のインク事典
武田 健
¥1,980 グラフィック社


Ken Takeda
1968年東京都生まれ。大学卒業後、サラリーマンを経て2010年に万年筆と出合い、文具ライターとして活動を開始。これまでに集めた万年筆インクは3000色を超える。万年筆・インク双方のプロデュースやワークショップ、文具トークショーなど、インクの魅力を伝える活動を精力的に行っている。
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