名優・松方弘樹の釣人伝説! マグロを追い続けた釣り師の生き様とは?

往年の名優、松方弘樹。多くの逸話を残してきたその豪快な人生は、 「釣り」とともにあったといっても過言ではない。 プロも認める釣り師としての松方とは、いったいどのような人物だったのだろうか? 飽くなき情熱で大物を求めた松方の軌跡を、彼を間近に見た関係者とともにたどる。


登録されている番号は漁師ばかり

「400㎏のマグロを上げる」。その夢半ばで、2017年1月21日、74歳でこの世を去った俳優、松方弘樹。自他ともに認める釣りバカで、晩年は山口県八里ヶ瀬におけるマグロの減少を危惧し、環境保全を訴える活動も精力的に実施。また病床に伏してからも動画を見続けるほど、マグロ釣りへ懸ける情熱は凄まじかったという。

「1993年、ボストンで350㎏のマグロを釣り上げた松方は、以来、日本近海のマグロが回遊するのと同じルートで移動していました。漁師さんとの間に独自のネットワークも持っていたようです」

そう語るのは、2012年から松方のマネージャーを務めてきた大塚直樹氏だ。かつて松方は「携帯電話に登録されている番号は、北海道から沖縄まで、漁師さんばっかり。仕事の連絡先なんて入ってません(笑)」と発言しているが、何よりも釣りを優先する生活を送っていたことがわかる。

1993年ボストン・ツナ・トーナメントでのひとコマ。釣り上げたマグロの横で祝杯を上げる松方。

「他人には絶対に見せないといわれるほど、仕掛けはマグロ漁師の命であり極秘事項。松方には人の心を開き、そういった情報を聞きだす才能がありました」

マグロにも、獣道のように〝魚道〞があるといい、その回遊ルートは地元の漁師しか知り得ない。そうした門外不出の情報を得るべく、松方は各地の漁港へ足繁く通い、交流を続けていたという。ある時は5年間かけて、漁師の懐を開いたというから、その熱意は計り知れない。

釣人・松方の背景にあるのは、卓越したコミュニケーション力からなる情報収集能力。言葉を換えれば、人を思いやるという松方の〝愛情深さ〞にある。そのことは、仕事においても然り。日本テレビ『松方弘樹・世界を釣る!』のディレクターを務めた中尾尚志氏も、そのことを知るひとりだ。

「釣りのロケで海外を訪れた際、『寒いからみんなにジャンパーでも買ってくれよ』と、とんでもない大金を渡されたことも(笑)。気遣いの仕方こそ豪快でしたが、人望のある方でした」

前出の大塚氏も「陰で頑張るひとりひとりに焦点を当てて見ていた」と話しているが、優しさ溢れる行為とは裏腹に、松方が語っていた「いい人にはなりたくない。不良でありたい」という言葉が、今でも深く印象に残っていると中尾氏は言う。松方が残した豪快な逸話の数々。その裏にあるのは、常に人を想うゆえの不器用さ、だったのかもしれない。

父・近衛十四郎の影響で始めたヘラブナ釣りを原点に 、世界各国でさまざまな魚種を釣り上げてきた。 結果として、生涯で訪れた国は、33ヵ国にまでのぼる。
Hiroki Matsukata
1942年東京都生まれ。17歳で俳優の道へ進み、映画監督・映画プロデューサーとしても活躍。2017年没。自身の釣りについて記した著書に『松方弘樹の世界を釣った日々』(宝島社)がある。


Text=中澤範龍(EditReal)