汚染された海に眠る思い出の破片が、明日を開く鍵になる 天童荒太『ムーンナイト・ダイバー』

 あまたの新刊本からサクセスストーリーだけをピックアップするという、恐ろしく前向きな主旨に生まれ変わった当コーナー。成功の定義は人それぞれという前提で、さまざまな本を紹介させていただく。

天童荒太『ムーンナイト・ダイバー』

今月の1冊は『永遠の仔』『悼む人』などで、痛みを抱えて生きる人々の救済を描き続けてきた著者による最新長編である。

3・11から5年目を迎えたフクシマ。主人公の男は月の明るい夜にだけ、汚染された海に潜るダイバー。津波に攫(さら)われて海底に沈んだ遺品を採取するという非合法なアルバイトに使命感を抱く男だが、危険を冒してまで潜る理由は他にもある。

別の港町で震災に遭い肉親と仕事を失くしている男は、フクシマの真っ暗な海の中で答えを探している。
「どうしてこんな不公平なことが起きていながら、人間はそれを我慢して、こらえて、いきていかなきゃならない?」

この問いはフクシマの海底にもっとも濃密な形で沈殿しているわけだが、あの日あの時以来、他の地で日々を営む我々の心にも横たわったままだと言える。あの日のことをすっかり忘れてしまったつもりでいる人の前にも、違う顔をした同じ問いが現れ続けているはずだ。

物語が提示するひとつの結論を大雑把に語ることは憚(はばか)られるけれど、男がとある遺品とともに見つけることになるのは、「諦め」である。

それは神の不在をも思ったあの日の不公平への諦めであり、人生が違うものになっていたかもしれないという可能性への諦めでもある。諦めることと引き換えにしなければ、自分や自分が愛する人の明日は開かれないという真理とも言える。

成功の定義は人それぞれだとしても、この「諦め」なくしては、どのような成功も本質的には成功にはなり得ないという意味で、本作はまぎれもなくサクセスストーリーなのだ。


日野 淳
1976年宮城県出身。ブックライター・書評家。出版社に15年勤務し、文芸誌編集長などを経て、フリーランスに。

Photograph=植 一浩 Illustration=macchiro

*本記事の内容は16年2月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)