ディーン・フジオカ 南インド料理愛が爆発! ~野村雅夫のラジオな日々vol.10

現在、大阪のFM802を中心に、ラジオDJや翻訳家などさまざまな領域で活躍する野村雅夫さん。この連載は、野村さんのラジオというメディアでDJをすることの醍醐味や、ラジオで出会ったアーティストとのエピソードを披露してもらう。今回は、俳優、ミュージシャン、映画監督、モデルとその多才さを武器に、日本を飛び越えアジアで活躍するディーン・フジオカだ。


南インド料理が人生を変える!?

ディーン・フジオカに初めて会ったのは、心斎橋の路上だった。ちょうど連続テレビ小説『あさが来た』の撮影をしている頃で、彼はFM802が大阪ミナミで毎年秋に実施している日本最大のライブサーキット「ミナミホイール」
(MINAMI WHEEL)へ遊びに来ていたのだ。その後の彼のブレイクと活躍の様子は世間の知る通りで、もはや説明不要だろう。ミュージシャンとして、俳優として、モデルとして、アジアを中心に国境にとらわれず活動する現代的なスターだ。

ディーンさんと何度もご一緒する機会に恵まれてきた僕は、ライブや番組の打ち上げに呼んでもらうことがあるのだが、その度に、彼の並々ならぬ食へのこだわりと好奇心に舌を巻いてきた。そんなディーンさんが今興味津々なのが、南インド料理。6月に、僕の番組FM802 Ciao Amici!へメッセージを寄せてくれた時にも、オススメの料理として紹介してくれていたのだが、僕もその言葉を受けて実際に食べに行って大感動。またその話を僕が放送で披露し、リスナーにもその熱が広がったものだから、番組では南インド料理がちょっとしたブームとなっていた。

まさにそのタイミングで、今度はディーンさんがスタジオへやって来てくれることになったものだから、これはもう、音楽の話だけで済むはずがない! 以下にお届けするのは、南インド料理の魅力に取り憑かれたふたりの男によるスパイシーな話がメイン。もちろん、そこに最新シングル“Echo”の話も添えてある。どうぞ、召し上がれ。

チャオ、チャオ、チャオ〜

ーーディーンさんに番組に戻ってきてもらいました。先日は、メッセージをありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました」

ーーあれから僕はもう大変ですよ。

「どうなっちゃいました?」

ーー南インドに行ってみたいというレベル。

「そうなりますよね」

ーーそれくらいに、南インド料理にドハマリ。

「ああ、良かった」

ーー最近の中でも、料理、いや、そういうジャンルも取っ払って、一番ハマってるかも。

「あら、人生変わっちゃいましたね」

ーー見てくださいよ。僕は今日は自分の教科書をスタジオに持ち込んでますから。僕が最近買った本『南インド料理とミールス』です(笑)

「おおお、これはヤバい! すごいすごい! ミールスだ」

ーーこんな本を買っているということは、つまり僕は、食べに行くだけでなく、自宅でも作ってみようという、大変な境地に達してしまいました。

「(本をパラパラとめくりながら)これはスパイスの香りが充満している1冊ですね」

ーーそれもこれも、ディーンさんのせいだかんね!

「ハハハ! いや、でも、本当においしいですよね」

ーーただ、メッセージを寄せてくれた時には、なぜそんなに南インド料理にハマったのか、どんなキッカケがあったのかについてはよく分からなかったので、今日はまずそのあたりを教えてくださいよ。どっかでたまたま食べたんですか?

「もともとグルテンが食べられないってことで、小麦粉が入ってるものは全部ダメだったんですよ。日本のカレーもダメだし。だから、北インドって、基本的に油が多くて重いものが多いし、小麦も使ってるじゃないですか」

ーーはい。って、僕もあっさり返事してるけど、それは今南インド料理にハマることによって違いが分かってきたってことですけどね。一般の人はそこまで分かんないでしょうから。

「そうかそうか、そうですよね。インド料理って、北と南で、まったく違う国の文化ってくらい、料理の仕方に違いがあって。しかも、南の中でも、南西、南東とかによってまた違うじゃないですか。それでね、僕はジャカルタに家族のベースがあって、インドネシアって、どっちかというと、スリランカとか南インドに近いタイプなんですよ。地理的な理由もあるんだと思います。カレーもスープもさらっとしたものが多い。インドネシアでこういうのいいなと思い始めたのが、2009年くらいなか。でも、当時はまだ南インドという意識よりも、東南アジアのこの辺で食べるカレーやスープって、こういう感じでスパイスがたくさん入っていて、サラッとしてお腹にやさしくてスッキリするやつなんだなっていうくらいだったんです。で、日本ではカレーってみんな食べるじゃないですか。嫌いな人ってあまりいないですよね。ていうぐらい、僕は悔しい思いをしていたわけです。みんなカレーを食べてるけど、日本にあるカレー屋さんって、今でこそ南インド料理も増えたけど、当時は北インドばっかりだったし、日本の家庭のものも小麦粉が入ってるし。ああいう、インドネシアで食べてたようなカレーを食べたいなと思っていて……。タイカレーはぎりぎりセーフなんですよ。グリーンカレーは小麦粉が入ってないから。でも、やっぱりちょっと違うじゃないですか。スパイスが違う」

ーーそう。スパイスってみんなね、胃もたれするんじゃないかっていうイメージがあるかもしれないけど、全然そんなことないですよね。むしろ、薬膳に近い。

「そうそうそう。ちょっと形状が残ってて、口の中で、ほら……」

ーーホールスパイスみたいな。

「あれもいいんですよね、南インドって。だから、レストランに食べに行って、レジのところに、だいたいそのままスパイスが置いてあって、それを2種類くらい口に入れて、帰りに歩きながらガムみたいに噛むっていう」

ーー日本だと焼肉屋なんかで、お口直しにどうぞって飴をくれたりするけど、そういう発想でスパイスがそのまま置いてあるんだ!

「そういうところも含めて、すごく好きだったんですよね。東京でも南インド(料理店)を探したら少しずつ増えてきているんですよ。ここ2、3年くらいかな。だから、1軒1軒訪ねていったら、どこもちゃんとやってるんだなって感心しました。お店が増えていくタイミングと、僕が興味を持って調べていくタイミングがうまくハマったんですよ。日本でそういう料理を作っている人たちって、こちらでは食べられないから自分でレストラン作りましたみたいな、フロンティア精神あふれる人たちが多くて」

ーーたとえばビリヤニっていう向こうの炊き込みご飯については、ビリヤニ協会ってのがもうできていて、普及させようっていう情熱を感じますよ。

「ムーブメントとして、今、このタイミングで応援したくなってるんです」

ーー食べて応援ですよ。とりあえず、西日本は僕が一旦引き受けましたんで。

「ハハハハハ! 楽しい。楽しみだ!」

ーー東日本は引き続きディーンさんに開拓いただいて。

「わかりました。ぜひぜひ」

ーー僕らが会うたびに、その情報交換をしつつ。

「もちろん、もちろん」

ーー南インド料理が日本の東西でまたどう違うのかみたいなね。そう、だって、大阪はスリランカ系のカレーが今キテたりするから。

「僕も、何年か前、大阪の阿波座に住んでたんですけど、有名なお店が1軒あるんですよ」

ーー有名なところありますよね。

「あそこ、むっちゃ辛くておいしいじゃないですか。朝ドラを撮ってた頃、行ったりしてたんですよ。こういうお店がもっと増えたらいいのになって思っていたのが、2015年とか16年くらいだったわけですけど、あれよあれよという間に、大阪の街に増えていって」

ーー僕もまだ南インド料理にハマり始めてから日が浅いですから、お店はこれからもっと開拓しないといけないんだけど、それにしたってこんな本まで買っちゃって、家がもうスパイスだらけになってることは事実です。

「さすがだなぁ、野村さん」

ーービリヤニは実際に作ってます。

「ビリヤニで思い出しましたけど、インドネシアの思い出があって……」

ーーインドネシアでもビリヤニって食べられてるんですか?

「もちろん。聞いてくださいよ、僕のファースト・アルバム“Cycle”を向こうで作ってた時に、スタジオでセッションやアレンジの作業を終えて夜中を過ぎるとお腹が空くじゃないですか。インドネシアって、ビリヤニとか南インド料理を出すお店が、24時間無休で開いてるんですよ。スゴイでしょ? だいたいお店には巨大なスペースがあって、半分はじゅうたん屋さんなんです。じゅうたんは昼間しか売ってないんだけど、もう半分はレストランになっていて、そこにもじゅうたんが敷いてあるんです。みんなそこに座って食べるわけですよ。今日もいい曲作ったね、とか、今度こういうことをやってみよう、とか、打ち合わせをしつつ」

ーー1日の軽い打ち上げだ。ビリヤニでカルウチだ。

「そうそう、軽い打ち上げをやってると、クラブ帰りの人たちとか、すごく派手な人たちが、朝の4時とか5時とかに入ってきて、こういうのを食べてるんです。それが自分にとってのインドネシアでの音楽制作の日々の思い出だから、日本でもそういうことしたいなってずっと思ってたんですよね」

ーーカルウチをビリヤニで(笑)

「ハハハ。だからね、インド洋の風っていうか文化、影響をビシビシ感じる生活をインドネシアにいるとするわけですね。去年撮影した『海を駆ける』って作品は、スマトラのバンダ・アチェがロケ地だったので、ちょっと船で行ったらインドみたいなところで1ヶ月ほど生活をしていた時も、自分は本当に好きなんだなって思いました」

ーー日本とも親和性はかなりあると思うんですよね、僕は。アジアの料理って言うと、北インドと、タイ、ベトナム、中国と、わりと派手めの料理が当然わかりやすいから流行るんだけど、たとえば今おっしゃったようなインドネシアもそうだし、僕なんかだったら結構マレーシアのボルネオで食べた料理がおいしくておいしくて。決して派手な味付けじゃないんだけど、やさしくて……。

「毎日食べられる味なんですよね」

ーーそう、僕は、その日本人が毎日でも食べられるやさしい味付けという意味で、南インド料理も通じるところがあるなと感じてるんです。

「おっしゃる通りだと思いますよ」

ーー普段からスパイスを取り入れると、身体の調子も良くなるってのは、まさに薬膳でしょ。って、ディーンさん、今日は何の話だっけ?

「えっとね(笑)、今日は南インド料理とミールスについてでしたよね。研究会じゃなかったでしたっけ?」

ーー違うから! 今日はCiao Amici!の収録ですよ! 忘れないで!

「お米の話だけ、もうちょっとしていいですか?」

ーーこうなったら、付き合いますよ。

「東京だと新大久保とか、コリアン・タウンだったところが、今はイスラム街になってたりして、そこでね、色んなお米とか香辛料を手に入れられるんですよ。バスマティーライスとか」

ーーバスマティーとかタイ米とか、アジア系のお米もいっぱい種類があるわけですけど、日本ではどうも苦手な人が多いというか、偏見がまだあるんですよね。もう結構前になるけど、日本でコメ不足になったからってタイ米を仕入れてきておきながら、あんまり美味しくないなとか、みんなブーブー言ってたところから変わってないところがある。

「それは食べ方を知らないだけですね」

ーーそういうこと! たとえば逆にビリヤニを日本のお米で作ると、やっぱり違うなってなりますしね。

「あと、インドっていうとカレーというイメージになっちゃうんだけど、チキンや魚の味付けがまた素晴らしくて、必ずしもカレーを食べないと南インド料理を食べた気にならないってことではないってことも伝えたいです」

ーーこの南インド料理の話はね、今回のインタビューの導入に考えていたんですけど、始めてみたらば、現時点でほぼメインになってますね。

「メインになっちゃった?」

ーーディーンさん、その本をパラパラ見ながらでも構わないんですが、番組でもかけまくっていたシングル“Echo”の発売、おめでとうございます。ドラマ『モンテ・クリスト伯 ー華麗なる復讐ー』の放送も無事に終わり、これでひとつの大きなプロジェクトが幕を閉じたっていうところでしょうか。

「そうですね」

ーー今回はドラマの主題歌としての書き下ろし。当然ながら、ドラマを踏まえた内容になります。そういう時って、ミュージック・ビデオを別に作るとなると難しくないですか? 曲によってはドラマ映像を引っ張ってきてMVにすることもあるけど、今回はまったく別に一から作ってるでしょ? だって、ドラマに寄せて主題歌を作ったのに、またMVで最初から構築しないといけないんだもの。ディレクターも含めて悩むだろうなって。

「作曲する時は、基本的に、ドラマなり映画なりCMなり、そのターゲットの世界観を強く意識するわけですよね。ドラマだったら、そのストーリーが立体的に感じられるといいなと思って作っています。なおかつ、曲を単体で聴いた時にも、パラレル・ワールドのような、単体の物語みたいなものも必要だと思いますね」

ーーですよね。ターゲットに引っ張られすぎちゃうと良くないから。

「自分がライブでパフォーマンスする時に、どういう風に、その曲を通して物語やメッセージが伝えられるかという、タイアップとは(同時だけれど)別の思惑もあって、MVはそっちに近い感じです。ドラマのスピンオフよりも距離はあるけど、どっかしらで繋がってるというか並行しているというか……」

ーー通底しているという感じかな。

「そうそう」

ーーなんでこんな話をしたかっていうと、この曲が特殊だからですよ。だって、作詞作曲して歌っている人が、その曲が主題歌のドラマに主演して、なおかつドラマとは別に制作されたMVにも出てるんだもの。しかも、演奏シーンだけじゃないし。途中でキラリと牙のようなものを見せる男としても出演してるでしょ?

「ヴァンパイア設定でね」

ーーそう。こういう例ってね、ありそうだけど、考えたら実はかなりレア・ケースじゃないかしら。

「ですかね。確かにそうかもしれない」

ーー今回のMVにはコンテンポラリー・ダンス的な味付けもあって、最上もがさんと共演しています。

「もがちゃんは最高でした。あれ、リハとかやってないですからね」

ーーえ? そうなの?

「その場でもがちゃんが踊っているのに合わせて、自分が操っているフリをしながら反応して撮影したんですけど、むしろ現場ではもがちゃんの動きに自分が操られている感じで。曲が大音量でかかっている現場で、もがちゃんが動いている姿を見ているだけで鳥肌が立ちましたね」

ーーまだご覧になっていないという方は、ドラマと繋がっていそうで、また別なようでっていう、僕らが話した微妙な距離感を楽しんでいただきたいと思います。で、今後なんですけど、音楽活動はまた同じような頻度で続けていけそうなのか、それともまた映像に戻る感じになるのか、今年後半どうですか?

「今ね、実は、今後どういう風に動いていこうかなってスタッフと一緒に考えているところなんですよ。とりあえず、9月に東京と大阪でファンイベントをやるのは決まってるんですけど、その他については絶賛協議中です」

ーーまた表に出せる情報が届いたら、番組でもすぐさまお伝えしていきますんで、今後ともよろしくお願いしますね。


実はこの収録が終わった後も、ディーンさんはまだまだ話し足りない様子だった。スタッフにその後のスケジュールを確認し、もうその日はあまり僕と過ごす時間がないことを悟った時には、実に残念そう。

「野村さんとスパイスのことを世界史と絡めて話してみたいんだよな。イタリアを含めたヨーロッパとの関係とか、大航海時代のこととか。だって、大航海時代に感謝でしょ、ほんとに」

まだまだディーン・フジオカの南インド料理熱は醒めそうにない。僕も引き続き勉強していかないと、ついていけなくなりそうだ。てなわけで、この文章を綴る間も、バスマティーライスをポチッと注文してしまっているのである。


Text=野村雅夫



野村雅夫
野村雅夫
ラジオDJ/翻訳家。1978年、イタリア生まれ、京都在住。大人のためのミュージック・ステーションとして人気を博すFM COCOLOで、モーニングショーCIAO 765(mon-thurs. 6:00-11:00)を担当するほか、イタリア文化を紹介する京都ドーナッツクラブの代表を務め、映画や小説の翻訳を行う。訳書や映画評、エッセイなど多数。
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