スナックは人を大人にする場所 ~玉袋筋太郎のスナックミシュラン①東京·四谷三栄町『チロ』

全日本スナック連盟の会長である玉袋筋太郎さん(以下玉ちゃん)がスナックを巡り、プロの目線で、ママやお店の評価を下す連載「スナックミシュラン」。日本列島津々浦々、スナックは全国に7万軒もあるというのに「興味はあるけど行ったことがない」なんて人も多いはず……。玉ちゃんが、ママのキャラ、お店の雰囲気、つまみ、歴史、時にはお客さんの質まで、深い愛情を持って★をつけてゆく。記念すべき1軒目は、東京・四谷三栄町にある「チロ」さん。

52年続く老舗スナックに玉ちゃんが訪れたのは、まだネオンも灯っていない夕方だった。場所は、四谷三栄町。建物の正面には『チロ』という看板こそ掲げられているが、なぜか入口がない。建物横の狭い路地を5メートルほど歩を進めた先に、重厚感漂う歴史の詰まったトビラが佇んでいた。スナックという人生の解放区を求め、いったい何人がこのトビラを開けたのだろうか……。

52年、1000本超えのボトル

まずはビールで乾杯。

玉ちゃん チロさんは52周年、俺と同い年。自分と同い年のスナックで飲めるってのも嬉しいもんだよね。で、このチロでは、このロッカーのシステムを見せたかったんだよね。先代ママのこだわりだったんでしょ?

スナックの壁に配置されたボトルロッカー。

ママ そうね、亡くなった方のボトルも取ってあるしね。あそこには、筑紫哲也さんのボトルも置いてあるのよ。

玉ちゃん おおおお、ほら出た。大変なことだよ。文化遺産だよね。いつもここに来ると、本当に自分はまだまだ鼻っ垂らしだなと思うんだよね。「いい大人になりたい」そう思わせてくれるお店なんですよね。

ジャーナリスト、故・筑紫哲也氏のボトルが今も置いてある。

と、インタビューを始めて間もなく、お歳を召した方が続々とご来店。

玉ちゃん おお、名優たちが続々と…

ママ 毎年、「今年で終わりかな」なんて言いながら毎年集まっていらっしゃるの。

玉ちゃん ほんとすごいよね、全員の年を足したら何歳だってね。

ママ う〜ん、皆さん80歳以上。82とか83が7人だから……570超えちゃうわね(笑)

玉ちゃん すごいよね。こういう大先輩方に会えるっていうのもスナックの醍醐味だよね。このボトル、ダルマも歴史を感じるじゃない。それぞれのボトルにマジックで番号が書いてあるんだけど、ホームランの数と同じ、何本入れたかってことだよね。

ママ これ、今いらしたお客さんのボトルだけど、1222本よ。

玉ちゃん ガハハハ! 王貞治超え! 名球会だよ! すごいよね!!

奥の部屋には、7人で計570歳超えの団体客が。。。

トキメキホルモン

玉ちゃん そうそう、ママのことも聞きたいんだけど、ママ2代目でしょ? どういう経緯でチロを引き継ぐことになったの?

ママ いやぁ、それが、スナックをやるなんて夢にも思っていなかったのよ。なんの根拠もなく、アラブの王様みたいな人と出会って結婚して幸せになれるかなと思っていたのにね、それがこのザマよぉ。昔は、恋愛だけね。恋愛だけが、人生の全てをかけるに値するって思ってたの。いい人に出会うとトキメクじゃない? あのトキメキが、たまらないのよねぇ。それでも、4、5年経つとね……どうしてもトキメキが色褪せてくるじゃない。そしたら、あっちにフラーってね(笑)、それで一生送れるかと思ったら、やっぱり人間ってよくできてんのよね、歳をとってくると、そういうトキメキホルモンが出なくなるのよね。もう本当に何年もご無沙汰よ。

玉ちゃん ハハハッ(笑)、トキメキホルモンっていいね!

「歳をとってくると、トキメキホルモンが出なくなるのよ」

OLから学生へ、そして3行広告での出会い

玉ちゃん でも、それが、なんで引き継ぐことになっちゃったのよ。チロとの出会いは?

ママ 一度は、短大を出て社会人になったのよ。その後、母が死んで、父と喧嘩して家を飛び出しちゃったの。で、もう一回学校行こうと思って、法政大学に入ったのよ。でも、仕事はしなきゃと思って、たまたま見た朝日新聞の3行広告に募集が出てたのよ。で、面接に来て受かって、働き始めた。そこから卒業までの4年間働いたわ。

玉ちゃん お〜、女学生のアルバイトね。それで、大学卒業後はどうしたの?

ママ そうね、大学を卒業して仕事も始めたから、一度チロは辞めたのよね。周年のパーティとかだけ顔だしてさ。でも、しばらくして先代ママが病気しちゃってね、「最近、何してんの?」なんて聞かれて、「フラフラしてるなら、ちょっと手伝ってよ」ってなって…… 最初は週に2、3日だったんだけどね、38年くらい前かな。そこからズルズル〜って、今に至るってわけ。

今日もビールが進む。

玉ちゃん え、先代ママから、「引き継いでくれ」って言われたわけじゃないの?

ママ そういうことはなかったのよ。ただ、先代のママが癌になってさ、余命1年って宣告されたけど、店は開けてたのよね。で、手伝っているうちに、常連の方達が「やんなさい」って言ってくださってね。強い意志があったわけでもなくて、なんか風に吹かれるまま生きてきたって感じよね。

玉ちゃん いいじゃない。ママは風に吹かれてきたって言うけどさ、常連さんがそんな風に言ってくれるなんて素敵だと思うよ。

スナックには本物の人生がある

ママ ほんとよね。最近も、「一度スナックに来てみたかったんです」とか「スナックに憧れている」なんて若い人がいるのよね。「はじめて来たー」なんて嬉しそうに言ってくださったりすると、とっても嬉しいわよね。だからと言って、うちがスナックのお手本になるかって言うと、それは違うんだけどね(笑) でも、スナックって百点百様ってことでね。私なんか、バーみたいにお酒に詳しいわけでもないし、居酒屋みたいに料理がたくさんあるわけじゃないしね、私を定義すると「中途半端」よね。

「ちょっとタバコ一本吸いますね」

玉ちゃん それがいいのよ。チロにはチロの良さがあるんだから。52年はすごいよ。どうしてそんなに続けられるのかなぁ。

ママ ただただ苦労をしてきたってことかしら。なんてね(笑)。ただ、本当に、小説なんか読んでるのもおもしろいけど、ここには本物の人生があるからね。人の世のあらゆることを感じられるのよね。いろんな人に出会えることよね。やっぱりそれが楽しいからかもしれないわね。

玉ちゃん そうだよね。やっぱりチロは最高だね。今日も、また一つ大人になった気がしますよ。

ママ あら、それはよかったわ。でも、こういう(80歳以上の)お客さんばっかりじゃないからね。普段はもうちょっと若い方もいらっしゃるから(笑)。

玉ちゃん そうだよね、今日は「やすらぎの郷」を超えちゃってるからね(笑)。

ママ まぁ、若いって言っても50前後の人が多いですけどね。

玉ちゃん いやぁ、もっと若い人にも開けてもらいたいよね。次の扉を。ここは入り口が奥まっていて開けにくいけどね(笑) でも、その先にはこういう自分を大人にしてくれたり、自分のズレたチューニングを戻してくれる場所があるんだからさ。

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①LEGACY:★★★「壁の棚、そこにあるボトル、52年通うお客さん。それはまさに"レガシー"」
②DIGNITY★★★
「お店の"品格"は、ママとお客さんで築き上げたものだね」
③FOOD:★★
「松の実が乗ったポテサラと秘密のメニューはまさに"絶品"」
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チロ
住所:東京都新宿区三栄町16
TEL:03-3353-9847
営業時間:17:00〜24:00
休み:土曜・日曜・祝日
平均予算:¥3,500 


Composition=河合昇平(コレロ) Photograph=吉田タカユキ



玉袋筋太郎
玉袋筋太郎
1967年6月22日、東京都新宿区生まれ。実家はスナック。高校卒業後にビートたけしに弟子入りし、1987年に水道橋博士と漫才コンビ「浅草キッド」を結成。社団法人全日本スナック連盟会長も務め、『浅草キッド玉ちゃんのスナック案内』などの本を手がける。
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