【特集グッチ】脳科学者・中野信子×経営学者・一條和生が分析するGUCCI<前編>

落ちる林檎からニュートンが万有引力を発見したように、グッチ現象も多くの示唆に富んでいる。脳科学者と経営学者が紐解く、グッチという生きた学問 。

イノベーションを生む右脳と左脳のぶつかり合い

一條 今回のグッチの変革は、経営学の観点からはやはり、マルコ・ビッザーリCEOの経営力によるところが大きいように見えます。就任早々ミレニアル世代へのアピールを宣言し、デジタルネイティブとも呼ばれる彼らから支持されるブランドになるという、明確な戦略を決定。徹底したデジタル化や若い世代を重視した組織作りなど、その戦略に基づく変革を次々と行った。クリエイティヴ・ディレクターのアレッサンドロ・ミケーレが注目されがちですが、彼の起用もビッザーリの戦略の一環といえるでしょう。

中野 以前のグッチはレガシー化していたため、若い世代が心理的に手を出しにくいムードがありました。それを払拭するために、レガシーを継承するよりも閉塞感を打ち破るイメージ作りに集中したように見えます。一見インスタ映えなどを狙っているようですが、アンチソーシャル、同調よりも逸脱にフォーカスしているように思えますね。

「自分だけで打破できない閉塞感をグッチの服は見事に壊してくれます」

一條 そういった意味でも、グッチが自己変革を起こせたことはすごいことだと思います。ブランドは大きくて価値が高いほど守勢になり、思い切ったことはやりにくくなりますから。

中野 そうですね。時代が安定していると、器でいうと小堀遠州のような小綺麗で整ったものが流行る傾向がありますが、ミケーレのデザインはまるで婆娑羅(ばさら)のよう。私たちの美の基準から、なんとしても逸脱せねばという意志を感じるのです。近年、美を感じる脳の領域は眼が ん窩前頭皮質ではないかといわれていますが、そこは正しいか間違いか、正邪、善悪を識別する、いわば良心の領域と近き ん傍ぼ うにあり、このふたつの価値観は混ざりやすいのではないかともいわれている。私たちは人の正しい行為を美しい振る舞い、不正を行った人を汚いヤツと表現します。脳はこれらの感覚を似たものとしてとらえているようなのです。そんな良心の領域は私たちを規定するものですが、同時に窮屈にするものでもある。そしてそれは自分では打破できず、外的要因に壊してほしいと思っているのです。今グッチは、多くの人にとってそんな外的要因となっているのではないでしょうか。

一條 それは面白いですね。私はイノベーションを起こす組織を研究していますが、そこでは二項対立が重要な働きをしています。中野先生のご専門の脳でいえば、右脳と左脳のシナジーです。ひとつが、右脳が司る感性や直感によって表現される暗黙知。もうひとつが、左脳が司るデータ化や言語化された形式知。このふたつがぶつかり合うことでイノベーションは起こります。すなわちグッチでは、ミケーレの暗黙知とビッザーリの形式知がぶつかり合うことでイノベーションを起こしていると思うのです。そしてふたりの間には、グッチとは何か、グッチが輝き続けるには何をすべきかという点で共通基盤があるからこそ、対立が創造性につながっていると思います。

中野 なるほど。確かに安価で良質な服がいくらでも手に入る現在は、ラグジュアリーブランドの服でなくてはならない理由はなく、イノベーションが必要な時代なのかもしれません。

「グッチを受け入れるか、受け入れないか。そこが未来の日本の試金石になるのでは」

後編に続く

Nobuko Nakano
1975年東京都生まれ。東日本国際大学特任教授。認知神経科学が専門の医学博士。対談当日はグッチのシャツを着て参加。「Passionable Brain」を本誌で連載中。
Kazuo Ichijo
1958年東京都生まれ。一橋大学大学院経営管理研究科教授。経営組織論やイノベーションを研究し、多くの企業経営に参画。ラグジュアリーブランドにも明るい。

Text=竹石安宏(シティライツ) Photograph=滝川一真