至高のホテル  やっぱりホテルっていい 生涯忘れ得ぬいい話

コンシェルジュの胸に残るハートフルなエピソード。ホテルは“絆”を実感する最高の舞台なのだ。

ザ・リッツ・カールトン東京 
顧客が入院する病室がひと時だけ寿司屋に変身

 「次はまぐろで頼むよ」「かしこまりました!」。寿司『ありた』の料理長は、美しい手さばきで寿司を握り、それを次々と皿の上に置く。普段と変わらぬ付け台でのやりとり。ただひとつ、そこが病室ということを除いては……。
 その電話が入ったのは1時間前のこと。「友人が、骨折で入院して落ちこんでいてね。なんとか励ましてあげたいんだ」。衛生上、生もののテイクアウトはご法度だ。けれど、『ありた』のマネージャーと料理長は、思いもよらない手段を講じる。病室で寿司を握るという方法だ。マネージャーは即座に食材の持ちこみを病院と交渉し、器なども用意。スタッフの熱意によって、病室はひと時だけ『ありた』へと変身した。次々と寿司を口に運んでいたゲストの手が、ふと止まる。「旨(うま)い、本当に旨い。やっぱり『ありた』の寿司は最高だなぁ」。皆の心意気に、その夜、ゲストは男泣きした。

ホテルニューオータニ エグゼクティブハウス 禅 
台風の夜がプレゼントしてくれたゲストとの心温まる交流

 強風に街路樹は荒れ狂い、雨が窓に激しく叩きつける。退勤前に外の様子を確かめようと、エグゼクティブラウンジに立ち寄った妊婦のスタッフは思わずつぶやく。「帰れるかしら?」。すると、ソファに座りコーヒーを飲んでいたアメリカ人常客が顔を上げる。「外に出る!? 絶対にダメだ! 君とおなかの赤ちゃんに何かあったらどうするんだ!?」。彼は続けた。「僕の部屋を使って。僕は同僚の部屋のカウチで寝るから」。コンシェルジュが間に入って断ったが、なかなか受け入れてもらえない。「ホテル内に彼女の部屋を用意する」と小さな嘘をつくことで彼はやっと納得した。
 件のスタッフが去ったあと、ゲストとコンシェルジュはさまざまな話をした。そして彼はつぶやく。「君たちは僕にとって仲間だ。仲間を助けるのは当然だろう?」。凶暴な雨風が一瞬止んだような気がした。

コンラッド東京 
東京湾の夜空に開く花火が刻んだ人生を締めくくる思い出

 「その節は大変お世話になりました」。チーフコンシェルジュが顔を上げると、あの女性客の姿が。「父の四十九日が済んだので、最後の思い出の場所であるこちらに、家族で泊まりに参りました」。その時、彼の脳裏には、あの夜が走馬灯のように駆け巡った。東京湾の花火大会当日、混雑する正面玄関に入ってきた大型キャンピングカーを素早く誘導するドアマン、降りてきた車イスの男性と傍らで点滴器具を支える家族、笑顔で迎えるデューティーマネージャー、ロビーの人ごみから家族を守るように控えていたベルマン。そして、客室のドアを開けた瞬間、パノラマウィンドウの外に広がる東京湾を望む景色に感嘆の声を上げたゲスト。
 赤、青、緑。パッと大きく開き、艶やかに散る夜空の花は、車イスの男性の心に深く刻まれた。「あの日の花火は素晴らしかったね」が、最期の言葉になるほどに。

Text=村上早苗、川岸 徹、今井 恵 Illustration=ハラアツシ、村上テツヤ Photograph=西川節子

*本記事の内容は13年11月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい