打倒プリウス⁉ ホンダイズム溢れる初のハイブリッドカー「インサイト」【クルマの教養】

この連載では、国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、クルマ業界の今を深堀する。最先端のモデル紹介はもちろんのこと、 歴史ある名車の今と昔、自動車ブランド最新事情、今手に入るべきこだわりのクルマたち等々、さまざまな角度から深く堀る!

唯一無二のユニークなハイブリッドカー

1997年12月に発売された世界初の量産ハイブリッドカー「トヨタ プリウス」は、ハイブリッドカー普及の礎となり、今もハイブリッドカーの代名詞といえる存在だ。

その初代プリウスに果敢にも挑んだクルマがあった。それがホンダ初のハイブリッドカー「インサイト」だ。

インサイトの物語は、初代プリウスが市販される直前の'97年の東京モーターショーより始まる。ホンダは、21世紀に向けた新提案のスポーツコンセプト「J-VX」を発表。環境を重視したハイブリッドカーでありながら、「操る楽しみを大前提」としたスポーツカーに仕立てられていた。

同じハイブリッドカーであるプリウスが、未来の実用車を目指しているのに対して、ホンダは独自路線を示したのである。驚くべきは、J-VXが単なるコンセプトで終わらなかったことだ。翌年となる'98年12月に、J-VXをベースとした市販車のプロトタイプが、お披露目される。1年足らずで市販へと動き出したことは、J-VXが当初から市販を意識していたことが伺える。

'99年9月に発表されたホンダ インサイトは、量産ガソリン車として世界最高の超低燃費35km/L(※10・15モード 5速MT車)という偉業を達成。開発目標に掲げた「低燃費世界No.1」を見事、実現させたのである。これは初代プリウスの28.0km/Lを大きく上回るものだった。つまり、燃費面では、プリウスを大きく出し抜いたのだ。

その実現の背景には、ホンダらしい大胆なクルマ作りがあった。ボディ形状は、空力性能を重視したフォルムとすることで、Cd値0.25を実現。ボディ形状も重量を抑えるべく、コンパクトかつ2名乗車とした。また基本骨格となるボディは、ホンダのスーパースポーツNSXの技術を活かしたアルミ製のものが踏襲されている。これにより燃費だけでなく、走りの良さも兼ね備えたハイブリッドカーを実現できたのだ。無論、見えない部分にも多くの専用部品が贅沢に使われていた。

ハイブリッドカーの心臓となる「IMAシステム」と呼ぶハイブリッドシステムは、小型モーターと1.0Lの小排気量エンジンを組み合わせたもので、モーターはアシストのみ。

ハイブリッドシステムとしては、シンプルな構造であるのもメリットだが、この時点で、エンジンとモーター相互の美味しい部分を積極的に活用するというホンダのハイブリッド車に共通する基本概念を構築していた。

これだけ徹底したクルマ作りを行いながらも、驚くべきことに価格を初代プリウスのベースモデル215万円と同等クラスである210万円とした。ただ当時、バッテリーのコストが非常に高く、プリウス自身も、かなり戦略的な価格設定となっていた。

エコカーの明るい未来を提唱!?

実用性の低さから、販売面では、インサイトは成功したといえず、総生産台数も1万7千台程度にとどまった。それは、まだハイブリッドカーの認知が薄く、販売面での苦労もあった初代プリウスにも、遠く及ばないものだった。

やはり、インサイトは、敗者なのだろうか。私は、そうは思わない。そもそも、こんな手間のかかる構造のクルマは、量産性が悪いからだ。インサイトの真の目的は、ホンダイムズの継承と錬磨にあったのではないだろうか。そういう視点だとインサイトは、どんどん魅力的に見えてくる。

無謀なことをしたなと思う反面、これはホンダにしか作れないクルマなのだと実感させされる。何よりもクルマ好きが抱いていた「電動車やエコカーは、つまらない」という固定概念へのアンチテーゼとなった。ハイブリッドカー創成期に、まず、その可能性を世に知らしめた点に置いて、インサイトは、やはり偉大な存在なのである。

Yasuhiro Ohto
1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に『ベストカーWEB』『webCG』『モーターファン.jp』『マイナビニュース』『日経スタイル』『GQ』など。歴代の愛車は、国産輸入車含め、全てMT車という大のMT好き。